音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年4月号

ブレイン-マシン・インターフェイス技術によるコミュニケーション支援

神作憲司

1 はじめに

脳からの信号を計測し、それを利用して機器操作を行い、コミュニケーションの補助、生活環境の制御、運動の補助などを行おうとする、「ブレイン-マシン・インターフェイス(BMI)」と呼ばれる技術が注目されている1)

BMIは、脳からの信号を測定する電極等を留置するために手術を必要とする「侵襲型」と、手術を必要としない「非侵襲型」に分類される。手術を必要とせず、非侵襲的に脳からの信号を測定する手法としては、脳波(EEG)、陽電子断層撮影(PET)、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、脳磁図(MEG)、近赤外分光法(NIRS)等があげられる。脳波は、頭皮上の電極から比較的簡便に測定することができ、時間分解能も高いため、BMIで多く利用されている。これまで、脳波の空間分解能は低く、得られる情報に制限があり複雑な情報を引き出すことは難しいと考えられていたが、信号取得や解析の手法を工夫することでこうした点が改善されてきた。脳波を用いたBMIでは、P300、定常視覚誘発電位(SSVEP)、感覚運動リズム(SMR)といった方式が注目され多くの研究がなされている。

本稿では、著者らが行なってきている視覚誘発性の脳波信号を利用したBMI技術に基づき外部機器の操作を行うシステムの開発研究や、それらのBMI機器を用いた実証評価研究などを紹介しながら、BMIがコミュニケーションに困難を伴う患者・障害者のために貢献する可能性について論じていきたい。

2 BMIによるコミュニケーション支援・家電操作

視覚誘発性脳波の利用

著者らは、視覚刺激にて誘発された脳波信号をもとに、ワープロ文字入力およびデスクライトの点灯やテレビのチャンネル切り替えといった家電や情報機器等の操作を行うシステムを開発した。P300方式を利用したこのシステムでは、操作パネル上に配置した、制御対象を模したアイコンや文字からなる視覚刺激を明滅させて提示しながら、頭皮上に装着した脳波電極から信号を計測し、それを解析することで、提示したアイコンや文字のうちどれを注視しているのかを判別し、その特定されたコマンドを赤外線で家電等の機器に送る。こうすることで、手足を動かさずに脳からの信号だけで機器を操作することが可能となる(図1)。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

より良いシステムの構築に向けて、著者らが行なったいくつかの研究を紹介したい。まず著者らは、使用する視覚刺激に関して、機器の使用感や安全性、そして効率についても考慮した心理実験を行なった。オランダのParraらは、緑と青の色変化がてんかんの発作に対してより安全と報告した。これに基づき著者らは、輝度変化、緑と青の等輝度での色変化、色と輝度の両方の変化の3条件を用意し、特段の訓練を行なっていない被験者に対して、P300方式のBMIによる平仮名の入力を行わせた。その結果、平均正答率は輝度変化の場合は71.3%、等輝度での色変化の場合73.3%、色と輝度の両方の変化の場合80.6%だった。輝度変化の条件と等輝度色変化の条件では正答率に統計的な有意差は観察されなかったが、輝度変化の条件と色と輝度の両方を変化させる条件では、色と輝度の両方を変化させる条件において有意に高い正答率を示した。また、このシステムの使用感について視覚アナログスケールを用いた心理評価を行なったところ、色変化が有意に高い評価を得た。

さらに著者らは、SSVEP方式を用いたシステムの開発も行なった(図1)。著者らは、緑と青の交代点滅刺激によってSSVEPの誘発を試み、両色間の輝度差の有無に応じたSSVEPの振幅の変化を検証した。緑と青の等輝度、緑高輝度・青低輝度、緑低輝度・青高輝度の3条件を用意し、30-70Hzの範囲(5Hzきざみ)における視覚刺激を提示した際に生じるSSVEPの振幅を評価した。その結果、輝度差あり条件では等輝度条件に比べて有意に振幅が大きく、特に55Hz以上の高周波帯域では、輝度差がある刺激を提示することでSSVEPが効率的に誘発できることが確認された。さらに、緑高輝度・青低輝度の刺激を用い、外部機器の制御を試みたところ、ちらつきを知覚できない周波数帯域(61、63、65Hz)の刺激提示条件においても、高い精度(平均88.0%)でSSVEPを検出し、機器制御に成功した。また、このような60Hz台の刺激を利用することで、使用中に生じる目の疲労が軽減されることも確認された。

実証評価用システムの開発

著者らは、実証評価に用いるための機器開発を行なった(図2)。ハードウェア部では、BMI用の脳波計および脳波電極を開発した。従来のペースト電極は、使用後に洗髪する必要があったり、長時間の使用に伴いペーストが乾燥し機能を損なうことがあったため、使用後に洗髪を必要とせず、より長い時間乾燥せずに連続使用が可能な電極が望まれていた。このため、著者らは非粘着性の固形ゲルを用いた脳波電極を開発した。インピーダンスの変化を計測したところ、ペーストでは長時間の使用で乾燥によりインピーダンスが上昇するのに対し、ゲルでは安定したインピーダンスを得た。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

これらの研究に基づいて、ハードウェア・ソフトウェアを組み合わせた実証評価用のBMIシステムの開発を行なった。このシステムでは用途や目的に応じて複数の方式(P300、SSVEP、SMR)での動作が可能である。たとえば、システムのメインスイッチとしてSSVEP方式での操作を用い、その後、多数の選択肢からP300方式を用いて選択する、といった使用法が想定される。これはSSVEP方式の特長である任意のタイミングで動作が可能である点と、P300方式の特長である多数の選択肢からの選択が可能である点を組み合わせている。このように、用途に応じた簡易システムの構築が可能である。

実証評価研究

著者らは、まず頸髄損傷者を対象として、P300方式を利用したBMI機器による実証評価を行なった。対象は頸髄損傷者(10人)と年齢・性別を合わせた健常者(10人)とした。実験には8×10マスに文字を配列した操作パネルを用い、これを輝度変化および緑と青の色変化の条件で強調表示した。脳波を頭皮電極から記録・解析し、被験者がどの文字を注視していたかを判別し、その正答率を評価した。その結果、頸髄損傷者、健常者ともに緑と青の色変化の条件で高い操作精度が認められた。頸髄損傷者においては、緑と青の色変化条件での操作精度が90.7%に達した。このように頸髄損傷者はこのシステムを操作可能であり、さらに緑と青の色変化を導入することで操作精度が向上した。

つぎに著者らは、意思決定が可能でもそれを表出することが難しい進行期の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象とし、内製機器による実証評価を行なった。比較的に進行したALS患者では通常の機器の操作が難しい場合があり、その一因として操作パネルの見にくさが考えられたため、文字入力方式の改変を行い、これを検証した。ALS患者7人(うち女性4人、平均64.1歳、ALSFRS-R:0-38、平均9.4)と年齢・性別を合わせた健常者7人を対象とし、P300方式によるBMI文字入力システムの操作精度を評価した。

文字入力方式は、従来までの行と列をそれぞれランダムに強調表示する方式(行列方式)と新たに開発した2段階で1文字を入力する方式(2段階方式)とを比較検討した。入力の選択肢数は何(いず)れも54とし、2段階方式においては、第一段階では6つの領域(9文字の背景に円形の視覚刺激を重ねたもの)から、第二段階では9つの領域(1文字ごと背景に円形の視覚刺激を重ねたもの)から選択を行い、文字を入力した(図3)。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図3はウェブには掲載しておりません。

使用開始時の文字入力の正答率としては、ALS患者で行列方式24%および2段階方式55%で、2段階方式で有意に正答率が向上した。健常者では、行列方式71%および2段階方式83%で、有意な正答率の向上は見られなかった。また行列方式ではALS患者で有意に正答率が低かったが、2段階方式ではALS患者と健常者の間に有意な正答率の差は見られなかった。ALS患者についてより詳細に結果を見ていくと、7人中2人が使用開始時から先行研究において実用的とされる70%以上の正答率を示し、さらに複数回の使用を試みた他の2人では、平均の正答率が90%以上に到達した。

さらに著者らは、SSVEP方式のBMI機器を用い、3人のALS患者を対象として、週に1回ないし2週に1回の頻度で長期間の継続した試用を行なった。視覚刺激には高周波(34-54Hz)で青色から緑色に変化するLEDを使用し、指定するLEDに注意を向けることで機器の操作が可能であるか、およびLEDに注意を向けない場合に誤検出されないかを評価した。

LEDは、患者の臨床症状に合わせて1-3個用いた。その結果、開始1か月での平均正答率は平均72%であったが、6か月目では89%となり、継続使用による正答率向上の傾向が見られた。特に3人の患者のうち1人は、評価期間中に完全閉じ込め状態(TLS)となり、一般的な拡大・代替コミュニケーション(AAC)機器を使用することができない状態となったが、LED1個を用いた本機器を実用的な正答率(>70%)で操作し続けることが出来た。このように著者らは、他のAAC機器を使用することができないTLSのALS患者からの意図抽出に成功した。

3 実用化に向けて

BMI技術は、身体のいかなる部分も随意的に動かせなくなった場合でも使用することが出来る技術であると言われるが、健常者を主な対象とする研究段階の技術をそのまま重度障害者に適用しても、操作が難しすぎてなかなかうまく使えないことも多かった。著者らは、重症度の高い患者・障害者でも、視覚刺激に緑と青の色を用いることや、選択肢数を減らすことなどで、BMI機器の操作が可能となることを示した。患者・障害者の状態は多様であり、各々に対して適切な手法を選択して用いることが必要となる。

また実用化に向けては、運用面についても考慮する必要がある。著者らは、長期実証評価の期間中に、着脱容易な固形ゲル電極を用いた機器設置の容易化と電気的雑音の低減により、運用面を改善させていった。また、機器使用の容易化に向けて、ユーザーインターフェイスの改良を行いつつ研究を進めた。介護者等が機器を容易に使用可能な状況となるまで、こうした運用面の改善をさらに進めることが望ましい。さらに、BMI機器の適合に関し、マニュアルの整備など導入手法の構築を行っていく必要もある。

BMI機器の開発や運用では、現状での先端科学・技術を利用しているが、前記のような課題も残し、地道な研究開発の継続が望まれる。近未来においては、BMI機器に導入できるような新たな革新的シーズの出現が、これらの課題の解決に大きく貢献する可能性もあるだろう。

4 おわりに

脳情報を活用した新たな技術である「BMI」が注目され、さまざまな研究開発がなされている。このBMI技術をさらに研究開発していくことで、コミュニケーションに困難を伴う患者・障害者の自立支援へとつなげたい。

(かんさくけんじ 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 脳機能系障害研究部 脳神経科学研究室)


【文献】

1)Kansaku, K. Practical Noninvasive BrainMachine Interface for Communication and Control. Clinical Systems Neuroscience (eds. Kansaku, K., Cohen, L.G. & Birbaumer, N.), 15-31, Springer, Tokyo, 2015.