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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年5月号

ほんの森

矢野陽子著 注文でつくる―座位保持装置になった「いす」

評者 河野康徳

本を一冊書き上げることは、フィクションであれノンフィクションであれ、読者に訴える内容を持つものには労作が多いのですが、この本は間違いなくその条件を満たしていると思います。取材開始から2年、執筆に半年をかけたという、これは汗と泪(なみだ)の結晶。いや、著者ご本人はいたって冷静に書き進められているのですが、読後に感涙を禁じえないという意味で。読者は、期せずして竹野廣行の半生記―それも座位保持装置の小史が実は全共闘世代の副産物であること―を知ることになります。

この本の特色の一つは、座位保持装置に関わるさまざまな人物像が活写されていることです。まずなによりも,伝記的な主役というべき竹野さんのこと。本誌の読者には、全共闘(わが国の社会体制の矛盾に対する苛立ちから起きた1960年代末の学生運動組織)のことをご存じない人もいらっしゃると思います。竹野さんはその世代の一人であり、その活動で「果たしえなかったことが、その後正しい力となって様々な地域活動や工房の仕事といったものを生み出してきている」という、社会福祉の裏面史を知らされます。その過程には、座位保持装置ユーザーの切実、専門家や行政関係者の隠然が如実に描かれます。

ところで座位保持装置とはいったい何なのか。このことを丹念に解きほぐしているのが、この本のもう一つの特色です。障害者福祉関係者で座位保持装置の呼称を知らぬ人は少ないと思いますが、その来歴や機能を知悉(ちしつ)する人は多くないでしょう。近年は介護保険の影響もあって、シーティングシステムと見聞する機会が増えています。元をただせば、これが補装具交付基準に規定される座位保持装置。その製作に1970年代から携わってきたのが、竹野さんたちの工房グループというわけです。しかし、イラスト入りで紹介された注文でつくる座位保持装置自体は、到底この紙幅では紹介できません。本書を読むに如かずです。

歴史を知ることの意義は、現在を理解しつつ将来を考えることにあります。この本はそのことを忘れず、問題提起もなされています。生前の竹野さんが次世代へのバトンタッチとして期されたのは、ものづくりのこころとわざだったのですが、そのことから、1.注文によるものづくりには適合技術が肝要(技術論)、2.注文手作りと量産ビジネスの経済効率ギャップ(経営論)、3.座位保持装置から姿勢保持装置へ(制度論)の3点が指摘されます。

(かわのやすのり 昭和女子大学人間社会学部福祉環境学科教授)