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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年5月号

ユニバーサルデザインの広場

ウォシュレットの成長とユニバーサルデザイン

羽田朋代

「おしりだって、洗ってほしい。」というTVCMが記憶にある方も多いことと思います。これは1982年(昭和57年)に放映されたウォシュレットのCMです。それまで、医療器具・福祉用具として存在していたウォシュレットを、広く一般家庭に浸透させ「紙で拭く」から「お湯で洗う」という、新しい生活習慣を伝えるまでの役割を担ってくれました。今では2軒に1軒の割合で愛用いただいているウォシュレット、一度使ったら手離せないその快適さが多くの方に届くまでの舞台裏などをお話ししたいと思います。

輸入品を国内で生産するようになった頃の「ウォッシュ・エア・シート」
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1 ユニバーサルデザイン代表商品の誕生

「ウォシュレット」は昭和40年に米国よりTOTOが輸入を開始し、国内に初めておしりを洗浄する便座(シート)として持ち込んだものです。当時の名称は機能をそのまま表現した「ウォッシュ・エア・シート」。病院での局部疾患・手術後・妊産婦の方のための医療機器で、一般的には使う機会も少なく、快適性を話題にする商品ではありませんでした。機能はまさに「ウォッシュ=洗浄」と「エア=乾燥」のみで、価格は7万9000円。価格は今とあまり変わりませんが、当時の物価で比較すると平均月給の何倍もする高級品でした。

また独特ともいえる繊細な感覚をもつ日本人は、自分の好みに合う微妙な水温調節を望み、輸入品では満足感が得られていませんでした。

国内生産に切り替えたのは昭和44年のことです。その後にいよいよ「ウォシュレット」の開発にとりかかります。日本人の体形に合った温水洗浄便座を開発するため、当時の開発者は便器に腰を下ろした時の肛門の位置を確かめるところから作業を始めなくてはなりませんでしたが、その答えは既存の文献にはなく、あみ出された方法は、便器の中央に針金を1本通しておき、便器に腰掛けた状態で肛門の位置から手をまっすぐ下ろし、手が針金に触れたところに目印の紙を貼るというもの。この方法で、当初は協力をためらった女性社員も含む数百人のデータが集まり、設計に生かされています。その他さまざまな実験によって得られた結果とは…

  • 洗浄水の温度は体温よりやや高めの38度が1番心地よい。
  • ノズルの噴射角は水平面に対して43度が適当(この角度であれば、おしりにぶつかったお湯がそのまま便器に落ち、ノズルに汚物がかからない)。
  • 汚物を30秒以内で洗い落とすには毎分500ccの水の勢いが必要。
  • 900ccのお湯があれば満足のいく洗浄感が得られる。

最適な熱交換システムの設計やノズルの位置・タンクの容量などが決定し、開発着手から2年後の昭和55年、ウォシュレット第1号の誕生にこぎつけます。

人の感覚に沿い、人の体を知り尽くした商品、そしてこの快適さ! 体の状態に関係なく、もっと多くの人に喜んでもらえるはず…「おしりだって、洗ってほしい。」は、その想いがギュッと詰まったCMでした。

商品が良かった、それだけでは、ここまでの普及はなかったはずです。消費者の心を惹きつけ価値を伝えるコミュニケーション戦略、そしてその消費者の期待に商品がきちんと応えられたことによって、ウォシュレットはTOTOを代表するユニバーサルデザイン商品に昇華したと言って過言ではないと思います。

初代ウォシュレット。はじめてお湯をつくるタンクがついた
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2 進化と発展と、今後のこと

それからの商品開発は目覚しいものがありました。環境配慮(節電・節水)や、狭い日本のトイレを考えたコンパクトタイプ(お湯をタンクで温めず瞬間湯沸しをする)、優れた脱臭能力など、時代のニーズを読んだ熱心な商品開発が続いています。

つい先日、発売以来24年間の「ウォシュレットの進化の歴史」が一目でわかる新聞広告をだしました。キャッチコピーは「ダーウィンもびっくり!」。テマエミソながら広告の評判は上々で、「築いてきたブランド力をアイデア豊かに訴えている」との評価を頂いているそうです。ユニバーサルデザインの代表商品単独で広告が打て、企業として高い評価を頂くことができる。うれしい気持ちと同時に地道な苦労を重ねた先人たちに想いを馳せ、自分が残す商品への責任を感じます。

実を言いますと、メーカーの立場でユニバーサルデザインを語ってほしいとご依頼を頂いたとき、トイレやお風呂ではなくて、もっと雰囲気の良いことを題材にできたらなと思ったこともありました。しかし、さまざまな商品を通してさまざまなお体の状態、そしてまたさまざまな生活シーンを知るにつれ、トイレやお風呂、キッチンといった水まわりが人の生活の「質」を大きく変える可能性をもっていることを痛感します。

たとえばトイレタイムがリフレッシュタイムになるというところまできた昨今でも、トイレが自分でできること、排泄に苦しまなくてすむこと、トイレで羞恥心を感じなくてよいこと…これら当然とも思えるニーズを満たすことが、まだまだ難しい環境におられる方が多いことを私たちは知っています。そしてそれは、高齢社会においてまさしく近い将来の自分自身のことであるということも。

最新のウォシュレット「アプリコットシリーズ」
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3 ユニバーサルデザインの推進

生活の質・価値を創り出し、高められる企業でいるということは、泥くさいまでに生活の隅々をよく知ることから始まります。

水まわりというのは、その多くが人に積極的に見せる、見られる空間ではないだけに、実態をつかむのが難しく、ウォシュレットの開発もそうであったように、実際にモニタリングをして、その生活シーンの実態をしっかり把握することが重要だと考えています。TOTOでは、現在モニター制度を設立し、障害のある方やご高齢の方、小さなお子さん、そして女性、さまざまな身体状況の方に登録をいただいて「生活シーン」の検証を行っています。昔のような、人の体の根本的な調査ではもちろんありません。一連の生活動作をどのように行っているのかを知る調査であり、現有する問題点の発見とともに、新しい生活の価値を探していく作業ともなります。

特に多くのご協力を頂いているのが、いわゆる「多目的トイレ」の空間プランづくり。家庭のトイレとは異なり、多くの人が共同で使うトイレはさまざまな問題が複雑に関係しあい、一筋縄にはいきません。多くのモニターさんに立ち会っていただき、実際の動作で確認を繰り返す作業は40年近く続けていますが、まだまだ、進化が続いています。その一つに機能面での進化を挙げますと、公共トイレやオフィス、デパートなどにもウォシュレットがつくようになったことです。手に不自由さのある方が、オフィスのトイレにウォシュレットを設置したことで、トイレの心配のために勤務時間を調整する必要がなくなったと教えて頂いたりするととてもうれしいのですが、一方でウォシュレットの設置によって、壁につくリモコンが増え(基本的な便器洗浄のボタン、非常コールに加えて)、視覚障害のある方がどれが何の目的のボタンかわからずに苦労した、いう声を耳にしたりもします。

ユニバーサルデザインは創造的発想であり商品開発に終わりはありません。

ウォシュレットはついに日本を飛び出し、世界でも活躍を始めました。新たなニーズがどんどん出てきています。

常にどうすれば一人でも多くの人が使えるようになるかを考え、技術進化とともに向上を図っていかなければなりません。設備機器メーカーとして胸を張って、トイレのこと、お風呂のこと、もっともっと生活に近いところで、ユニバーサルデザインを追求していきます。

(はだともよ 東陶機器株式会社UD推進本部UD商品企画グループ)