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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2009年4月号

就労支援とジョブコーチの役割

小川浩

1 就労移行支援事業の展開

障害者自立支援法が掲げる「就労支援の強化」を担う事業として「就労移行支援事業」が創設され、平成23年度までの移行完了を目標に、全国でさまざまな就労移行支援事業が立ち上がってきている。独立行政法人福祉医療機構のWAM―NETで確認したところ、大阪や北海道のように就労移行支援事業が90か所を超えている都道府県もあれば、まだ0(ゼロ)や一桁の都道府県もあり、就労移行支援事業の数は地域差が大きい。就労移行支援のニーズに応えられるだけの数がない地域も問題であるが、逆に、ニーズを超えて就労移行支援事業が過剰になっている地域も問題を抱えている。障害福祉圏域の中に、障害者就業・生活支援センターと連携して機能する就労移行支援事業が「適正数」立ち上がり、ハローワークや障害者職業センター等を含めたネットワークを構築する設計図の共有が必要である。

事業所数の次に問題となるのが、就労移行支援の中身である。厚生労働省の調査によれば、就労移行支援事業(多機能型を除く)において「就職を理由に退所した者の割合」が50%の事業所は約11.9%に過ぎず、逆に0%が35.7%、0%超~10%未満が28.6%で、退所者のうち就職が10%に満たない就労移行支援事業は6割を超えていた1)。就労移行支援事業の本来の目的からすれば、就労移行の実績が極めて低い事業がいつまでも就労移行支援事業の看板を掲げていて良いとは思えない。看板と実績の隔たりを早急に縮めていかなければならない。

障害者自立支援法の抜本的見直しに伴い新たな報酬単価が発表されたが、就労移行支援事業については、一般就労への移行後6か月以上就労継続している者の割合によって加算される「就労移行体制加算」が、これまでは定着率2割以上で一律26単位であったのが、定着率による5段階の区分が設定され、最高の45%以上では189単位へと大幅に増額された。就労移行支援事業については、就労支援の実績が高い事業所は経営的メリットが大きく、逆に実績の低い事業所はメリットが小さいという実績主義が明確になった。

このような中、就労移行支援事業の担当職員から、しばしば就労支援のノウハウが分からないという声を聞く。これまでは施設内で工場等からの受注作業や自主製品の製作に関わる業務を行ってきたが、いざ利用者を就労に送り出すとなると、どのような支援を行ったら良いか見当がつかないというのである。

厚生労働省が就労支援員を対象に行った調査では3)、障害者支援経験が5年以上の者が半数近くいた一方、障害者就労支援が3年未満の者が8割弱であり、施設内の作業指導や障害特性に関する専門性は高いが、就労支援の方法や技術に関する専門性は十分に備わっていないという実態が指摘されている。就労支援員は就労に送り出す役割を期待されているが、施設内作業や生活支援に多くの労力を取られてしまうのが現実であり、就労支援のノウハウが蓄積されていくかどうかは疑問が残る。就労支援の実績が評価される仕組みの中、就労移行支援事業にとって、ジョブコーチ(第1号職場適応援助者)を配置することがますます重要になってきている。

2 第1号職場適応援助者助成金の仕組み

わが国のジョブコーチの制度は、平成14年に「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正で誕生した「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」である。その後、平成17年の改正を経て、現在、国の制度としては、障害者職業センターに所属する配置型ジョブコーチ、民間の社会福祉法人等に所属する第1号職場適応援助者、企業に所属する第2号職場適応援助者と、3種類のジョブコーチが存在している。この他、地方自治体単独のジョブコーチ事業もあるが、ここでは国の制度を中心に述べていく。

就労移行支援事業を行う福祉施設や医療機関が自らジョブコーチ支援を行うには、第1号職場適応援助者助成金を活用するのが最も一般的な方策である。詳細は、高齢・障害者雇用支援機構が定める規定を参照されたい2)。福祉施設等の第1号職場適応援助者が、個別支援計画に基づいて支援を行った場合、その支援に対して日額14,200円(1日につき支援が3時間に満たない場合は日額7,100円)の助成金が支給される。ジョブコーチが職場で集中的に支援を行う期間は、1~3か月程度が一般的である。

第1号職場適応援助者助成金は、福祉施設にとっては使いにくい面もあり、必ずしも順調に広まっているとは言えない。たとえば、一人のジョブコーチが1日14,200円の助成金で1か月に18日間稼働した場合、福祉施設にとって月額255,600円の助成金となるが、雇用に関わる経費を差し引くと、ジョブコーチ担当職員に支払える額は17~20万程度になり、一定の経験を持つ正規職員をジョブコーチ専任で配置することは厳しいのが現実である。また、1か月に18日程度稼働するためには、自分の施設の利用者だけでなく、地域のジョブコーチ支援のニーズに対応する役割を担うことが必要となる。そのような事情から、福祉施設等の多くは、第1号職場適応援助者を専任で配置せず、他業務との兼任で稼働させているところが多い。

厚生労働省の調査では、調査対象となった357人の第1号職場適応援助者のうち、ジョブコーチ専任として活動している者は16.4%に過ぎず、また1か月の平均活動日数が10日未満の者が多かったと報告されている3)。ジョブコーチは、一定の専門性と経験の蓄積が必要とされる仕事であるため、優秀な人材を職場適応援助者として専任で継続的に配置できるような財源確保の仕組みが必要である。

3 ジョブコーチの役割と支援内容

ジョブコーチの役割は、「障害のある人に付き添って仕事を教えること」と考えられがちであるが、最近では、直接仕事を教えることだけでなく、より幅広い役割が必要であることが認識されている。以下では、支援プロセスに沿ってジョブコーチの役割を整理してみる。

1.事前支援:ジョブコーチ支援では、障害のある人と職場の双方に対して事前にアセスメントを行うことが重要である。ジョブコーチは、障害のある人が所属する福祉施設を訪問して状況を観察したり、職場を訪問して仕事内容を把握したり、従業員から聞き取りを行うなどの事前支援を行う。これらのアセスメントは、障害のある人の特徴と職場の特徴を適切に組み合わせる「ジョブマッチング」のために行うものである。

2.集中支援:ジョブコーチが障害のある人を直接支援するほか、最近では、一般従業員が障害のある人を支援できるよう、ジョブコーチが調整役となって、職場の人間関係や指導体制を構築することが重要と考えられている。このような役割を「ナチュラルサポート」の形成と呼ぶ。ジョブコーチは障害のある人を抱え込んで支援するのではなく、ナチュラルサポートを重視し、側面から支援する立場を取ることが重要である。

3.移行支援:「フェイディング」と呼ばれるプロセスである。突然、ジョブコーチが職場からいなくなるのではなく、支援を段階的に減らしていき、状況を見ながら完全に職場から退いてフォローアップへ移行していく。フェイディングを円滑に行うためには、ナチュラルサポートの形成を意識して、サポート役をジョブコーチから一般従業員に移していくことが必要である。

4.フォローアップ:ジョブコーチ支援は、ジョブコーチが職場に入る集中支援に焦点が当てられるが、支援の成功の鍵はフォローアップにある。ジョブコーチが集中支援期間に調整した事項も、時間の経過によって変化し、問題が生ずることが多い。従って、ジョブコーチが職場から退いた後も継続的に状況を把握し、必要に応じてジョブコーチが介入することが必要である。

単に、「仕事の支援」のみを担当するジョブコーチではなく、これら1~4の役割を全体的に担うことができるジョブコーチが地域の就労移行支援事業に配置されるよう、人材養成を行っていくことが急務の課題となっている。

(おがわひろし 大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授)

【文献】

1)厚生労働省:第41回社会保障審議会障害者部会資料、地域における自立した生活のための支援「就労支援」、2008.

2)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:第1号職場適応援助者助成金、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構ホームページ、http://www.jeed.or.jp/disability/employer/subsidy/sub01_helper.html、2009.

3)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書、2009.