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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年7月号

1000字提言

沖縄戦のストレスと統合失調症

蟻塚亮二

今回は難しい話になります。

沖縄県精神衛生実態調査(1966)において総精神疾患有病率が本土よりも2倍、統合失調症に関しては3倍以上高かった。この原因は沖縄戦のストレスによるものと私は考えている。

私は青森から沖縄に移住して、長期入院の統合失調症患者の病状が青森に比べて沖縄の場合に「軽い」ことに気付いた(『精神科臨床サービス』10巻4号、2010)。その原因として、沖縄の長期入院統合失調症患者の中には「発病年齢が青森の場合よりも遅い、つまり沖縄戦によって発症したものが含まれている」と想像している。発症年齢が遅い統合失調症患者の病態は軽いのである。

英国のMurrayは、胎児期と児童期と青年期のストレスが統合失調症の発病に影響するとしており、そのうち青年期の要件は沖縄戦によるストレスと一致する(Essential Psychiatry, Cambridge University Press)。

吉川武彦(のちに琉球大学教授)は、(私宅監置患者の)「診断別分類の上からは精神分裂病(=統合失調症)が圧倒的に多いが病変の始発年齢である20歳代が少なく、81%が30歳以上という偏りを示しており、これは沖縄戦と無関係ではない」としている(1979)。

保坂廣志はこの吉川のコメントを「統計的には精神分裂病は20代に多いという疫学的推論を踏まえたうえで、岡庭の調査では、精神分裂病の発病年齢が30歳以上に多いことに着目し、その原因のひとつに『沖縄戦』をあげたものと考えられる」と解説している(『琉球大学法文学部人間科学紀要・人間科学第9号』2002)。

さらにMoskowitzは「アタッチメント・トラウマ・解離パラダイム」学説によって、「幼児期のアタッチメント障害をてこにトラウマが作用して統合失調症が発症する」という《統合失調症トラウマ学説》を述べている。この学説によって、沖縄戦による統合失調症発症増大が説明可能かもしれない(Psychosis, Trauma and Dissociation, 2008)。

以上のように、沖縄戦によって統合失調症発症増大が考えられるなら、国内発難民状況にある在日朝鮮人や満州引き揚げ者においても、同じメカニズムにより同病が発症している可能性がある。それらの調査によっては、福島の原発避難者における統合失調症の発症リスク低下の方策が見つかるかもしれない。そんなことを福島にいて考えている。

これまで戦争や震災による統合失調症発症については、注目を浴びることがなかった。しかしチェルノブイリ原発事故後や、古くは中東ガザ紛争の時の妊婦から生まれた子どもの同病発症増大が報告されている。戦争や難民の精神健康は大きな課題だ。


【プロフィール】 ありつかりょうじ。1947年生まれ、精神科医。青森県で病院長、社会福祉法人理事長などを務めた後、2004年に沖縄に移住し「沖縄戦による晩年発症型PTSD」を見つけた。2013年より福島県相馬市のメンタルクリニックなごみ所長。著書に『沖縄戦と心の傷』、『統合失調症回復への13の提案』(共訳)など。孫8人。