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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年2月号

ユニバーサルデザインの広場

だれもが暮らしやすく豊かな熊本をめざして
~普及啓発から実践のときを迎えた熊本県の取り組み~

津川尚美

熊本県がユニバーサルデザイン(以下「UD」)に取り組み始めてから、5年が過ぎようとしている。その間にも、高齢化や国際化、人々の価値観や住民ニーズの多様化が進み、それにいかに対応し、施策に反映していくかが行政に求められている。「すべての人のため」というUDの考え方は、今や企業だけではなく行政にとっても、欠かせない理念となっている。

ここでは、これまでの熊本県のUDの取り組みとめざす姿について、普及啓発から始まった第1期、広がりをみせた第2期、実践のときを迎えた第3期に分けて述べる。

第1期(普及啓発と指針作成)

1.UDを県政の基本に

熊本県は、県の総合計画で「県民が主役の県政を推進する」と定め、「熊本県UD振興指針」のなかで熊本がUDでめざす目標を「だれもが暮らしやすく豊かなくまもとの実現」としている。老いても病んでも障害があっても、だれもが安心して住み続けられるくまもとをつくっていくため、県のあらゆる施策をUDの視点で、県民中心で進めていくとした。

その背景には、熊本県が全国平均の7~8年先を行く高齢社会であり、特に中山間地域では高齢化率30%以上の町村も多いということが挙げられる。高齢者が多いということはすなわち、体に何らかの不自由を感じる県民が多いということであり、障害者が多くなる社会ということでもある。また、子ども、妊産婦、女性・男性といったさまざまな特性を持つすべての県民を中心に、県政を進めていくという県政の方針が示されたのである。

2.まずは県職員の意識啓発から

当初はまだ職員間にも、UDの理念はそれほど浸透していなかった。そこでまず、職員対象のUD講演会や研究会を開催し、職員自らがUDを理解することから始めた。同時に、インターネット博覧会を契機とした熊本県UDホームページの開設、国際シンポジウムや県内各地でのUD教室・講演会の開催により、県民への広がりも図った。

3.振興指針策定

そして2002年2月、「くまもとユニバーサルデザイン振興指針」策定に至る。

この指針では、熊本県のUD推進の方向と、行政、企業・団体、県民等に求められる役割を明確にし、「まちづくり」「ものづくり」「情報・サービスづくり」「意識づくり」という各分野で、UDを進めていくプロセス(過程)を重視することを原則として定めている。

第2期(UDの広がり)

1.全庁体制と各種マニュアルの作成

指針策定後は、知事を筆頭とし各部局長等をメンバーとする「UD推進会議」を設置して、「UDプロジェクト」と名付けた各部局で実施するUD重点事業を決定し推進している。また、職員の業務の参考となるように、各分野においてUDマニュアル等が策定されている(広報や建築のガイドライン等)。

2.県民にわかりやすいモデル事例づくり

職員間でのUD認識は進んだものの、UDという横文字のせいか、まだまだ県民にUDが浸透したとは言えなかった。そこで全戸配布の県広報誌や広報番組等でUDをテーマにした。また、県民に身近な施設であり、改築の時期を迎えていた運転免許センター、県民交流館、県営住宅等をUD仕様にし、UDを県民にわかりやすい形で示した。県庁本館の改修時も、高齢者・障害者・子ども連れ等からご意見をお聞きし、モックアップ(実物大模型)によるワークショップを繰り返しながら、改修という制限のあるなかでも可能な限りUDに配慮した施設になるよう努力した。

さらに、生涯学習の一環で熊本県が実施している県民カレッジや、職員が出かけていって県の施策について説明する出前講座、県民に身近なところでUDを発見し熊本県UDホームページに投稿してもらう現在延べ約200名になるUDレポーターの養成、希望する企業や団体へのUDアドバイザーの派遣、小学生UD新聞コンテスト等を実施してきた成果か、2005年2月の県民アンケートでは、「UD」という言葉を知っている熊本県民の割合は約75%となった。

3.熊本県内の民間での取り組み

このような取り組みをしていくなかで、県民や民間企業にもUDが広がってきた。

多様なニーズに対応し自由な使い方ができるUDタクシー、県内各地の商店街(健軍商店街や本渡商店街、上通り商店街等)でのUDサービスの取り組みのほか、九州新幹線新八代駅・新水俣駅、住宅団地や大型ショッピングセンターでも、UDを前面に打ち出した顧客サービスがアピールされるようになった。

国のバリアフリー化推進功労者表彰を、3年連続で熊本県推薦の団体が受賞されたのも、このような企業や県民の皆さん方の取り組みが評価されたものである。

第3期(これからはUD実践の時代へ)

1.県内経済への波及のために

熊本県には中小企業が多く、開発資金等の問題からUD商品の開発には課題があると言われていたが、これからの高齢社会、多様化するニーズのなかで、UDをひとつのビジネスチャンスと考える県内企業も現れてきた。

そこで熊本県では、UD関連産業への支援策を打ち出し、現在、技術開発や流通面での支援等を行っている。2004年10月には熊本県工業技術センター主催による「UDものづくりフォーラム」を開催し、産学行政連携による技術開発の成果を発表した。

また熊本県は、世界一のカルデラを持つ雄大な阿蘇や、キリシタン文化が今も息づく天草の海や島々といった大自然、熊本城をはじめとする歴史建造物、黒川温泉など多くの温泉を抱える観光地でもある。高齢者も障害者もあらゆる人が熊本を訪れ、熊本の観光を楽しんでいただけるよう、UD観光への取り組みを始め、今年度から「UDモニターツアー事業」をスタートしたほか、県内NPOと連携して「くまもと女将の宿UDおもてなし研修」を近々実施する予定である。

2.県内各地への広がり

地域づくりや商店街・温泉街の活性化のために、UDに取り組む地域も出てきた。また、県北の荒尾・玉名地域の伝統工芸品「小代焼」を中心とした窯元と、県内NPOの連携により、UD陶器の商品開発と流通拡大の取り組みもなされている。

3.これからのくまもとユニバーサルデザイン

最初に述べたように、県内の多くの自治体が高齢化率30%以上という状況にあり、都市部と農村、過疎地、中山間地域と、同じ熊本県内でも地域の状況はさまざまである。

自分が生活している地域で、高齢になっても障害を抱えても、ずっと安心して、可能な限り快適に暮らしていくために、地域の特性に対応し、できるところからみんなでUDに取り組んでいく。そこに必要なことは、何よりも他者を思いやる「やさしさ」であり、他人が困っているときに気付くことができる「UDの意識」を県民一人ひとりが育み、「心のUD」を実践していただくことである。

「子どもや若者から高齢者まで、だれもが熊本に住み続けたい、熊本に帰りたい、また熊本を訪れた人が終の住処(ついのすみか)に熊本を選んでいただけるようなくまもとの実現に向けてUDを進めていく。」この潮谷知事の熱いメッセージのように、より多くの県民にUDが広がり、熊本がどこよりも暮らしやすいユニバーサル社会になることを強く願うものである。

(つがわなおみ 熊本県総合政策局政策調整課特定政策推進室参事)