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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年11月号

ほんの森

広瀬浩二郎著
触る門(かど)には福来たる
座頭市流フィールドワーカーが行く!



評者 望月珠美


『触る門(かど)には福来たる』。そのタイトルにふさわしい笑いと元気にあふれた本である。

「『しくしく悲しい障害者ライフ』よりも『わくわく楽しい笑害者ライフ』を」。「『ないこと』を『ないからこそ』へとプラスの発想に転じることで、自らの経験や人生をより豊かで魅力的なものにすることができる」。この本を貫く筆者のメッセージである。

何事も自分自身で実践すること、触れること、そして「エンジョイ」することを持論とする筆者は、若き「全盲」の文化人類学者である。チャンバラにはじまりテリヤキ、メジャー・リーグ、ラーメン、karaoke、異文化布教。いっけん福祉とは無縁と思われるさまざまな事象をフィールドワークの技法を用いてユニークな観点から解きほぐしていく。そして、ノーマライゼーションの理念やバリア・フリー実現のためのカギが多面的な価値観、人間観にあること、その原点が、実は日本の中・近世の民衆文化の中にみられることを紐解いていく。宗教や歴史、民族学に関する豊富な知識と技法を随所に交えた展開は、実に明快でわかりやすい。福祉をめぐるさまざまな課題について考えるうえで新たな視点を与えてくれる。

現在、大阪にある国立民族学博物館に研究者として勤務する筆者は、そこで自らの専門性と独自性を活(い)かしながらさまざまな活動を行っている。一例として博物館のバリア・フリー化、ユニバーサル・ミュージアムの実現に向けた奮闘ぶりがあげられる。貴重な史料の塊である博物館では、展示物の多くがガラスケースや柵によって隔たれている。触って知る、触って確かめる、触って観(み)る視覚障害者にとって博物館はまさにバリアにあふれた場所であった。それが発想の転換や工夫を加えることによって、視覚障害者を含むさまざまな人にも開かれた場とすることができる。

試みは始まったばかりであるが、そのパイオニアとして「見えないからこそ観えるもの」の豊かさを知る著者が活躍する国立民族学博物館をぜひとも訪れてみたい。その試みの中には、すべての人が共に生きる社会を実現するための多くのヒントが詰まっているに違いない。

(もちづきたまみ 茨城キリスト教大学生活科学部講師)