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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年3月号

ワールドナウ

ウズベキスタンにおける障害当事者の社会参加を目指して

大野純子

ウズベキスタンと聞くと、何を連想されるだろうか。シルクロード、チムール帝国の都サマルカンド、20世紀最大の環境問題の一つとされるアラル海、あるいは昨年、サッカー・ワールドカップ予選で日本代表と対決したチーム…。いずれにせよ、この国の実態はあまり知られていないようだ。

ウズベキスタンは、ソビエト連邦崩壊後のCIS(独立国家共同体)加盟国の一つで、日本の約1.2倍の国土に中央アジア5か国中最大の人口3000万弱を擁する穏健なイスラム国家である。中央アジア諸国カザフスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスのほか、アフガニスタンとも国境を接しており、安全保障上アフガン情勢の影響も受けている。1991年に独立後、政治・経済的には比較的安定した発展を遂げてきており、首都タシケントには新しいビルが次々と建ち、通りを行く自家用車の数も目に見えて増えている。

ただ、ウズベキスタンの障害者もこのような市場経済化と発展の恩恵を受けているとは残念ながら言い難い。政府によれば、全国で80万人の障害者が登録されており、医療専門家により重度・中度・軽度の3段階に判定され、重度・中度の障害者は障害年金を受給できる。障害者の法定雇用率は3%と定められ、軽度障害者の就労が推進されている。新しく建設された建物の入り口にはほぼすべてスロープが設置されているほか、低床ノンステップバスが次々と導入されており、一見障害者施策は行き届いているかのような錯覚を受ける。しかし、実際に街を歩いてみると、障害者を目にする機会は非常に少なく、多くの障害者が、社会的障壁に阻まれて家から出られないのが現状である。

ウズベキスタンの障害者の多くは、伝統的大家族制の元、家族員による無償の介助を受けながら暮らしている。学校施設へのアクセスがないことに加え、訪問教育制度を活用したくても教師が実際に家に来てくれなければ、教育を受けることができない。公共交通機関の車いすによるアクセスは皆無と言ってよく、どこへ行くにもタクシーでの移動が主となるが、わずかばかりの障害年金でやりくりするのは容易ではない。ひとたび公共の場へ出れば、衆人環視にさらされるばかりか、心無い人に罵(ののし)られることもある。政府から無償で車いすをもらっても、低品質のため1年で壊れてしまったり、団地のエレベーターの入り口が車いすの幅より小さいため、外出するには大人2人がかりで担いで降ろしてもらわなければならないなど、地域コミュニティーで暮らす障害当事者の現状は厳しい。

1人でも多くの障害当事者が、地域社会の一員として、等しく尊厳を持って暮らせるようになることを目指し、JICAはウズベキスタンにおいても「障害と開発」の課題に取り組んでいる。草の根技術協力『タシケント市における地域に根ざした障碍者支援事業』は、ワールド・ビジョン・ジャパンにより2008年から2年間実施され、地域コミュニティーにおける障害児の社会参加を促進するための活動が行われた。

また「ウズベキスタン日本人材開発センター」において、2005年から聴覚障害者のためのコンピューター・コースが実施されており、ウズベク人のろう者が講師となって、コンピューターの基本操作からウェブ・デザインやグラフィック技術まで指導している。2011年6月に赴任した筆者が従事するプロジェクトは、「障害当事者のエンパワメント」と「障害のメインストリーミング」を2つの柱とした「ツイントラック・アプローチ」で、ウズベキスタンの障害者施策の改善と障害当事者の地域社会への参加促進を目的としている。

本プロジェクトでは、2012年4月、日本の障害当事者リーダーを講師として招き、ウズベキスタンの障害当事者を対象に「自立生活研修」「虐待防止ワークショップ」「ピアカウンセリング研修」を実施したほか、沖縄県自立生活センター・イルカとの協働により、2013年2月下旬から1か月間、ウズベキスタンの若手障害当事者リーダー2人の研修を沖縄で実施するなど、ウズベキスタンの障害当事者のキャパシティー向上に取り組んでいる。また、研修を受講した障害当事者が、自分たちの住む地域コミュニティーの障害当事者に対し、ピアカウンセリングを実施するよう促しており、これにより、家から外出した経験のなかった重度障害当事者数名を活動に参加させることにも成功した。

旧ソ連時代以来、機能障害の克服を社会参加(すなわち就労)の前提条件とする「医療モデル」の障害観が根強いなか、障害は社会的障壁にあるとする「社会モデル」の見方を意識化し推進することができるウズベク人障害当事者は非常に限られているのが現状である。本プロジェクトを通じて育成された障害当事者リーダーが、新たな人材を発掘し育成していけるようになるためには、長い年月を要することが予想され、エンパワメントの活動は今後も細く長く続けていくことが重要であると感じている。

障害のメインストリーミングのための活動としては、既存の障害当事者組織のネットワーク連携の促進と、障害当事者組織と政府との対話促進を行なっている。この結果、ウズベキスタン全国NGO協議会の傘下に、2012年11月「障害当事者組織審議会」が設立され、代表には障害当事者が選ばれた。同審議会の最大の目的は、ウズベキスタン政府が2009年2月に署名した国連障害者権利条約の批准である。JICAはUNDP(国連開発計画)、ウズベキスタン人権研究所等と協働し、同条約批准へ向けた国内法の整備や関係者間の協働促進を進めている。

地域コミュニティーにおける障害のメインストリーミングを促進する活動としては、2012年11月に障害平等研修(Disability Equality Training:DET)の指導者養成研修を実施し、養成されたDET指導者によるDET実施の側面支援を行なっている。DETとは、障害当事者自身がファシリテーターとなり、地域コミュニティーや社会に存在する障害者の参加を妨げている社会的障壁を明らかにし、それを取り除いていくための具体的な行動を促す手法である。JICAは、アジア・アフリカ・中米の国々の草の根レベルで、数多くの障害当事者によるDETの実施を支援しており、ウズベキスタンでは、タシケント市内だけでなく、地方の主要都市でも実施する計画であり、情報や機会に恵まれない地方と首都との格差是正にも貢献できると期待している。

日本から遠く、ウズベク語以外にはロシア語しか通用しないためコミュニケーションが困難というハンディを背負っているウズベキスタンではあるが、日本の障害分野の個人・団体から多大なるご支援をいただいていることを申し添えたい。

前述の沖縄県自立生活センター・イルカにおけるウズベキスタン障害当事者の実地研修に係る費用は、イルカ職員や関係者の方々からのご寄付で賄われる予定である。NPO「希望の車いす」からは、これまでに11台の中古車いすを寄贈していただいたほか、イルカのメンバーが指導のためウズベキスタンを訪問された際も、中古の車いすを調達し運んでいただいた。ボランティアにより運ばれた車いすは、制度上は車いすを受け取ることができないものの、日常生活上必要としている障害当事者に配布し、大いに喜ばれている。名古屋の「AJU自立の家」からも2台の中古車いすを寄贈していただき、当地で活躍する障害当事者リーダーが活用している。日本障害者リハビリテーション協会の方たちが、ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の候補者面接のためにウズベキスタンを訪問された際には、日本の介助者派遣制度の知見をUNDPと共有いただいただけでなく、高価な中古電動車いすを寄付していただいた。これらが、ウズベキスタンの障害当事者にとってどれほどの支えになっているかは、筆舌に尽くし難い。シルクロード交易の要所であったウズベキスタンとその東端に位置する日本とのつながりが、今もこのような形で受け継がれ、その仲立ちとしての役割を担わせていただいていることに、感謝の念で一杯である。

(おおのじゅんこ JICA専門家)