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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年6月号

障害者権利条約への道

実効性ある条約づくりに求められるもの
―多様性の尊重と相互理解―

松井亮輔

周知のように、今年1月ニューヨークで開かれた国連特別委員会作業部会で、障害者権利条約(以下、条約という)の草案が起草された。それをベースに第3回特別委員会(5月24日~6月3日)および第4回特別委員会(8月23日~9月3日)でその成案起草作業が行われることになる。作業部会での草案づくりに参加した関係者の中には、特別委員会での議論展開から考え、特別委員会での作業は比較的順調に進み、場合によっては来年にもその成案ができあがり、国連総会に提出される可能性すらありうるという、きわめて楽観的な予想をする者もいる。

1999年9月にロンドンで開催されたリハビリテーション・インターナショナル(RI)総会で、「2000年代は、生活のすべての側面において障害のある人びとの完全なエンパワメントとインクルージョンを支援することによって、障害のある人びとの権利を保障する社会に変えていくことを、あらゆる国の目標としなければならない。…(この)目標を達成するための重要な戦略として、『国連・障害者権利条約』の制定を支持するよう、RI加盟国に対して求める。」ということを宣言した、2000年代憲章の採択に参加した者の一人として、この条約が予想以上に早期に実現する展望が開けてきたことを、こころから喜びとするところである。

しかし、その一方で、条約のまさに核心部分である「障害」や「差別」などをめぐって、さまざまな意見や議論がある状況の中で、成案づくりを急ぐことには、危惧の念を禁じえない。それは、成案の内容について合意を急ぐあまり、多様性の尊重という、条約の本質にかかわる要素が見失われかねないからである。

たとえば、第3回特別委員会開始の前日、特別委員会作業部会に参加した障害NGO等の代表から構成される運営委員会が開かれ、条約成案づくりに向けたNGOとしての対処方針等について協議が行われることになっている。その協議に招かれているのは、国際障害同盟加盟団体(障害者インターナショナル、国際育成会連盟、リハビリテーション・インターナショナル、世界精神医療利用者・生還者ネットワーク、世界盲人連合、世界盲ろう連盟および世界ろうあ連盟)の各代表1名、5地域(アジア太平洋、北米、中南米、欧州およびアフリカ)の障害NGOの各代表1名、およびその他の3NGO(地雷生還者ネットワークなど)の各代表1名を合わせ、全体で15名に限られている。これまでの条約草案起草過程でこれらの団体が、NGOサイドを代表して、中心的な役割を果たしてきたことは事実であるが、その他の障害当事者団体も含め、世界的なネットワークをもつ障害関係NGOは、それ以外にも相当数存在することを考えれば、同運営委員会としては、限定されたメンバー以外の団体からの意見なども吸い上げるメカニズムを早急につくる必要があると思われる。

また、当初この運営委員会では、第3回特別委員会に向けてのNGOとしての統一見解を取り纏(まと)めることが意図されていたが、一部の代表から、統一見解の取り纏めよりもむしろ、条約草案への各団体の見解の相違点や各団体が必要とする支援や援助領域についての相互理解を深めることの重要性が指摘された。その結果、条約をめぐる議論の争点の整理、(お互いの違いを認め合いながら)NGOとして協働しうること、条約に対して好意的な政府との協働を通してNGOサイドの意見をいかにして条約成案に反映させるかなどが、議題として取り上げられることになったようである。

国内でも現在、日本障害フォーラム(JDF)準備会が中心となって、第3回特別委員会に向け、国内障害NGOとしての意見集約が行われている。しかし、いまのところ、条約づくりに向けての国内外の動きについて認識しているそれ以外の団体の関係者はきわめて限られており、ましてや一般の市民にはこうした情報はほとんど伝わっていないと思われる。

たとえ条約が、国連総会で比較的早期に採択されたとしても、国内的にそれが効力を持つには、国会で批准される必要がある。したがって、条約採択後、国内での批准作業を早めるためにも、関係団体としては条約について、情報提供をはじめ、国内的支持を広めるような取り組みを精力的に進めることが求められよう。

なお、世界91か国の3分の2以上が途上国であることを考えれば、条約が途上国にとっても実効性をもつものであることが求められる。しかし、そのために条約の中味が薄められるようなことになれば、条約をつくることの積極的な意味が失われかねない。したがって、条約がすべての国の障害者に、一般市民と同等の「権利及び尊厳の保護及び促進」を保障するためには、とくに後発途上国等における障害者施策への取り組みを支援しうるような国際協力のあり方ついても、条約成案づくりの中で合わせて検討される必要があると思われる。わが国関係者が、この点でもリーダーシップを発揮することを期待したい。

(まついりょうすけ 法政大学現代福祉学部、RI副会長)