「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年6月号
工夫いろいろエンジョイライフ
実用編●感覚機能を生かした工夫いろいろ●
提案:武井実良 イラスト:はんだみちこ
武井実良(たけいみよし)さん
昭和43年5月14日生まれ。現在38歳。1歳半くらいで両目の視力を失う。人生において視覚という感覚は記憶がない。小学校から専門学校まで盲学校育ち。専門学校卒業後、就職。半年で親元から離れて一人暮らしを6年。結婚して8年。仕事は、特別養護老人ホームに勤務し、利用者にマッサージや運動療法を行っている。趣味は、視覚障害者がホールの音を聞いて行うテニス。
人間には、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・皮膚感覚というすばらしい感覚器官があり、一つでも機能しなくなると大変不便な生活を送らなくてはなりません。今回、視覚機能を失った場合でも、残された他の感覚機能を使うことにより、普通に生活することができるという私(たち)の工夫を紹介します。
嗅覚を生かした工夫
外出先の商店街では、薬局屋・パン屋・花屋などそれぞれのにおいを頼りに路地を探す場合があります。薬局はクレゾールのような薬のにおい、花屋は花の甘いにおいがします。パン屋はもちろんおいしそうな焼きたてのパンのにおいでわかります。この方法で駅ではトイレを探すこともできます。
聴覚を生かした工夫
駅のプラットホームに電車が「ガタンゴトン」と音を立てて入ってきます。この音は車輪の音ですが、ホームに近づいてから停車するまでの音は、当たり前のことですが違います。この「ガタンゴトン」という音を数えることで自分が何両目に乗るか(乗っているか)見当がつきます。通勤などでよく利用する駅は、だいたいホームや構内の地図が頭に入っているのでほぼ間違いなく移動することができます。自分が乗っている車両の位置がわかっていると、電車を降りた時、自分がどちらの方向に進めばよいかがわかるので、移動がより楽にできます。
わが家は夫婦ともに全盲です。火の始末などはちょっとした不注意が大惨事につながりかねませんから、火の消し忘れには特に注意しています。そこで、わが家では音を生かした工夫をしています。オーブントースターやガスレンジに火を付けたときは、必ず換気扇を回すようにしています。換気扇の音を聞けば火がついていることを確認できるからです。
触覚を生かした工夫
私は通勤用の定期券を2枚使っています。定期券は形も素材も同じで触っただけでは区別がつきません。駅の自動改札では間違って定期を入れるとそこで止まってしまい、朝夕のラッシュ時には多くの人の流れを止めてしまいます。そこで使用する定期券を間違えないように、定期券の角を折っています。1枚は一つの角を折り、2枚目は二つの角を折っています。こうすることで、定期券を間違えずに入れて改札を通ることができるし、料金精算機も使うことができます。
定期券のほかにも書類は左上の角を2ミリほど折り曲げることで裏表や上下がわかるようにしています。書類などを提出するときに失礼がないためです。
皮膚感覚を生かした工夫
においだけでなく、外出先では太陽が顔に当たる角度で方角を判断しています。それにより、道路や鉄道の地図を思い描いています。また、デパートの中から外に出るときに出口がわからないときは、風が吹いてくる風上の方に向かうとたいてい出口があります。