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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年4月号

ワールドナウ

ニュージーランド訪問記~IHCとセルフアドボカシー

西原直子

はじめに

3日間という短い期間でしたが、ニュージーランド(以下、NZ)において、セルフアドボカシー支援について学んできました。

日本では、親や支援者などの他人が本人の暮らしをコントロールし、多くの決定をしている場面がたくさんあります。NZにも似たような歴史がありましたが、IHCの運動や活動の成果として、現在では「セルフアドボカシー」の理念が大切にされるようになりました。

セルフアドボカシーとは、自分の暮らしに関わるすべての決定を本人がコントロールできるということです。また、IHCでは、インクルージョンの考え方のもと、すべての人の暮らし・教育・就労等の場がコミュニティにあることを重視しています。IHCの活動を中心に、研修での学びの一部をご紹介したいと思います。

IHCの歩み

1940年代、50年代のNZでは、知的障害児者の多くが精神病院や大型の入所施設に収容されていました。知的障害児には教育を受ける機会もなく、「わが子に教育の機会を」と強く望んだ親たちが集まってできた親の会が、現在のIHCの母体となっています。

IHCは、重い障害のある子どもたちのための学校をつくったり、すべての子どもに教育の機会が保障されるように運動をしてきました。また、障害のある子どもが親と一緒に暮らせるよう家族支援に力を入れ、親と暮らすことのできない子どもの里親を増やすための活動も行いました。そして、入所施設を閉鎖するために闘ってきました。現在では入所施設の解体も進み、残り2施設も間もなく閉鎖されることになっています。

障害者だけのグループ活動の場は廃止し、たとえば公園の芝刈りや花壇の整備など、コミュニティの中に活動の場を広げるための取り組みもしてきました。障害者が市民権を得ること、また、多くの人が日常的に知的障害に関わることで障害への理解が深まることを重視したからです。

現在IHCは、知的障害者のサービスプロバイダーとして、また、権利擁護団体として、全国組織となっています。IHCでは、本人もスタッフとしてサポートを受けながら働いており、もちろん給与や待遇に差はありません。

セルフアドボカシーを促進するために

IHCの中には、本人を含む7名で構成されている「セルフアドボカシーチーム」があり、研修活動やサービスモニタリング、本人への情報提供など、IHCの内外においてセルフアドボカシーへの理解を広めるための活動を中心に行っています。

セルフアドボカシーチームは、本人に対し、セルフアドボカシー活動において仲間のためにも発言できる人材を増やすために、リーダーの育成に力を入れています。また、平易な表現でセルフアドボカシーについて説明したパンフレットを作成し、確実に届けることができるように本人のもとへ出向いて手渡し、説明をしています。本人が自分の権利について知ることのできる機会を提供するとともに、サービスに対して自分の意見を言えるようにサポートもしています。

セルフアドボカシーを促進するために、支援者の養成にも力を入れています。また、子どもの頃からセルフアドボカシーを始めることを大切に考え、親に対しては、セルフアドボカシーを恐れず、リスクに対して過度な不安を抱かないように教育活動を行っています。セルフアドボカシーチームには親も含まれているので、わが子を危険から守りたいという気持ちに共感したうえで、話をすすめることができるとのことでした。

本人の政策決定への参加に対する支援

IHCでは、政府省庁や地方自治体とのパートナーシップを重視しています。行政関係者とのネットワークの形成や人間関係の構築を意識的に行うことで、最新のニュースを電話で知らせてもらえるような関係を築いています。

また、本人が政策決定に参加できるよう支援し、現在ではその意義が認められ、本人に関わる政策については、本人の意見を聞く場がさまざまな形で設けられています。

IHCは、本人が会議に参加しやすくなるように、たとえば、事前に本人が会議の資料の内容について知ることや、会議の開始前・中間・終了後に内容を本人と支援者が確認することなど、会議における本人への支援のあり方についてまとめ、政府関係者に伝える努力をしています。それでも本人が直接会議に参加して意見を伝えることが難しい状況もあるため、IHCでは、本人たちがテーマごとに独自の小会議(フォーカス・グループ)を持ち、その結果を政府関係者に伝える方法も用いています。この小会議では、会議の前に、たとえば他の人の発言に割り込んだり邪魔をしないなど、本人たちで話し合いのルールをいくつか決めることで、ルールに従ってスムーズに会議を進めることができるのだそうです。

NZにおける政府機関の取り組みとIHC

NZには、『NZ障害戦略~違いを認める社会の創造(The New Zealand Disability Strategy ― Making a World of Difference)』(以下、『戦略』)という2001年に政府が発表した、障害者にとってインクルーシブな社会を実現するための長期計画があります。1年以上かけ700回を超える会議を経て作成され、知的障害者グループや障害関係団体の意見も多く盛り込まれました。『戦略』では、少数民族のマオリの文化や女性の権利を尊重したうえで、コミュニティにおける障害理解の促進や障害者への最高の教育の提供など15の目標を立て、それを実現するための政府の行動についてまとめられています。この『戦略』の冊子は、通常バージョンと本人にわかりやすい簡単に読めるバージョン、絵図で表したバージョンが同時に発行されました。それは、政府機関がさまざまな人にとってわかりやすい形で情報を伝えることを重視しているからであり、他の政策に関するパンフレットについても、知的障害者にわかりやすく書かれたものを用意するよう、各省庁に働きかけがなされています。

2002年に、『戦略』の担当部局として政府内に設置された「障害問題局」は、すべての省庁に対して『戦略』への理解を広め、計画が実行されているかチェックし、また、政府機関に対して障害問題に関するアドバイスを行う等の役割を担っています。私たちは、この障害問題局を訪問しました。障害問題局では、視覚障害者や聴覚障害者もスタッフとして働いていました。オフィスには盲導犬用のベッドが設置され、手話通訳が常駐するなど、支援が保障されていました。

雇用については、『戦略』においても、障害者が雇用の機会と十分な収入を得ることや、障害により働くことが難しい人へのサービスの充実が目標とされており、前者に対しては、雇用する側への教育、本人への教育やトレーニング、本人の収入状況の調査や改善等が、後者に対しては、支援付き雇用の推進や、支援者の育成等が、政府が実行すべきこととしてあげられています。

障害問題局訪問後に障害問題大臣と会うことができました。大臣はとても友好的にもてなしてくれ、日ごろからIHCが大臣や関係省庁との良好な関係をめざしてさまざまな努力を重ね、多くの情報交換をしていることを肌で感じることができました。

おわりに

NZにも就労支援や所得保障など、まだたくさんの課題があります。また、日本とは人口も文化もその他の社会的背景も異なるので、NZのやり方をそのまま日本で取り入れることは困難です。しかし、NZのように、「すべての人にセルフアドボカシーを」という揺るぎのない理念の下に支援のあり方が示され、さまざまな人や機関を巻き込みながら理解を広げている取り組みには、日本での実践にも生かすことのできるたくさんのヒントがあるはずです。NZにおいては、さまざまな場面への本人参加が大きな成果を上げています。しかし、単に本人が参加すれば成果につながるわけではなく、本人参加を支えるための支援が確立しているからこそ成果につながっていることも、大きな学びのひとつです。

この研修を通じて考えさせられたのが、日本人の権利意識についてでした。日本人は「権利」と合わせて「義務」を連想する傾向があり、純粋に「権利」について考えるのが苦手なのではないかと感じます。しかし、人が生きるうえでの権利は、本来は義務とは別に存在するものであり、権利への意識が高まることで、どこか恩恵的な発想を感じる日本の福祉施策や感覚が変わっていくのではないかと思いました。日本がだれにとっても暮らしやすい国となるために、「セルフアドボカシー」は重要なキーワードであると感じています。

(にしはらなおこ 八王子平和の家)