「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年9月号
移動・交通のバリアフリー
秋山哲男
1 はじめに
わが国の交通バリアフリー法が2000年に施行され5年になる。国はユニバーサルデザイン(以下UDと呼ぶ)の観点から交通バリアフリー法(交通施設・道路関連)とハートビル法(建築物関連)を統合しUD法(仮称)として改訂するために、バリアフリー施策を整理している。本論では、1970年から現在までのバリアフリーの歩みを整理し、特に交通バリアフリー法以後5年間で何ができ、何ができなかったか。さらに、この5年間の経験で何が残された課題であるかを明らかにしたい。
2 過去30年の動き
(1)基本概念
ノーマライゼーションの考え方が「福祉のまちづくり」(バリアフリーデザイン、UDを含む)を大きく進めた原動力と考えられる。その考え方は、「年齢や性別、体の自由・不自由、知覚・行動能力などの違いに関係なく、すべての人が快適に暮らせるようにすること」を指し、UDの「すべての人の身体的な機能上の能力は環境上のバリアを取り除くと高くなる。だから、UDは広範囲で普遍的なものであり、すべての人が利用する環境ニーズにかかわる」といった概念で、ノーマライゼーションと本質は近い。このノーマライゼーションの考え方は半世紀にわたって生き続け、今も色あせることなく行政・研究者・障害当事者・現場で携わる人々の中に浸透し、さまざまな政策や対策に深く結びついている。
(2)福祉のまちづくり
わが国の「福祉のまちづくり」は1970年前後から30年以上の歴史を持ち、初期の段階は障害者に限定した対策であったが、時間が経つにつれてすべての人を含む考え方であるUDへと徐々に進化し始めてきた(表1)。
表1 福祉のまちづくりの制度の展開
行政組織 | 西暦 | まちづくり・道路・交通の制度等 |
---|---|---|
厚生省(現 厚生労働省) | 1973 | 「身体障害者福祉モデル都市」設置事業(生活環境改善・人口20万人以上) |
1979 | 「障害者福祉都市」推進事業(人口10万人以上)ほか | |
建設省(現 国土交通省) 住宅・まちづくり |
1981 | 官庁営繕における身障者の利用を考慮した設計指針 |
1982 | 身障者の利用を配慮した建築設計標準 | |
1994 | 「高齢者・身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(ハートビル法)施行 | |
1991 | 福祉のまちづくり事業 | |
1994 | 人に優しいまちづくり事業 | |
1994 | 生活福祉空間づくり大綱 | |
厚生省・建設省 | 2000 | 「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(ハートビル法)施行 |
1996 | 福祉のまちづくり計画策定の手引き |
1.厚生省
「福祉のまちづくり」を比較的早く手がけたのが「身体障害者福祉モデル都市事業」(生活環境改善・人口20万人以上)である。これは「身体障害者モデル都市:1973」設置事業から始まり、当時から自由度は高いが面的整備が弱かった。これが交通バリアフリー法の基本構想の原型と考えられる(文献1)。
2.地方自治体の福祉のまちづくり
わが国の自治体レベルの指針は30年前の「町田市福祉環境整備要綱」が最初である。その後全国に展開し、県レベルでも策定された。多くが障害者部門で受け持ったこと(途中から建築部門も担当する)から、単体を中心とするデザイン指針にとどまっていた。こうした指針行政に風穴を開けたのが交通バリアフリー法の基本構想である。
3.東京都の福祉のまちづくり
「東京都における福祉のまちづくり整備指針、1987年」策定時に、「福祉のまちづくり」をハードとソフトの実践過程であると定義した。さらに、指針作りだけではまちづくりの展開ができないと考え、福祉のまちづくりのモデル地区を1990年頃開始し、数十の地区の計画を実施した。これが建設省の住宅局の「福祉のまちづくり事業」(1991年)や「人に優しいまちづくり事業」(1994年)に影響を与えた(文献1)。
(3)道路の交通バリアフリー
わが国の道路のバリアフリーの展開は1973年の建設省の通達から始まり、これ以後道路の基準を作ること(8%の勾配基準や有効幅員、視覚障害者誘導用ブロックの形状と敷設方法等)が中心で、計画には足を踏み入れてない(表2)(文献1、2、3)。
表2 道路構造の制度の変遷
西暦 | 基準類 | 内容 |
---|---|---|
1973 | 歩道および立体横断施設の構造について | 歩車道段差切下げ、視覚障害者誘導用ブロックの敷設等 |
1985 | 視覚障害者誘導用ブロック設置指針 | 視覚障害者誘導用ブッロクの形状・配置統一 |
1993 | 道路構造令の一部改正 | 歩道の最低幅員を2m |
1999 | 歩道の基準 | 歩道における段差および勾配に関する基準 |
(4)公共交通のバリアフリー
1.交通バリアフリー以前の対策
わが国の鉄道対策は萌芽期(1950~1979)の割引運賃などの経済的対策や車いす単独の乗車を認めるなど、規制の緩和から始まった。本格的な対策は、1981年の運輸政策審議会の長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方向の中に交通弱者(現在は移動制約者)を明確に入れることから始まった。具体的には1983年の「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」からである。そして車両、鉄道駅の垂直移動設備の整備に対する補助、5m以上の鉄道駅のエスカレーター(1991年)とエレベーター(1993年)の整備指針などを策定してきた(文献1、2)。
2.交通バリアフリー法
交通バリアフリー法は過去のさまざまな対策の集大成と考えられる。特に1983年にできたガイドラインが10年経過し、1994年「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者のための施設整備ガイドライン」として改訂、2000年にはこれらをベースに「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(交通バリアフリー法)が施行された。主な内容は過去の鉄道駅を含むターミナルを対象とし、車両やターミナル、駅およびその周辺の計画を含むものである。また技術指針については、その法律を詳細に記述しかつ上乗せ基準を加えた「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」や「道路の移動円滑化整備ガイドライン」が2001年に出されている(文献4、5)(表3)。
表3 鉄道等の移動制約者の交通対策
西暦 | 制度・施策 |
---|---|
1952 | 身体障害者運賃割引方(国鉄、民鉄、バス):主として傷痍軍人の外出 |
1968 | 車いす無料手回品持込可:車いすの無料持込可能に |
1973 | 運輸省(現 国土交通省)通達:国鉄の身体障害者対策について鉄道設備の改善:車いす単独の乗車認める等 |
1981 | 運輸政策審議会 長期展望に基づく総合的な交通政策の基本方向:交通弱者がはじめて入れられた |
1983 | 「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」:日本で最初のガイドライン |
1990 | 「心身障害者・高齢者のための公共交通機関の車両構造に関するモデルデザイン」 |
1990 | 神奈川県 鉄道駅にエレベーター設置補助/横浜市 鉄道駅エレベーター等設置補助要綱 |
1991 | 「鉄道駅におけるエスカレーター整備指針」:5m以上 |
1993 | 「鉄道駅におけるエレベーター整備指針」:5m以上 |
1994 | 「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者のための施設整備ガイドライン」 |
2000 | 「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」施行(交通バリアフリー法) |
2001 | 「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」・「道路の移動円滑化整備ガイドライン」 |
3 バリアフリーがどこまで進むか?
交通バリアフリー法が施行されてから、交通事業者は鉄道駅・空港などや車両・旅客船を、道路管理者は道路のバリアフリーが要求されてきた。その結果、どの程度進んできたか、今後どの程度整備されるかをここでは考えたい。
(1)旅客施設・公共交通機関のバリアフリー
バリアフリー施策の旅客施設・道路等の現状・目標は表4、5に示した。これによると、平成15年の旅客施設の整備は段差解消で44%、視覚障害者誘導用ブロック74%から4年後には7~8割の達成目標である。また公共交通機関は、平成15年現在鉄道車両24%が22年には30%の整備目標である。確実にバリアフリーが進むことがわかる。
表4 旅客施設・道路・建築物等のバリアフリー化の割合
バリアフリー化の内容 | 現状H15年 | 目標H19年 | |
---|---|---|---|
旅客 | 段差解消 | 44% | 7割強 |
施設 | 視覚障害者誘導用ブロック | 74% | 8割強 |
道路 | 段差改善・幅員確保・視覚障害者誘導用ブロック等の設置 | 25% | 約5割 |
建築物 | 手すり、広い廊下の確保等 | 3割 | 4割 |
住宅 | 手すり、広い廊下の確保等 | 約3% | 1割 |
表5 公共交通機関の車両などのバリアフリー化の割合
バリアフリー化の内容 | 現状H15年 | 目標H22年 |
---|---|---|
鉄道車両 | 24% | 30% |
ノンステップバス | 9% | 20-25% |
旅客船 | 4% | 50% |
飛行機 | 32% | 40% |
(2)基本構想受理のバリアフリー
交通バリアフリー法では、1日の乗降客5000人以上の鉄道駅(約2700駅)等に関して駅舎のバリアフリーと駅周辺1キロ以内をバリアフリーにする計画である。駅周辺で特に重要なのは、道路の特定経路を定め、それを道路特定事業によってバリアフリー整備することである。この計画が市町村によって行われ、16年度まで189の自治体で国土交通省に提出されてきた(■図1■)。バリアフリー法から5年経過して約2割(実際の数は一つの自治体で複数提出しているので)で計画が作られたことになる。今後、残る駅でいかに早く計画を策定するかが課題である。
4 交通バリアフリー法からみた基本構想の課題
- 発展途上国の支援:アジア等の発展途上国支援型に変えてゆくこと。
- 自治体に対して:自治体の基本構想策定予算確保や策定時の付加的な推進である交通事業者部会、道路管理者部会を考えること。さらに計画策定後の進行管理の役割を果たす推進組織が必要である。
- 基本構想策定上の問題:他の交通計画や道路計画の関係を明確にすること。住民参加を十分に行うこと。
- その他:大規模ターミナルなど多様なプロジェクトとの調整、工事中もバリアフリーを考える。
(あきやまてつお 首都大学東京都市環境学部建築都市コース)
【参考文献】
1.秋山哲男編著:高齢者の住まいと交通、日本評論社、pp.9―15、1993.5
2.都市交通のユニバーサルデザイン:秋山哲男、磯辺、北川、山田、松原他編著、pp.44、2001.12
3.秋山哲男、三星昭宏:講座高齢社会の技術、6移動と交通、pp.12―14、日本評論社1996.3
4.道路の移動円滑化整備ガイドライン:財団法人・国土技術研究センター、2003.1
5.公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン、交通エコロジーモビリティ財団、2001