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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年9月号

生きにくさを抱えた人たちへの弁護活動

辻川圭乃

1 はじめに

刑事弁護をしていると、生きにくさを抱えた人たちに数多く出会う。ある者は、何度も罪を繰り返し、刑務所を出たり入ったりしている。ある者は、どうしてその罪を犯さなければならなかったのか、どうも動機がはっきりしない。そして、その人たちは、障害があったり、高齢者であったり、ホームレスであったり、といった何らかの支援を必要とする人たちでもある。

彼らが、そのような罪を犯すのは、決して、反省をしていないからでも、遵法精神が鈍麻しているからでもない。まして、わけのわからない危険なモンスターであるからでもない。障害などのために生活のしづらさを抱える彼らにとっては、「シャバ」は生きにくく、その結果、軽微な犯罪を繰り返しては、刑務所に戻ってしまったり、自分を守る力の弱さゆえに、数えきれないいじめや虐待、消費者被害などの被害にあい、その被害の延長線上に加害を生じさせてしまうのである。

そういった生きにくさを抱えた人たちが罪を犯したときに、われわれ弁護士は、これまで、その生きにくさを理解し、彼らを取り巻く社会的障壁を除去する弁護活動を行なってきたのか忸怩(じくじ)たる思いがあった。そこで、障害などのために生きにくさを抱えた人たちが罪に問われた場合に、特性に配慮した適正な刑事弁護ができるよう、弁護士会ではさまざまな取り組みを行なっている。

2 大阪弁護士会での取り組み

(1)マニュアルの作成と研修

大阪弁護士会では、まず、知的障害者刑事弁護マニュアルを編集し、会員弁護士に対して、知的な障害のある被疑者・被告人の弁護活動に役立てるよう、障害理解や障害者刑事弁護の研修を行なってきた。そして、その研修を履修した者のうち希望する者を、障害のある被疑者・被告人に対応する専門的知識を有する弁護士(以下、「障害者刑事弁護人」という)として名簿に登載した。現在、障害者刑事弁護人として名簿に登載されている者は250人ほどである。

(2)サポートセンターの設立

また、高齢者・障害者総合支援センター(委員会)の中に刑事弁護に特化した部会を設け、障害のある被疑者・被告人を弁護する弁護人を支援する仕組みとして、障害者刑事弁護サポートセンターを立ち上げた。主にメーリングリストにより情報提供や助言を行なっている。

(3)障害者刑事弁護人派遣制度

知的障害等のある人が罪に問われた場合は、できるだけ早い段階から供述特性や障害特性を理解した弁護人がつき、特性に配慮した弁護をすることが必要である。そのため、特に捜査弁護が非常に重要となる。

そこで、大阪弁護士会では、大阪地方裁判所、大阪地方検察庁及び大阪府警本部に対して、逮捕された被疑者が療育手帳もしくは精神障害者保健福祉手帳等を有しており、障害があると疑われる場合には、その旨を弁護士会あるいは法テラスに知らせてくれるよう申入れを行なった。裁判所等からの当番弁護士の派遣依頼、もしくは被疑者国選の推薦依頼に被疑者に障害があること等が付記されていれば、上記障害者刑事弁護人名簿に登載されている弁護士を派遣・推薦する仕組みとなっている。

(4)司法と福祉の連携―大阪モデル

生きにくさを抱えた人たちへの弁護活動としては、情状弁護として環境調整が必要不可欠である。しかし、被疑者・被告人に障害がある場合、あるいは、障害があると疑われる場合には、単純に、弁護人が弁護活動を行うだけでは、あるいは、被疑者・被告人に任せただけでは、被疑者・被告人の生活の立て直しができないことが懸念される場合がある。

そこで、大阪弁護士会では、大阪府地域生活定着支援センターや大阪社会福祉士会の協力を得て、被疑者・被告人に障害がある場合等に、弁護人からの依頼に応じ、よりスムーズに福祉専門職に関与してもらい、被疑者・被告人の環境調整を支援してもらえる仕組み―大阪モデルを立ち上げた。

3 日本弁護士連合会の取り組み

(1)「気付いてますか」チラシ作成

日本弁護士連合会では、まず、弁護人が自分が弁護する被疑者・被告人に障害があることに気付かなければ、障害特性に配慮した適正な弁護活動ができないので、高齢者・障がい者の権利に関する委員会と刑事弁護センターとが協働して、弁護人に対し、被疑者・被告人に障がいがあることへの気付きを促すチラシ「気付いてますか」を作成、配布し、ホームページに掲載した。

なお、続編として、障害者刑事弁護の注意点を要約したチラシ「気付いたあとに」も作成している。

(2)キャラバン等

また、各弁護士会への連携依頼やアンケートの実施などにより、地域生活定着支援センターとの連携体制の構築を促した。

さらに、障害者等の刑事弁護に関する研修のキャラバンを各地で実施し、障害者刑事弁護や障害理解の必要性を周知している。

(3)罪に問われた障がい者刑事弁護PT連絡会議と要請

生きにくさを抱えた人たちに対する刑事弁護は、高齢者・障害者等への権利擁護の側面と刑事弁護の側面と両方存する。そのため、弁護士会でも縦割りを排し、高齢者・障がい者の権利に関する委員会と刑事弁護センターとで横断的に組織する連絡会議を立ち上げた。

その上で、罪に問われた障がい者や高齢者への適正手続の保障と権利擁護を図るため、各地の弁護士会に対して、以下の体制整備を行うことを要請した。

1.各弁護士会に、罪に問われた障がい者等の刑事弁護について検討する委員会等を設置する。

2.各弁護士会は、罪に問われた障がい者等の刑事弁護を担当する弁護人等を確保する。

3.前項の委員会等は、罪に問われた障がい者等の刑事弁護を実際に担当した弁護士が各都道府県の地域生活定着支援センター、社会福祉士会、社会福祉士、精神保健福祉士等の福祉専門職と連携することが可能となるための仕組みを構築する。

4 再び大阪弁護士会での取り組み

大阪弁護士会では、本年9月1日から、高齢者・障害者(障害児を含む)が被疑者となっている場合に、在宅事件であっても、弁護士費用を援助する制度を始めることとした。

住居侵入罪など比較的軽い罪名で逮捕・勾留された場合は、被疑者国選弁護人制度の対象とならないので、私選弁護人しか選任できないが、資力が乏しい被疑者に対しても弁護人を付ける必要性が高いことから、日弁連が弁護士費用を援助する刑事被疑者弁護援助制度が存する。しかし、この刑事被疑者弁護援助制度は、被疑者が勾留された場合にしか利用できないため、被疑者が勾留されずに在宅で取調べを受ける在宅事件の場合には、利用できない。

高齢者・障害者等生きにくさを抱えた人たちが被疑者となっている場合には、最初から逮捕・勾留されなかったり、あるいは、逮捕されても勾留されずに、在宅での取調べをされることが少なくない。ところが、高齢者・障害者等の場合には、特に、取調べにおいて自身の言い分をきちんと供述できないおそれがあったり、環境を整える必要が高かったりなど、弁護士をつける必要性が高いにもかかわらず、弁護士費用を支払うことができないために弁護人を選任できないということが問題になっていた。

このようなニーズに対応し、今回、一定の要件を満たす高齢者・障害者が被疑者となっている在宅事件について、大阪弁護士会独自の刑事被疑者弁護援助制度を創設することにより、弁護士会が弁護士費用の援助を行うこととなった。

5 今後の課題

障害のある被疑者・被告人に対しては、以上のように、司法と福祉の連携による環境調整が必要かつ有効な弁護活動の手段である。しかし、現在のところ、連携にかかる交通費や更生支援計画作成費などの費用は、弁護人あるいは福祉関係者の自弁となっている。

被疑者・被告人が高齢であることや諸障害を有することによって生きにくさを抱え、それが触法行為として出現した場合、その原因となった高齢または障害を有するという事情は、本人に何ら責任はない。これを解消するのは、公的責務であるから、国選弁護に際して更生支援計画の作成、社会福祉士の関与等、環境整備のために支弁した経費については、相応の費用が国選弁護に伴う費用として支払われるべきものであると考える。

また、国選弁護に含まれない起訴猶予処分後や執行猶予判決後の福祉的支援の同行申請についても、代理援助等の国費による支弁が認められるようにすべきである。

(つじかわたまの 弁護士)