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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年9月号

累犯障害者の現場から

佐藤一

万引や無銭飲食などの犯罪を繰り返し刑務所と社会を行き来する「累犯障害者・高齢者」。障害をもち、家族もなく、働くこともできず、帰る場所もない。だから、衣食住が整う刑務所にまた戻りたいと願う。それは日本社会に突き付けられた課題の一つだ。そんな彼らを負の連鎖から断ち切るためにはどうすればいいか。7年前から、司法と福祉が連携することで、ようやく服役後の生活を支える取り組みが広がりつつある。

転機はある事件だった。2006年1月7日未明、山口県で起きたJR下関駅放火事件。逮捕されたのは、8日前に福岡刑務所を満期出所した知的障害がある74歳の男性。これまで人生の約50年間を刑務所で暮らしてきた。この事件まで療育手帳を持てず、福祉とは無縁だった。「刑務所に帰りたかった」。それが放火した理由だった。

この年の4月、福祉関係者が音頭をとり、厚生労働省の研究班「罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究」が立ち上がった。研究班はこの事件を重く見て、刑務所から出る人たちを福祉につなげる道筋を考えた。「地域生活定着支援センター」(以下、センターと略記)だ。国は09年度から全都道府県に全48センターを設置。筆者はそのころから取材を始めた。

「人なつこくて笑顔が憎めない男性なんですが…」。札幌市内にあるセンターの元所長には忘れられない障害者がいる。道内出身の60代男性で、軽度の知的障害がある。中学卒業後、職についたが長続きせず、頼る家族もない。路上生活しながら、金に困ると盗みをしては刑務所に入る―そんな人生を送ってきた。

センター開設から間もない2010年11月中旬。所長は、14回目の服役中で出所間近だったこの男性を担当した。刑務所に通って面談を重ね、これまでの人生のこと、どんな施設で暮らしたいのかなど丁寧に聞き取った。その結果、男性の受け入れ先として見つけたのが、障害があり、1人では生活ができにくい人の入る同市内の救護施設。出所後、この施設に一緒に行ったが、わずか30分の間に、男性は逃げてしまった。2か月後。警察から所長に電話が入った。男性が下着を盗み、逮捕されたという。面会に行くと「すいません」と謝るばかり。盗んだ理由は言わない。ただ施設から逃げたのは「相部屋の人とうまくやっていくことができないと思ったから」と話した。

男性は3年の刑を受けた。所長は「人間関係を築くのが苦手な知的障害者の居場所を探すのは難しい」と話した。出所した男性はいま、落ち着いた生活をしているという。

全国地域生活定着支援センター(長崎市、田島良昭代表理事)が2009年7月から14年3月末までの約5年間を対象に追跡調査を行なった。それによると、全国48センターのうち、回答があった45センターが刑務所から出てきた障害者や高齢者を福祉施設につないだのは計4,493人。出所後に地域で一度は福祉サービスを受けながら、再び罪を犯して逮捕されたのは全国で373人(8.3%)、うち再び刑務所に戻ったのは266人(5.9%)。107人は不起訴処分などとなり釈放されるなど、全体の9割以上は犯罪に手を染めずに暮らしている実態が浮かび上がった。06年に法務省が知的障害者を対象に行なった調査では、69%が出所から1年未満に、97%が5年未満に再犯に至っていた。単純比較はできないものの、こうした結果からもセンターの取り組みは一定の効果を上げていることが分かる。

ただ、センターの支援対象となるのは、おおむね65歳以上の高齢者、または身体・知的・精神などの障害がある人、出所後に住む場所がない、福祉サービスが必要、本人が支援を希望している―など6つの条件すべてに当てはまらなくてはならない。厚生労働省の推計では年間約1,000人で、出所者のごく一部に過ぎない。このため、彼らの社会復帰を支える保護観察所は行き場がないままに刑務所を出て行く障害者らを地域の福祉施設に受け入れてもらう取り組みをしている。

函館市の隣町、七飯町にある社会福祉法人「道南福祉ねっと」(成田孝四郎理事長、以下、ねっとと略記)は受け入れに協力している施設だ。そこで、出会ったのが軽い知的障害がある60代のやっさん。ねっとがグループホームとして借りたアパートで暮らしている。食事は職員が用意してくれる。「三度の飯があり、働くこともできる。盗みをしなくていいしね」

大工の父と専業主婦の母の一人っ子。横浜で生まれ育ち、中学卒業後は地元でメッキ工として働いた。だが25歳ごろ体を壊して退職。それから親に頼る生活になったが、両親が相次ぎ倒れ、金に困り、盗みを繰り返してきたという。ねっとに初めて来た約4年前。8度目の刑務所暮らしの末だった。最後の出所時、センターの支えはなかった。案内されたのは函館市内の更生保護施設。出所しても帰る場所がなかったり、頼れる家族がいなかったりする人のために衣食住を提供し、自立を準備する「仮の宿」だ。施設に居ることができるのは半年。今回は、保護観察所がねっとにつないだ。やっさんは、この施設に来てからの約4年間、事件を起こしていない。

最後に、課題がないわけではない。受け入れ施設の少なさだ。累犯障害者らが再犯に及ぶと、地域からの批判を受ける可能性があるとして拒否反応を示す施設も少なくない。障害者の地域生活が進む中で、求められるのは彼らとともに生きるために、福祉側がいま何をしなければならないのかを考える姿勢だ。受け入れを拒否する対応は、障害者であれ、健常者であれ、地域で共に生きるという福祉の理念に反する。そのことを考えなければ、「累犯障害者・高齢者」の地域移行は進まない。

(さとうはじめ 北海道新聞浦河支局長)