音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年1月号

1000字提言

「地域生活へのススメ」最前線から

山田優

長野県に昨年4月から公務員として赴任した。つくづく広さを実感する。隣の町・村までたどり着くには、いくつかの峠や谷を上り下りする。なるほど信州独立国。

地域生活へのススメは、利用者さんの意向を把握することから始まる。

「地域生活移行」という未知なる領域、巨大な施設を縮小していくこと、前例・見本はどこにもない。私がすがる僅(わず)かな救いは、「こんな人生を生きてみたい」と語る言葉に反応する感性と、何もないところを開拓へと突き動かせる「ありがとうね」の声に反応する感覚に対して、いつまでも過敏に過剰に持ち続けていることか。

聴き取りの結果から浮かぶ「地域生活への希望」者数を257名とした。この数字が当面の施策の根拠となる。しかし、たった一度の聴き取りがすべてであってはならない。人の思いは移ろぐもの。ましてや、「切なる思い」を心奥深く封印し、ここだけは犯されないと耐え続けた35年間。そうそう簡単に本音を語れない。「嫌いでも仲良くしていないとここでは生きていけませんよ」の言葉に出合うと、そうした近接領域の一員として申し訳ないと率直に詫び、しがらみを解きほぐすエネルギーに転化するしかない。

グループホーム設置には、皮肉なことに豊富な人材とステータスを有する団体は自分で手桎足枷(てかせあしかせ)をして臨機応変に動けず期待ができない。しがらみが行く手を阻む。私流は、怒りをエネルギーに変える術と次を考える変わり身の早さ。意気に感じてはせ参じてくれたNPO法人にノウハウを伝え、5名が念願の「脱施設」を果たした。

その建物は、スリルある峠を越えたすそ野に広がる小さな集落の一角にある。「風の谷のナウシカ」のロケーションが思いつくほど良く似合う。リンゴ畑が隣まで迫り、しなるほどたわわに実る果実に目つきがおかしくなるのは、暖地で暮らしていた性(せい)かしらん。

入居を希望した5名は見学にたびたび訪れ、生活イメージを作り出した。峠を越える車中、どこかうきうきした表情にも緊張感が漂う。不安を笑い声で追い払うすごい人たち。暮らすのは彼ら。世話人さんの言葉に信頼感をいっぱいつかみ取ろうと真剣な眼差しを向ける。予定されている自分の部屋の広さにとまどう。50代半ばに差し掛かって彼らがようやく手に入れた6畳の部屋。とまどいと喜びと再びおそう不安が複雑な表情となって入れ替わる。時折ちらりと向ける顔から「ここがいい」という素朴な言葉となってほとばしる。

(やまだまさる 長野県西駒郷自立支援部長)