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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年4月号

機器の適合とその普及

日向野和夫

1 重度障害者用意思伝達装置と入力装置

全国的に普及している重度障害者用意思伝達装置(以下、意思伝達装置)は、「伝の心」(図1)と「レッツ・チャット」(図2)などがある。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1・図2はウェブには掲載しておりません。

意思伝達装置が全国的に普及される要件としては、トラブル時の対応も含めたメンテナンスを製造元の迅速な対応と組織的な体制を備えていることが挙げられる。

意思伝達装置の構成となるパソコンの取り扱いについて関係者の間で論議されることがあるが、ハードを外したソフトのみを意思伝達装置とした場合、脆弱な流通体制及び支援体制の状態では、トラブル時の対応責任の所在が不明確となる問題点があげられる。

このことは、対応の遅れや問題解決の先送りなど利用者が不利益をこうむるリスク管理などの現状把握の不十分さに起因していると考えられる。

(1)意思伝達装置

1.伝の心…(株)日立ケーイーシステムズ

漢字混じりの文章作成・保存・印刷やメール、インターネットや赤外線家電製品の操作機能を装備したパソコンをベースにした多機能型の機種である。

2.レッツ・チャット…パナソニック エイジフリーライフテック(株)

複数のオートスキャンの形態や人を呼ぶ方式が十分に考慮された携帯性の優れた簡易型の専用機である。シンプルイズベストの機器といえる。

(2)入力装置

意思伝達装置に表示された目的項目を選択する操作に入力装置(以下、操作スイッチ)が必要となり、多様な機種の中から当事者の身体機能に適した機種を選択する適合評価が必要となる。意思伝達装置の操作の手段である機器の扱いに支援者は、苦戦を強いられているのである。テレビなどのリモコンボタンが押せる状態でのスペックスイッチ(接点式入力装置)の使用例(図3)。微弱な額のしわの動きを静電気で感知するピンタッチスイッチ(帯電式入力装置)の使用例(図4)。微弱な指先の内転動作などを感知するPPSスイッチ(圧電素子式入力装置)のピエゾ・センサーの使用例(図5)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図3・図4・図5はウェブには掲載しておりません。

(3)難病者などのコミュニケーション障碍

発信速度と発信量

日本語の通常のしゃべり言葉は1秒間に6文字程度で、早口の人では9文字程度の発信量となっているが、この1秒間に6文字のやり取りが意思伝達装置では、1文字の発信に最低でも3回のスイッチの操作が必要で意思表出に多大な時間を要する。

意思伝達装置による発信の所要時間

筆者は大学生を被験者に意思伝達装置による意思表示の所要時間の計測実験で調査したところ、「0.5秒」の移動速度の場合での最速者の1文字選択の平均所要時間は5.6秒であった。

このように1秒間の6文字おしゃべりが意思伝達装置では、最速の状態でも単純計算でも「6文字×5.6秒=およそ36倍」の時間を要することになる。現実的な移動速度では42倍程度の時間を要する状態となる。

2 支援の実情

平成18年の制度改定により支援者の関わり方が劇的な変化を遂げたが、支援者が難病と関わりあうことは極めて稀なため、「初めての支援」となる状態が一般的で、身近に相談できる人がすぐには見つからないという人的状況に関しては変化が起きなかった。むしろ、問題が表面化したといえる。

支援者に報酬が届くように支援のシステムなど変更したとしても、実情が効果的に変化を遂げるとは考えにくい。

(1)支援者の支援の勘違い

難病者におけるコミュニケーション障碍の支援が「意思伝達装置の導入」にあると勘違いをしている関係者を見かけることがあるが、コミュニケーション障碍の支援イコール意思伝達装置の導入ではない。使用対象者の難病者の圧倒的多数が使用している訳ではないことが、それを示している。

「イコールではない」の視点がぶれると支援者の勘違いが生じ、意思伝達装置を希望しない原因が支援者自身の力量不足にあるととらえ、支援は難しいと考えてしまうことになる。

(2)安定した継続的な支援は困難

支援担当の変更は希少分野の場合、必然的に未経験者に代わる状態が圧倒的に多くなり、常に「初めての支援」状態の繰り返しにあって、場合によっては、症状の進行に伴い、前任者より難しい課題に直面することになる。

また、適合技術は実践から3年離れると腕が鈍る状態となり、豊富な経験イコール適合技術のレベルが高いとはならないことも支援技術の難しさにつながっている。

(3)操作スイッチの適合評価の技術

操作スイッチの適合は、当事者の操作能力が効果的に発揮される姿勢や肢位などを評価し、最も使いやすい機種を選び、適切な設置を行い「当事者の満足度が得られる使用法」を実現することにある。

そのために、支援者に求められる基本的な能力は次の3点となる。

1.スイッチの操作に適した当事者の身体機能の評価

2.得意な動作に適した操作スイッチの機種選定

3.操作スイッチが円滑に行える設置と誰でも設置できる設定

3 適合技術の普及活動と支援者の支援

支援は「必要な人に、必要な時に、必要なものを、必要なだけ」と「必要な人を」が付け加わって初めて実現できる分野である。そしてこの「必要な人を」が最大の課題となっている。

(1)支援者を支援するための支援環境の整備

支援者を支援することは、当事者の支援となる重要な後方支援であって、そのために次のような条件整備が求められている。

1.機器の貸し出し…機器の機能に関する基本的知識の習得

2.研修会の開催…ネットワークにもつながる技術・知識の育成

3.困難事例への実践対応…現場への同行による直接の支援活動

4.情報発信…的確な適合技術の資料の作成など

これらの活動は、すでに関係団体や関係機関が実践している内容でもある。病院や訪問看護ステーション、関係団体など機器の準備が進んではいるが、その地域での初めての支援の場合、評価時や使用者の支援時に触れることができる程度の状態にあり、事前の機能習熟が物理的に不可能となっていることが多く見受けられる。

質の高い支援を求めること自体ができず、研修会等での実機体験だけでは十分な支援の準備とはならず、支援者への機器の貸し出しは急務な課題といえる。また、機器の貸し出しだけでは、支援者自身の独学に依存する状況も十分な準備とは言えない。

(2)支援者を支援する活動

コミュニケーション障碍の支援のすそ野の広がりと適合技術の向上をめざした活動は、各地で展開されており、広く広報していない活動を含めると病院主催、地域研修会、関係団体など主催する人の特徴が表れている講習会が多数ある。しかしながら、研修は一度だけでなく、苦戦を強いられている支援者が入れ替わる実態からエンドレスに続ける必要がありながら、時に、主催者側のマンネリ化に陥る課題も併せ持っている支援活動でもある。

(3)研修会の受講者の実態

受講者が基本的な知識習得のためにとりあえず受講、支援を始めたばかりの初心者、困難事例に苦戦している実践者などさまざまであり、受講者の実践のレベルが異なる状態では、研修内容が中途半端となる問題点がある。

初心者に対して実践的な技術伝承の話は、特に初めて機器に触れる状況では、講義が難しすぎることから支援は難しいものと受け止められ、支援の入口で躊躇(ちゅうちょ)されてしまうことになりかねないリスクがある。

その一方で、実践者にはエピソードを交えた適合評価の基本についての内容がぼやけてしまい、的確に伝えることが難しくなる状態になってしまうマイナス面が出てしまう。

このように、研修会は初心者向けと実践者向けとを区別して計画することが望ましいが、支援者が少ない現状では無理なことかもしれない。

(4)研修内容の提案

研修会は主に座学の形態が主となるが、最大の目的は技能知識の伝達ではなく、支援の視点が広がり、元気をもらえる、踏ん張り直せる活力を掘り起こすことが最も大切な事柄と思われる。

そこで、次のような「初心者編」・「実践者編」の内容を提案してみる。

初心者編の目的は、「関心をさらに強くして、積極的になれる人に!」

1.支援に関する支援者の心構え

2.意思伝達装置や操作スイッチの基礎知識

3.実機研修

4.適合評価と設置技術の基礎知識

実践者編の目的は、「適合評価の基本の徹底を図り、評価能力の育成!」

1.意思伝達装置や操作スイッチの応用知識

2.操作スイッチの実機研修

3.適合評価に必要な準備

4.事例検証のグループワーク

5.評価手順の基礎知識

6.実践記録、評価記録の作り方

7.当事者への適合の実践研修

受け身的な形態だけでなく、考える時間の提供も必要と感じている。

4 操作スイッチの適合の基本

末尾に、参考までに操作スイッチの適合についての基本を述べる。

(1)筋萎縮性側索硬化症(ALS)

評価の時に「最も使いやすい」機種の選定が基本であって、進行を予測した機種選定は誤った適合評価となっている。使いにくい操作スイッチを長く使用させるたちの悪い支援ともいえる。

また、進行を考えて次の操作スイッチの事前評価も、評価時点で使える確認作業に過ぎず、現状の使用が困難となった時に、それが使用できる保証が全くない気休めにもならない行為である。使用している操作スイッチの使用が困難となった時に再適合するのが、常に使いやすい状態を作り上げることになる。

(2)脊髄小脳変性症(SCD)、多系統萎縮症(MSA)

振戦の動きに惑わされず、スイッチの操作に適した随意運動と操作スイッチからの速やかな離脱動作の評価が基本となる。症状の進行に応じた再適合がない、唯一可能な部位という厳しい特徴がある。

(3)脳血管障害(CVA)

まぶた、ひたい、頭部の回旋動作、指先が主に評価の対象部位となる。導入時に、リハビリテーションの効果による身体機能の変化が生じる状態と使用後に身体機能の低下による原因が異なる再評価が必要となる場合がある。

(ひがのかずお 川村義肢株式会社)