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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年2月号

新たな課題と提案

聴覚障害者の情報バリアフリー化進展と新たな課題に向けた取り組み

兵藤毅

はじめに

聴覚障害者は音声情報へのアクセスに障害があることにより、長年、社会への参加が困難な状況に置かれていましたが、昨今のIT普及に伴い、Eメールなどの非音声によるコミュニケーションツールを手中にし、ハンディキャップを軽減できるようになりました。

そのため、音声に代わる情報入出力手段によって十分な情報と知識を確保できると、健聴者と互角に仕事をこなし、本来持つ能力をいかんなく発揮している事例が増えています。

しかし、このようにツールを十分に活用できる聴覚障害者はまだ多くなく、デジタルディバイドに考慮しつつ、社会全体のITインフラ整備を進めていく必要があります。

また、IT活用による恩恵は文字情報に関わるものが多く、講演や会議など音声主体の場面だと陸に上がった河童の状態におかれることも少なくありません。さらに手話がメインの聴覚障害者ですと日本語文字情報の理解が追いつかないことがあり、文字情報主体のツールだけでは限界があります。

支援システムのあり方

聴覚障害者は、残存聴力の程度だけではなく、受けた教育や手話使用等のさまざまな環境条件によって、必要とされる支援内容も千差万別です。そのため、個々の障害と言語能力(手話・発声・聞き取り・読み書き)にあった多様な機能を取捨選択できる、カスタマイズ性の高いシステムが望まれます。

もう一つ、大きな課題として、製品の競争力を維持するためにコストダウンを行う場合、どうしてもマイノリティ向けの機能がカットされてしまう傾向があります。しかし、高齢化社会が進展していく中、アクセシビリティをどれだけ確保できているかという要素が、これからの製品選択に欠かせない要素になることは明らかで、より多くの人々のニーズに対応できるかの差が、使い勝手の良さ、ひいては売れる製品に結びつくということをもっと啓発しなければならないと思われます。

支援システムの将来像1
―メディア変換端末―

現在JIS X8341―4「高齢者・障害者等配慮設計指針―情報通信における機器、ソフトウェア及びサービス」の標準化作業に付帯する形でアクセシブルな電気通信サービス等の検討が進められており、ここでは「メディア変換」という概念が導入されています。この方向での将来像を描きますと、日本語音声・日本語文字・手話を相互変換するメディア変換システムの登場が考えられます。このシステムは膨大なデータ・情報の処理を行うサーバーと、高速に通信して入出力できる端末の組み合わせになるでしょう。

この端末は、まずは、音声認識の認識率向上等の技術的課題の解決が大前提となりますが、発信者がメディアとして「音声、文字情報、手話」のいずれを使用するとしても、受信者が選択したメディアに自動的に変換され、受信できるようにする必要があります。ここで、受信者が設定できる「メディア」と主な使用場面の一例は次のようになります。

○受信者が「手話」を選択したとき

  • 会話、会議等の諸場面で手話画像(実写やアニメ)による自動通訳(相手が携帯電話に話すとこちらの端末に手話画像が出て内容を伝えてくれる)
  • TV電話等を利用した映像によるコミュニケーション、手話主体のTV会議
  • TV電話の応用による、通訳者が介入するリレーシステム

○受信者が「聴力活用」を選択したとき

  • 個々の聞こえにあった音声増幅、聞きやすい、時系列シフト再生等の調整
  • モバイル磁気ループ、マイクを意識しない送話機構
  • 会議における発信者識別支援等

○受信者が「日本語文字」を選択したとき

  • あらゆる音声情報の自動要約筆記(音声認識結果を端末表示)
  • ろう者に理解できる視覚的情報の活用とよく使用する機能の絞り込み

支援システムの将来像2
―聴導ロボット―

高齢者や障害者を支援する介護ロボットの試作がいくつか行われています。同様に聴覚障害者の生活を支援するシステムの集大成として「聴導ロボット」の登場が考えられます。

前述のメディア変換機能に加えて、周りで発生するさまざまな音や非常事態であることを利用者に伝える機能、遠距離医療・遠距離介護、消防庁等への発信機能等、聴覚障害者が孤立しない仕組みを構築する必要があります。

さいごに

従来の手話通訳等の人材投入によるシステムのほうが使いやすく精度が高い場合もあります。ここで大切なことは、単純にITを活用したシステムを構築するだけではなく、従来の支援システムである手話通訳やビデオ作成、FAX、要約筆記などのシステム、あるいは、相談制度、災害対策などの福祉・社会システムと有機的に連携し、いずれは融合していくよう考慮することです。

いうまでもなく、このようなハードウエア主導のシステムだけで社会への完全参加を実現できるものではなく、ソフトウエア主導のシステム、つまり、心のバリアフリーをめざしていく取り組みも並行して進める必要があります。

情報のバリアフリー化により、聴覚障害者の人権を尊重し、社会参加を促進する、より豊かな社会が到来するものと期待します。

(ひょうどうたけし (財)全日本ろうあ連盟・電子ネットワーク活用推進委員会委員)