音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2011年11月号

障害者総合福祉法の骨格提言の背景と特徴

佐藤久夫

「障がい者制度改革」の背景

2009年秋に発足した新政権は、障害者権利条約の批准に必要な国内法の見直しを進めるため、「障がい者制度改革推進本部」を設置し、そのもとに24人の委員中、障害当事者・家族を14人とする「推進会議」を発足させた。障害当事者の意見に基づく制度改革の始まりであった。

この改革作業には国際的要因と国内的要因がある。国際的要因は、2006年に国連で採択された障害者権利条約で、現在100を超える国が批准している。第1回「推進会議」で福島みずほ内閣府特命担当大臣(当時)は、障害者基本法改正、障害者総合福祉法と障害者差別禁止法の制定の3つの達成後、条約を批准したいと述べた。現在、改革の第1ラウンドである基本法改正がなされ、第2ラウンドである障害者総合福祉法の制定が2012年に予定され、それに向けて「骨格提言」がまとまったところである。第3ラウンドの障害者差別禁止法の制定は2013年に予定され、この年に条約批准もなされるものと思われる。

さて、もうひとつの国内的要因は、障害者自立支援法に対する障害当事者や関係者の不満と批判が強く、大幅な改正が求められてきたことである。全国で71人の障害者を原告として障害者自立支援法違憲訴訟が起き、政府(被告)は新政権になってから和解を模索し、2010年1月、「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」が結ばれた。そこでは「遅くとも平成25年(2013年)8月までに、障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を実施する。そこにおいては、障害福祉施策の充実は、憲法等に基づく障害者の基本的人権の行使を支援するものであることを基本とする。」 などの約束がなされた。

図 障害者制度改革の検討組織拡大図・テキスト

「総合福祉部会」の経過

「基本合意文書」にある日程で障害者福祉の新法を「実施」するには2012年の国会で新法を「制定」しなければならず、その準備のために2010年4月、「推進会議」の下に「総合福祉部会」が設けられた。

この「部会」は障害当事者や家族団体の代表23人、事業者や支援者17人、学識経験者12人、自治体首長3人と合計55人で構成されている。障害当事者の意見を尊重しつつすべての関係者の合意のもとに改革を進める布陣となっている。

「部会」では、途中でテーマ別の作業チームを設けての検討も行いつつ、2011年8月第18回目の「部会」で「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」(以下「骨格提言」)をまとめた。

発足当初は立場の異なる55人が集まって果たして意見がまとまるのか、とも言われた。たしかに障害者自立支援法に賛成した人も反対した人も含まれ、障害当事者も事業者も含まれている。当然、激しいやりとりもあったが、最終的には合意がなされた。

これが可能となった背景に、委員全員に原則的な点で共通理解があったものと思われる。それは、権利条約や「基本合意文書」に示される改革の方向は歴史の流れであること、現行制度は財政コントロールを重視するあまり障害者の尊厳や地域で平等に生きる権利を軽視してきたこと、今回を逃すと今後長期にわたって改革が見込めないこと、政策の検討は官僚主導ではなく障害当事者の意見を尊重して行うべきであること、などである。

また「骨格提言」をまとめる際の工夫も重要であった。対立する意見の一方のみを取り上げるのではなく両方を反映させるため、たとえば「利用者負担」について「障害に伴い必要とされる支援は原則無償」と原則を示しつつ、「ただし高額所得者には収入に応じた負担を求める」とした。また、介護保険と障害者総合福祉法の関係について、どの制度を利用するか本人の選択に任せよという意見と、介護保険優先原則は認めざるを得ないという意見が出されたが、結局は介護保険対象年齢になっても従来の支援内容が保障され、生活の継続性が確保されるべきという結論となった。「選択」や「優先」などの多様な意見は「説明」の中で紹介し、今後の検討素材とされた。

こうして「骨格提言」は「推進会議」に報告され、9月以降は厚生労働省が法案作成作業を進めている。

「障害者総合福祉法」の目指すもの

「骨格提言」は「はじめに」で、新法が目指す6点を掲げている。「1」は障害者権利条約が求める最大の課題であり、「2」、「3」、「4」はわが国の障害者福祉が積み残してきた歴史的汚点である。「5」は医学モデルをベースとした画一的事務的福祉からの転換であり、「6」はそれらを実現するための財源確保である。これら6点は国際化ともいえる。権利条約の誠実な実行であり、すでに先進国で実現している水準の追求であるからである。

1.障害のない市民との平等と公平

障害者と非障害者とを比べると大きな生活の格差がある。どこで暮らすか、自由に外出できるか、雇用の可能性はどうか、等々。地域で平等に暮らし社会参加するために必要な福祉の支援を受ける権利を保障するのがこの法律である。

2.谷間や空白の解消

障害者手帳所持者に限らず、すべての障害者を対象とする。また通勤や通学の介護が、福祉制度にも雇用制度にも教育制度にも用意されていないなどの「制度の空白」もなくす。

3.格差の是正

市町村間のサービス格差をなくす。そのために、どの地域でも共通して必要とされる支援は国や都道府県の「負担事業」とし、さらに長時間介護の市町村負担部分を軽減するなどを提言している。

4.放置できない社会問題の解決

「社会的入院」や長期施設入所の解消を目指す。そのために「地域基盤整備10ヵ年戦略」で地域の受け入れ態勢を整え、本人の希望に沿った地域移行プログラムを実行する。

5.本人のニーズにあった支援サービス

障害程度区分をなくし、市町村の支援ガイドラインを使っての個別ニーズ評価と協議調整方式で支給決定する。本人の意思決定を尊重した相談支援と権利擁護制度でこのプロセスを支える。

6.安定した予算の確保

OECD諸国の平均並みの障害福祉予算を目指す。財源確保についての国民理解が得られるよう努力する。

障害者福祉改革の歴史的意味

障害者自立支援法には評価できる点も多く含まれている。障害福祉計画、自立支援協議会、重度訪問介護、入所施設での夜と昼の区別、分散型のグループホーム、居住サポート事業、ケアマネジメントの導入などである。しかし全体としてみた場合、障害者自立支援法から障害者総合福祉法への転換は、法の目的や障害者観まで含めた根本的で歴史的な転換を意味する。表1に一覧したように、この転換は日本の戦後60年の障害者福祉の転換である。

表1 自立支援法と新法(イメージ・佐藤作成)

  障害者自立支援法 障害者総合福祉法
めざす社会観 自己責任型社会 全員参加型社会
障害者観 保護の対象 平等な市民、権利の主体
目的 財政コントロール 地域社会で希望する生活
支援の性格 画一的支援 個別ニーズ尊重支援
福祉制度論 中央集権型 専門職(市町村)尊重型
対象 手帳所持者 すべての障害者
支援利用の権利 なし あり
国・自治体義務 努力義務 法的義務
支援体系 財政事情による 目的・機能による

まず、政策が立脚する社会観や障害者観が問題となる。「自助・共助」の強調や「応益負担」などから、自立支援法体制は自己責任・家族責任を基本とし、それで対応できない場合に公的支援を考える。「医学モデル」に基づいて障害者を「本人自身に問題のある人」と見て「保護」することとなる。障害者総合福祉法では「社会モデル」に基づき、「環境・支援の改善で普通の市民として参加できる人」と見て、障害者支援を活力ある全員参加の社会を創るためのインフラとみなす。

しかし、60年前の認識が間違っていたとは思えない。当時の社会的・技術的条件の下で、医学モデルが相当程度「あたって」いたのであろう。当時はADL(日常生活動作)要介助の人が就職できるはずはないとだれもが信じ、「保護」しかないと思われていた。

しかし近年、これまでの両モデルの取り組みの成果、特に当事者の努力や専門職の支援技術の成果が、古い法制度やその理念の誤りを明白に示すようになってきた。対象限定的「保護政策」は豊かな活力ある社会の「足かせ」となってきた。たとえば、一人で通勤できない障害者が大学教授や弁護士として活躍するようになり、買い物のおつりの計算のできない知的障害者が施設から出て地域で一人暮らしをする時代になった。

しかし部分的な「好事例」が出てきたとはいえ、制度自体は依然として古いものと言える。基本的には医学モデル(それに加えて統計モデル)で対象者を選び、使える支援を限定し、利用者と市町村の負担で支援を遠慮させる仕組みは、存続が困難になりつつある。障害者権利条約は「障害者は障害のない人と平等に暮らす権利を持つ」ことを示し、古い制度と理念にとどめを刺すものとなった。

表1で、障害者自立支援法の目的を「財政コントロール」とするのは主観的と思われるかもしれないが、利用者負担、障害程度区分、国庫負担基準、日額制など総合して見えてきた目的を端的に表現した。こうした目的の法律は、自立支援法裁判にみられるように障害者の批判を受けるだけではない。全員の参加、全員の貢献を必要とする社会と矛盾するものであり、「相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」(「骨格提言」の「法の目的」より)と矛盾するからである。こうした新しい社会は、大震災から復興する日本が目指す社会そのものであることを「骨格提言」の「おわりに」で触れている。

個人の希望を尊重し、社会参加ニーズに基づいて支援を行う障害者福祉の実現は確かに容易ではない。「客観性、公平性、画一性のため」を理由に障害程度区分が導入された経過もある。従ってこれまでの、障害当事者・市町村・専門職を信用しない制度(厳格な中央集権制度)を切り替えるには、より具体的な関係者の検討と一定の試行錯誤も必要である。国と市町村の支援ガイドラインの開発、市町村の担当職員の能力や人員体制、市町村への都道府県の技術支援体制、専門職の役割の在り方、市民(納税者)の理解と参加の在り方、障害当事者の権利擁護体制などなど。関係者が育ち、市民理解が深まるまで時間もかかる。しかし、欧米でやっていることであり日本でもできるはずである。今必要なことは、切り替える決断と言える。

おわりに

厳しい財政事情の中、障害者自立支援法を廃止する必要はないとする議員もいるとされる国会にどのような法案を政府が提出するか、予断は許されない。

骨格提言には、検討課題や試行事業による検証に必要な事項も含まれている。しかし「永遠に検討を続ける」べきではない。改革の方向を法定した上で、すぐに実施できない事項は財政的・技術的な実施条件の整備を、時間をかけて、しかしできるだけ速やかに、図るべきである。

(さとうひさお 日本社会事業大学教授、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会長)