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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年4月号

列島縦断ネットワーキング

沖縄 夢と希望をのせて

仲村小夜子

「きおりの仲村と申します」名刺を差し出す私に返ってくる「きおり?」の反応。知的障害者通所授産施設としての〈希織〉の名前であると理解していただいた後の「織物をされているのですか」の質問に、名づけた私は苦笑しながら、「利用する方々のさまざまな夢や希望、そしてご家族、そこに携わる職員や関係者の夢や希望を、みんなで支えあって織りあげていく場の意味です」と返答しています。命名の由来を気に入り、長年待ち望んで授かった子どもに「希織」の名をつけた友人の気持ち、インターネットで知りましたと、青森県の「希織」という名前の方から、新鮮なりんごが突然送られた時のうれしさ等、「希織」は名前自体からも、多くの皆様から幸せをいただいております。

あゆみ

さて、希織は、沖縄本島の中部地区である沖縄市に在し、現在、中心施設・定員20名、分場・定員19名の計39名の施設です。施設としての開所は平成10年のことですが、その前身は、平成4年に創設された手作りショップ「希織」にあります。県立の入所更生施設や某法人の通所授産施設で指導員として勤めていた私の施設運営や利用者支援に対する想い、そして遅々として進まない・定着しない当時の知的障害者の一般就労支援への疑問から「安心して働ける援助就労の場」を作りたいと立ち上げたのが始まりです。公的な運営補助金なしの〈仕事と役割をください〉とのかなり強力な姿勢のスタートでした。

その間、地元、沖縄市社会福祉協議会より、「知的障害者の職場適応方策に関する実験研究事業」を受託し、自閉症の方が適応していく状況や県外の知的障害者施設における先駆的な就労支援の視察研究・考察を行い、「知的障害者が安心して働ける場とは?」について理論構築する機会を得ました。その結果、知的障害者が「安心して働ける場」とは、「訓練と就業を同時に可能にする場で、知的障害者の考えるペースと働くペースに合わせつつ利潤を追求する場でかつ安定した経済基盤を持つ場で、知的障害者が困った時等(発作等)、何らかの支援を要する時に、すぐに専門スタッフが問題解決に取り組み、緩和・解決しつつ、障害者個々の能力に応じた作業を提供する場」で「第一の段階としては、社会福祉法人格を有する〈授産施設〉が最適である」という結論に達し、知的障害者通所授産施設「希織」へと改組することになったのです。

開所後は、利用者が施設内就労だけにとどまることのないよう、一般就労移行支援と企業の橋渡し役としての施設理念を具現化するため、県外の某法人主催のジョブコーチセミナーに職員を派遣、人材育成に努めることも積極的に行いました。結果、協力機関型ジョブコーチ事業の受託や沖縄県で初の取り組みとなる新たな支援就労の場としての分場の開設、知的障害者生活支援事業の受託、施設外授産の活用による就職促進モデル事業の実施等先駆的な取り組みを行ってきました。そして、平成16年6月には、沖縄県で2か所目となる障害者就業・生活支援センターの開設に至っています。

取り組み

現在取り組んでいる作業は、縫製作業、刺繍作業、木工作業、箱折り作業、公園清掃作業があり、その他に企業や農家に職員と共にグループで出かけて取り組む、ねぎ仕分け作業、ガラスリサイクル分別作業があります。今回は、その中の縫製作業についてご紹介させていただきます。

縫製作業は、手作りショップ「希織」時代からの作業種目で、小物・バッグ等を主に製作しています。サイズに応じた布を裁断する、一定の長さのひもを準備する、左右対称に印付けをする、定位置に縫う等の縫製品作りに要求される、計る(測る)・切る・印をつける・縫う等、それぞれがもっている知的なハンディの部分を補えるようなさまざまな補助具を開発・活用し、作業に取り組める工夫や体制づくりをしていること、裁断から縫製までの全工程を一人で行うのでなくそれぞれの得意能力を活かした分野を担当できるように支援していることが縫製作業の成功の秘訣です。なかでもミシン操作は、目で縫う方向を見極めながら、手と足を同時に動かすという動作を要する作業で、かなりの集中力が必要とされますが、年月をかけ、高度な曲線縫いができるようになった方もいます。

防水加工された布で作ったリュックサックは、各自治体が出生届けの際に贈る記念品として採用され、現在、一市一町の自治体にご活用いただいています。〈市中で持ち歩いている若い母親を見かけた〉と報告する利用者の誇らしげな声と笑顔、「あのバッグはここで作っていたのね」との驚きと喜ばれる顔、自分たちの商品が、新たな命の誕生に係わることができて共に喜び感動しています。

ひろがり

次に、希織の特徴的な交流を紹介します。近くの少年院から退院前の少年を1日ボランティアとして受け入れていることです。受け入れ当初は、トイレに行く時にも教官が付きっきりの状態でしたが、希織側からの呼びかけで、プライバシーの尊重から少年の派遣先が知られないように、一般のボランティアと同様の教官なしの単独の形で入ってもらっています。知的に障害のある利用者がいきいきと施設内で働いている姿に出会うことは、前向きに生きる力・刺激になるようで、退院後、「社会復帰して働いています」とお礼を兼ねて報告しにきた少年からは、逆にうれしい思いをプレゼントされています。〈障害のある人もない人も共に生きる社会〉〈両親から受け継がれた命の尊さ〉を社会復帰する少年が少しでも感じとることができればと願って快く受け入れています。

また、「アジア・太平洋障害者の十年」沖縄大会が開催されたのを契機に実施されている、「ID(障害者自立)」コースの縫製技術実習施設として、発展途上国の障害者支援に従事する指導者を毎年受け入れ、〈共に生きる社会〉を拡げるお手伝いをしています。

これから

施設を拠点に障害者の新たな就労の機会の開拓・拡大と生活支援を積極的に推進していきたいと法人格を取得して7年が経ちました。その間、国の障害者就労支援施策も充実し、安定した施設運営基盤の下、一人ひとりのさまざまな〈希望や夢〉が叶えられるように、作業支援や生活支援・一般就労移行支援等を専門的に行うことができ、その効果も多大となりました。半面、手作りショップ「希織」時代に行っていた気軽に入れるお店、包装やお金の計算で困るとお客さんが手助けしてくれたお店のイメージが薄れてきたことに寂しさを感じる時があります。

福祉という言葉にこだわらず、〈障害があってもなくても共に支え合う心〉が自然に醸成されていく場を織りあげていくことを今一度心に刻み直し、〈ぬちどぅ宝〉の沖縄から、「希織」の紹介を終わらせていただきます。

(なかむらさよこ 知的障害者通所授産施設希織)