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介護保険の見直しの課題
―知的障害者について―

小澤温

1 はじめに

 今年(2003年)の4月から施行された「支援費制度」の目的では、障害者の自己決定、サービス選択、事業者との契約に基づく対等な関係の構築が掲げられました。しかし、「支援費制度」施行以前から指摘されていた問題点が改善されないまま本格的な制度実施になったために、この制度で唱われた理念と現実とが乖離(かいり)したまま現在に至っています。他方、介護保険制度は、2000年に施行され、施行5年後の見直し時期が目前に迫っており、現在、社会保障審議会に介護保険部会を設置して見直しを検討中です。
 本稿では、支援費制度で生じている問題、介護保険制度で生じている問題、これらの問題の克服方向、の3点につき、知的障害者の問題に焦点を当てながら考察します。

2 支援費制度で生じている問題

 支援費制度施行以前から指摘された知的障害者に関する問題としては、入所施設に比べて通所施設を含めた在宅サービス基盤の不十分さ、アドボカシー(権利擁護システム)への不安、勘案事項整理票によって在宅サービスの必要量が判断できるのか、障害程度区分によって施設サービスの必要量が判断できるのか、といったことが挙げられます。
 特に、在宅サービス基盤の不十分さは、支援費制度の趣旨である知的障害者の自己決定と選択に基づくサービス提供を実体のないものにしています。「きょうされん」の調査1)によれば、2002年3月時点で、知的障害者を対象にしたホームヘルプ事業所は全国の市町村の47.4%、デイサービス事業所は4.3%、ショートステイ事業所は34.4%、であることが示されています。また、居宅サービスにおける支援費制度対象の事業所が存在しない市町村は全体の36.7%にのぼっています。この数字はその後若干増加したとは思いますが、この1年半で著しく増加したとは考えられません。
 支援費制度施行後の実態に関しては、「PAC支援費ホットライン実施報告書」2)が千葉県内のサービス利用者の実際の声について整理しています。この報告書によれば、市町村窓口職員の支援費制度への理解不足、障害者の生活実態への理解不足、利用者への説明不足、といった相談窓口に関する問題点が指摘されています。また、市町村におけるサービス基盤の著しい不足、個別支援を担える人材の不足、も併せて指摘されています。事業者に対しては、利用者に対する説明不足、サービス調整の必要性、利用者に対しては、自分の状況を適切に説明する能力の必要性、支援費制度の理解とサービス利用への積極的な行動の必要性、なども指摘されています。
 以上、知的障害者に関する問題点をまとめると、在宅サービスの(著しい)不足、ケアマネジメントシステムの不備(市町村の相談窓口の問題、支援費におけるサービス必要量の判断根拠の問題、個別支援を担える人材の不足、サービス調整システムの未整備)、知的障害当事者へのエンパワメント支援の不十分さ(自己決定への支援、自分の状況説明力の獲得、サービス利用への当事者の主体的な行動)、の3点に集約することができます。

3 介護保険制度で生じている問題

 現在、介護保険制度で生じている問題としては、給付面での大きな都道府県格差の存在、介護支援専門員(いわゆるケアマネジャー)の労働実態、要介護認定に関する問題、の3つが大きな課題として挙げられます。
 給付面での都道府県格差は、入所施設の整備状況に関係しており、入所施設の多い都道府県は、施設サービス給付費が増大するために、給付が高くなります。特に、近年、要介護5を中心とした重度要介護者の施設サービス給付費が増大し、在宅生活の支援を目的にした介護保険制度は、その理念と現実とのずれが激しくなっています。
 介護支援専門員の労働実態に関しては、実態調査3)によると、1人あたりの担当ケース数50ケース(国の基準)以上が36%の介護支援専門員で超えていること、80%以上の介護支援専門員で、残業、休日出勤などの勤務時間外労働を行っていることが指摘されています。さらに、質の高いケアマネジメントを実施しようと思っても、劣悪な労働環境によって対応ができないことも指摘されています。この背景には、介護報酬が増額されてもケアプラン作成業務は事業者にとって赤字になりやすいことが考えられます。したがって、介護支援専門員1人あたりの担当数が増加し、労働時間も増大することになります。
 要介護認定に関する問題としては、介護保険制度発足時点から、一次判定(コンピューター判定)で、痴呆性高齢者が低く評価されていること、在宅における介護実態を十分反映していない、などの点が指摘されていました。その後、2003年4月に「一次判定ソフト改訂版」が導入され、若干の改善がなされました。しかし、高齢者の身体、知的な機能の状態像と生活環境との相互作用によって、介護サービスの必要性が生じるため、もともと、コンピューター判定によって、介護の必要性を決めることには本質的な問題があることが考えられます。
 以上、介護保険制度で生じている問題(障害者福祉を考えるうえで重要と思われる問題)をまとめると、在宅生活支援の理念と実態との大きな乖離が生じていること、採算を重視したシステムにおけるケアマネジャーのあり方、個別的な判断とコンピューター判定とのずれ、の3点に集約できます。

4 問題の克服方向―介護保険制度の見直しに向けて

 最初に、支援費制度や介護保険制度といった現行の制度を考える前に、知的障害者福祉に問われていることを考えてみたいと思います。
 知的障害者の年齢構成では、10~30歳代が多く、60歳以上は非常に少ないことが知られています。このような年齢構成は、知的障害者のサービスの中心が要介護問題ではなくて、社会参加、就労、といった介護サービス以外の必要性の高いことを意味しています。また、知的障害者は自己決定や自己主張に関する教育や訓練の機会が著しく少なかったために、選択と契約に関することからもっとも疎外されてきた存在であったと思います。さらに、施設や地域生活での人権侵害も過去数々生じてきました。これらの点を踏まえて、制度のあり方を考えていく必要があります。
 次に、先に記した支援費制度で生じている三つの問題点に対して、介護保険制度でどのような見直しをすれば対応が可能なのか、について考えてみました。

(1)在宅サービスの著しい不足について

 知的障害者福祉では、長年、在宅での家族による介護とそれが困難な場合の施設入所での対応が続いてきました。そのため、在宅サービスの基盤整備は著しく立ち後れることになりました。このことに対しては、これまでの「障害者プラン」や「市町村障害者計画」、さらに、2002年12月に公表された「障害者基本計画」と「重点施策実施5か年計画」といった行政の計画づくりが非常に重要になります。しかし、その目標が達成されても、在宅サービスの必要量に対しては不十分であることが予想されます。
 介護保険制度が知的障害者に対して実施された場合(この場合、現行の給付対象年齢の引き下げをするのかどうかも大きな問題です)、在宅サービスの事業所数はかなり増加することが見込まれます。その点では効果がありますが、在宅サービスの質については問題が生じます。知的障害者の介護の場合は個別性が強く、1ケースあたりに関わる時間もかなりかかると思われます。知的障害者の介護に関しては、事業所が少ないケースでも十分採算が採れるような介護報酬の見直しが必要となります。

(2)ケアマネジメントシステムの不備について

 市町村の相談窓口では、人事異動も多く、知的障害に関する経験と知識のあるスタッフが配置されていない点で大きな課題を抱えています。この点では、介護保険制度のように、要介護判定機関(行政など)とケアマネジメント機関(介護支援専門員)とが分離されているほうが優れています。
 ただし、現行の介護保険制度では、介護支援専門員の労働実態において、1人の介護支援専門員が50ケース以上を抱えて、1ケースあたりのケアマネジメントにかけられる時間と労力のきわめて少ないことが指摘されているので、この点を改善しないといけません。特に、知的障害者の場合は、ケアマネジメントの際に、インテーク(受理)やアセスメント(評価)にかなりの時間がかかるので、1人のケアマネジャー(障害者ケアマネジメント従事者を含みます)が担当できるケース数はかなり限られます。
 そのためには、ケアマネジメントに関わる(ケアプラン作成などの)介護報酬をかなり見直して、ケース数が少なくても対応できる仕組みが必要です。さらに、このことによって、ケアマネジメント機関(ケアマネジャー)がサービス事業者から独立して中立的に活動することを促進するメリットも生み出し、知的障害者のアドボカシーに関しても、ケアマネジメント機関が一定の役割を果たすことが可能になります。

(3)知的障害者へのエンパワメント支援について

 この問題は、支援費制度が介護保険制度に移行しても、本質的には、全く解消しない問題といえます。エンパワメント支援では、自己決定、サービス利用に向けての主体的な行動などの教育、訓練プログラムが考えられます。このような支援は、身体障害者を主に対象にした自立生活センターなどではすでに試みられていますが、知的障害者ではまだまだ少ないのが現状です。
 このことに関しては、エンパワメント支援を行う組織、団体、機関の育成に対して、支援費制度や介護保険制度とは別枠の補助制度を確立していく必要があります。エンパワメント支援こそ知的障害者の自立、自己決定に基づいた福祉制度の基盤づくりに必要不可欠な条件なので、早急に検討する必要があります。

(おざわあつし 東洋大学教授)

【参考文献】
1)きょうされん編、『全国障害者社会資源マップ ’03年版』、中央法規出版、2003年
2)地域生活支援フォーラム千葉、『支援費制度の開始にかかる自治体アンケート、PAC支援費ホットライン、実施報告書』、第3回地域生活支援フォーラム千葉・資料、2003年
3)NPO法人神奈川介護支援専門員協会・実施調査結果報告、社会保障審議会・介護保険部会資料、2003年

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2003年11月号(第23巻 通巻268号)