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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年5月号

トリノ冬季パラリンピック大会を振り返って

中島武範

2006年3月10~19日、「もうひとつのオリンピック」として、トリノ冬季パラリンピックが開催され、39か国から486人の選手が参加し、世界の頂点をめざしました。日本は田村宣朝団長の下、全参加国の中で2番目に多い40人の選手を派遣しました。

今回の大会では、前回に引き続いて実施された、アルペンスキー、ノルディックスキー、アイススレッジホッケーに加え、パラリンピック大会では初めての実施となる車いすカーリングも加わった4競技が行われました。

当初、車いす使用者のリハビリテーションの一環として始まったパラリンピックですが、この10数年で著しく競技化が進み、特に2000年に国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)との間で、今後の協力体制を約束した合意書が取り交わされてからは、パラリンピック大会でもオリンピックと同等の競技性が要求されるようになり、真の意味でトップアスリートのための祭典となりました。

メダル数の減少とメダルの価値の向上

こうした中で、今回の大会の最大の特徴として、冬季パラリンピック大会でのメダル数の減少が挙げられます。従来、障害の程度に応じた「クラス」ごとにメダルを授与していたため、前回のソルトレーク大会では、3競技に対して92個の金メダルが授与されていました。特に出場選手の少ない種目の「メダルの価値」について厳しい反省が行われたという経緯もあります。

このため今大会では、アルペン・ノルディックの両スキー競技で、「立位」「座位」「視覚障害」の3つのカテゴリーに対してのみメダルが授与されることとなりました。それぞれのカテゴリーの中で、クラス別に係数を定め、実走タイムに係数をかけた修正タイムで競うことで、クラス間の格差なく競技を行うという方法です。この結果、4競技で金メダル合計が58個となり、大幅な減少を実現しました。

選手はおおむねこの傾向を歓迎しており、高くなった頂点に向かって、さらなる挑戦を続けることに価値を感じているようです。またパラリンピックとしても「スポーツ」「エンターテイメント」の色合いも徐々に強くしており、多くの方に楽しんでいただける競技レベルを確保することはIPCでも目下の課題となっています。

日本選手団の成績

世界的に競技レベルが飛躍的に向上し、さらにメダル数が減少したという厳しい状況であったにもかかわらず、今回日本選手団では、金メダル2個、銀メダル5個、銅メダル2個の合計9個のメダルを獲得という素晴らしい成績を残すことができました。

特に、初日に金メダルを獲得し、選手団全体の雰囲気を盛り上げてくれたノルディックスキーの小林深雪選手(小林卓司ガイド)、長野以来8年ぶりの金メダルとともに、2個の銀メダルを獲得し、主将の重責を全うしたアルペンスキーの大日方邦子選手、最も選手層が厚く競技力が要求される男子立位のカテゴリーで、銀メダル獲得の快挙を遂げたアルペンスキーの東海将彦選手には、心からの讃辞を送りたいと思います。

成績を支えたもの

難しい状況で多くのメダルを獲得できた理由として、二つのことが挙げられます。

一つ目は、監督やコーチとして、健常者の競技の第一線で活躍された方々が戦列に加わったことです。たとえば、1980年代にオリンピックアルペンチームの監督を務められた松井貞彦監督(アルペンスキー)や、アイスホッケーの北米リーグで活躍された経験をお持ちの中北浩仁監督(アイススレッジホッケー)は、健常者のトレーニング方式や指導を積極的に取り入れることで、より高次のパフォーマンスを生み出しました。

二つ目は、チームに対して企業からの支援が始まったことです。特にノルディックチームは、監督はじめ数名の選手が実業団の形態で企業に所属し、競技に専念できる環境を確保しました。またアイススレッジホッケーチームも物心ともに支援企業からのサポートにより、従来では考えられない量の合宿をこなして大会に臨むことができました。

仕事の傍らでトップパフォーマンスを追求することは、選手・スタッフ両方の立場ですでに非常に厳しい状況となっており、今後もこうしたかたちでの支援が増えていくことを願って止みません。

国内での注目

長野大会以降、国内メディアからも多く取り上げていただけるようになりました。過去の大会の反省により、今大会では4回の記者発表会を開催し、多くのメディアで取り扱っていただきました。テレビでも、NHKをはじめ、一部民放でも毎日放映され、スポーツとしてのパラリンピックを広くアピールできたように感じています。

今回の報道で特筆すべきは、勝てなかった選手やチームに対しての報道が見られるようになったということです。過去の大会ではメダル獲得選手やメダルの個数そのものに注目が集まり、いったんメダルの可能性から遠ざかると扱っていただけなかったり、「負けはしたがよくがんばった」という論調の記事が多かったりしたのですが、今回は勝てなかったことに対する厳しいコメントがスポーツ欄に掲載され、改めてパラリンピックをスポーツとして扱っていただけるようになってきたのだということを実感しました。選手には難しい状況もあるでしょうが、負けても話題になるのは注目されている証拠ですから、この傾向は歓迎すべきだと感じています。

今後の課題

今回の大会の特徴の一つとして、メダルを獲得している上位国は、それぞれ国からの全面的な支援体制に基づいて選手強化が行われている、または大手企業の支援により選手強化が行われているということが挙げられます。残念ながら、今回の日本選手団の活躍は、当協会の強化プランが成功した結果ではなく、その大部分が選手や競技団体の自己努力によるものでした。選手強化にかかる経済的・時間的な問題を早急に解決しない限り、今後、日本が同様の活躍を遂げられるかどうかは非常に難しい状況で、厳しい時代を迎えることとなってしまいます。

当協会でもオフィシャルパートナーシッププログラムを立ち上げ、自己財源の確保に踏み切りました。ただ国内ではまだ、パラリンピックに対する協賛について「障害者を売り物にする」というイメージがあるということで、企業が敬遠しているという声も届いています。すでにパラリンピックは補助金頼みで勝てるようなレベルの大会ではなく、あえて誤解を恐れずに言うなら、スポーツの一分野として商品価値を高めることで強化費を確保するという視野をもつ段階にあると言えます。それぞれの立場からの調整が、今後の課題として不可欠であるといえるでしょう。

終わりに

報道された選手のパフォーマンスを見た方は、その身体能力に圧倒されたことと思います。普段、障害のある人を「かわいそうな人」「何かができなくなった人」と考えている方には、認識を改めていただく大きなきっかけとなったことでしょう。また、自分自身で周りに障壁を作っていた障害のある方も、その障壁を壊す勇気を得ていただけたことと信じています。パラリンピックに出場した選手諸君の活躍が国内外のノーマライゼーションを実現するための手段として、大きな役割を果たしてくれることを願ってやみません。

(なかじまたけのり 財団法人日本障害者スポーツ協会常務理事)

トリノ冬季パラリンピック大会 国別メダル獲得数

順位 国名 合計
ロシア 13 13 33
ドイツ 18
ウクライナ 25
フランス 15
アメリカ 12
カナダ 13
オーストリア 14
日本
イタリア
10 ポーランド
11 ベラルーシ
12 ノルウェイ
13 オーストラリア
13 スペイン
13 スイス
13 スロバキア
17 チェコ
17 イギリス
19 スウェーデン
合計 58 58 58