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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年1月号

ワールドナウ

シンガポール チェシャーホーム訪問記

中村麻有子

今回、シンガポールの障害者施設を訪問する機会があった。その中のチェシャーホームを紹介したいと思う。

チェシャーホームは、障害のある人たちの『生活の場』として世界51か国に250ある。シンガポールの北西部に位置するチェシャーホームは、入所施設、デイケア、自立生活の訓練をする体験室の3種類から成り立っている。スタッフは55人で、そのうち22%はセラピストである。

運営資金は、コミュニティチェストに100%頼っている。そのほかにバザーを実施したり、民間からの寄付で運営されている。また、当事者自身が作成したガラス細工や小物入れ、園内で栽培しているかいわれ大根などの売り上げも収入源となっている。

現在、入所施設には、15歳~75歳の65人が生活をしており、ほとんどの人たちが重度の身体障害者である。そのうち31人が男性、34人が女性で、同性同士2名一室で生活している。夫婦も一組生活している。費用負担は、本人の所得に応じて異なる。月々の費用が支払えない低所得者の場合0ドル、高所得者では800ドル支払っている人もいる。

デイケアは1日10ドルでさまざまなリハビリを受けることができる。現在45人が週1、2回通い、ストレッチを中心としたトレーニングを行っている。特に中途障害者の社会復帰に力を入れていて、園内のプールを利用した活動が盛んである。リハビリの内容は、あくまでも個人に合わせたメニューとなっていて、決まったプログラムは用意されていない。各個人がトレーナーと話し合い、自分に合ったリハビリを、自分自身で進めている。

自立生活に向けたプログラムは、1年ほど前からはじめた。体験室は、シンガポールの平均的な家庭環境に近い生活空間を再現した構造になっている。体験室での生活は二人一組で実際に生活するためのトレーニングを行う。日本でいう自立生活体験室に近いものである。食事の用意も自分たちで行い、規則正しい生活習慣を身に付ける。この体験室を利用する期間は人によって違うが、大体3か月~9か月くらいである。その間、定期的に担当者とカウンセリングを重ね、地域での自立生活に向けた準備を行う。費用は月300~800ドルである。

チェシャーホームの建物は明るく小ぎれいで、芝生がきれいに整えられた中庭にはカフェスペースが設けられ、入所者とスタッフの憩いの場となっている。太陽の光が降り注ぎ、開放的で明るい雰囲気だ。その中庭で創作活動に精を出す1人のおじさんがいた。彼は貧しさから入所費用を支払うことができないが、彼の手先の器用さを発見したスタッフの薦めでマグネットを製作することになった。石膏などで形作り、丁寧に色を塗っていくと、本物そっくりの果物やおいしそうな「シンガポール風焼きそば」などのマグネットができ上がる。

その卓越した技術がたちまち評判となり、地元の新聞に取り上げられたこともあって、今では空港で販売されるまでになった。さらに、世界各国からチェシャーホームを見学に訪れた人々が購入する売り上げも含め、彼はこの特技のお陰で収入と生きがいを得ているという。

ボランティアとの良好な関係

現在、チェシャーホームに登録しているボランティアは357人。ほぼ毎日、主に食事の介助やレクリエーション活動などを行っている。地元の主婦や大使館員の妻、学生など、年齢や国籍はさまざまである。日本からもボランティアに訪れる人がいるそうだ。

私が訪問した時は、イギリス人の小学校教諭が入所者と一緒にチェスを楽しんでいた。彼女は週2回程度ここを訪れ、利用者と話をしたり、一緒にゲームなどをして過ごす。印象的だったのは、介助する人もされる人も、皆楽しそうだったことである。ちょうど昼食時にうかがったのだが、どの人もにこやかに楽しんで介助をしていた。「体の調子はどう?」「もっと食べる?」といった会話や笑い声があちらこちらで聞かれ、とても穏やかな時間が流れていた。

見学を終えて

利用者の国籍がさまざまなので、厨房はイスラム食用と普通食用に分かれている。それぞれ全く別の食事が出る配慮は、多民族国家ならではの対応で興味深かった。

みんな重度の障害をもち、一生懸命リハビリに励む毎日だが、悲壮感や閉塞感がなく、ゆとりが感じられた。オープンな施設なのであろう。自由に動かない体に苛立ちを感じながらも、スタッフやボランティアのお陰で心にゆとりを持つことができるのだと入所者は言う。

帰り際に、シスターが見学者全員にお礼の言葉を掛け、握手をしてくれたことが思い出に残っている。

(なかむらまゆこ 本協会職員)