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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年4月号

1000字提言

累犯障害者

佐藤一

北海道に異色の福祉事業所がある。

函館市から南西へ約20キロ、駒ヶ岳のふもとの七飯町にある社会福祉法人「道南福祉ねっと」だ。隣接する市や町を含め19のグループホームや8か所の働く場を設け、地域で暮らす障害者を支えている。

どこにでもある事業所だが、ほかと何が違うかと言えば、ここを利用する障害者の3割が、盗みや万引など軽微な事件を繰り返し刑務所と社会を行き来する、俗に言う「累犯障害者」か、法に触れる行為をしても、周囲の計らいで罪に問われなかった人たちということだ。数にして40人を優に超える。全国有数の事業所で視察に来る関係者も多いという。

国は2009年度から、全都道府県に地域生活定着支援センターをつくり、再び犯罪に手を染めないよう、刑務所から出る障害者やお年寄りを福祉施設に橋渡ししている。検察も福祉による支えが必要と判断した場合、彼らを捜査段階で起訴猶予処分にし、福祉につなぐ取り組みを行なっている。

問題は受け入れに難色を示す施設が少なくないこと。「ねっと」の成田孝四郎理事長は言う。

「うちは来る者は拒まない。だって、刑務所から出てきて行き先がなかったら、また食べものに困って盗んでしまう。福祉の人間として、それを放っておくことはできない。ただ、ほかの施設に強要することもしない。本当に大変だから」

スーパーで食べものを盗んだり、町中でけんかしたり。シンナー依存症の若者が再び薬に手を出さないよう、一晩中、職員が見守ったり…。

こんなこともあった。2年前の夏、40代の男性と20代の女性が家出してしまった。共に知的障害がある。職員総出で探しても見つからず、情報を求めるチラシを配り、捜索願を出した。約2週間後、男性から事業所に電話が入る。「金がないから送ってくれ」。聞けば、千葉県の船橋市内にいるといい、警察に保護してもらい、翌日、職員らが迎えに行った。そんな“格闘”は日常茶飯事だ。

大変な思いまでして、取り組んでいる成田理事長を突き動かす原動力はどこにあるのだろう。

全共闘世代の65歳。26歳で養護学校の教員になり、55歳で辞めた。この間、目の当たりにしてきたのは、親から見放され、食事を十分に与えられない、周囲からはいじめられている現実だった。その延長線上に生きるために犯罪に手を出してしまう。一方で、知的障害者更生施設、いまで言う入所支援施設に本人の思いとは別に入れられていることもある。

「触法障害者であれ普通の障害者であれ、障害者は社会の一員として地域で暮らす権利がある。それを保障していくことが福祉の役割」。約16年前、現職の教員時代にいまの事業所を立ち上げた。自分の理想に近づけたか。自問自答し続けている。


【プロフィール】

さとうはしめ。1963年生まれ、北海道新聞生活部記者。北海道警裏金報道取材班の現場キャップとして、日本新聞協会賞、菊池寛賞などを受賞。現在は労働問題や累犯障害者の支援などの取材を続けている。