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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年9月号

ワールドナウ

障害者権利条約第9回締約国会議
障害者権利委員会委員選挙2016

長瀬修

持続的可能な開発目標と障害者権利条約十周年

障害者権利条約の締約国会議の第9会期が7月14日から16日まで開催された。「2030開発アジェンダをすべての障害者を対象に実施:誰一人取り残されない」が全体テーマだった。昨年9月に採択された2030開発アジェンダには、持続可能な開発目標(SDGs)が含まれる。ここ数年、障害分野の国際的関心は、このSDGs策定過程に集中してきた。障害者権利条約(CRPD)と新たに採択されたSDGsとが今後の国際的な障害政策の取り組みの中心となることは、今年の締約国会議のテーマ設定からも明らかである。前日の13日に開催された市民社会フォーラムと国連総会議長が主催したパネルディスカッションも共にSDGsに焦点を当てていた。

もう一つ大きく意識されたのは、障害者権利条約十周年である。6月13日にオランダが批准したことで、欧州連合を含む締約国数は166となった。国連全加盟国(193)による批准に向けて残るは28か国となった。採択から10年目にして、批准国が85%を超えている。

以下、本稿では、締約国会議で行われた障害者権利委員会委員選挙を中心に取り上げる。8月号の本誌トピックスで報じられた石川准(静岡県立大学教授)の選挙活動の経緯も含める。なお、私は締約国会議に初日だけ出席した。

障害者権利委員会委員選挙

締約国会議の大きな役割の一つが、障害者権利委員会委員の選挙である。障害者権利委員会は、締約国の報告の検討(審査)を行うなど、条約実施の国際的監視を担う機関である。同委員会は、事務局を務めるジュネーブ(スイス)の国連人権高等弁務官事務所の建物(パレ・ウィルソン)で開催され、委員は年に2回、4週間と3週間程度それぞれ委員会が開催される時だけジュネーブに赴く。委員には、自宅からジュネーブ往復の旅費とジュネーブ滞在費が支給されるが、無給である。

締約国会議で選出される委員は「個人の資格で職務を遂行する」(条約第34条)とされている反面、「締約国は、委員の候補者を指名」(条約第34条)するとされ、立候補するには自国政府の支持が必要である。

選挙は2年に一度行われ、全18人の委員のうち任期が切れる半数9人の選挙が行われる。委員の任期は4年間で、再選は一度まで可能である。今回は、現職4人を含む18人が立候補し、倍率はちょうど2倍の選挙戦となった。

石川候補の選挙活動

6月に至る石川候補の国連本部での選挙活動が本格的に開始されたのは、昨年12月3日の国際障害者の日イベントのパネルディスカッションだった。石川は全部で4回、選挙活動のために国連本部を訪問したが、これが最初だった。12月3日、4日の2日間でパネリストを務めたほか、大使公邸で開催された天皇誕生日レセプションにも出席した。

候補者自身の選挙活動のメインは、投票権を持つ締約国各国との個別面談である。12月は、30か国との面談が2日間で行われた。場所は国連本部内のラウンジである。そこで、原則として15分刻みで外務省が設定した面談予定に従って、次々に訪れる各国代表に簡単な自己紹介と立候補の動機を英語で繰り返すのである。質問があれば回答する。障害に関する突っこんだ専門的質問もあれば、専門性を問うというよりは人を見るための質問もある。私は4回とも同行し、石川の面談に同席したが、最も興味深い質問はサウジアラビアからの「文化相対主義をどう思うか」というものだった。

面談の相手は大使や公使の場合もあるが、最も多いのは選挙担当官である。選挙担当官は、人権機構を含む国連のさまざまな選挙全般を取り扱うポストであり、障害の専門家でない場合が多い。

次の活動は、3月21日の世界ダウン症の日を中心に設定された。そのパネルディスカッションに加えて、37か国との面談が3日間で行われた。さらに、大使主催の昼食会が2回催され、10か国の代表にアピールを行なった。

第3回は5月中旬で、51か国との面談と8か国との会食を行なったほか、レセプションを開催した。最後は6月の締約国会議の前週で、25か国との面談と7か国との会食である。

最終的に、合計137か国(一部の国は複数回)への働きかけを候補者が精力的に行なったのである。もちろん、選挙活動は候補者自身が関与するのはあくまで一部で、日本政府外務省は石川の当選のために多くの外交資源を投入していた。

選挙結果:初の知的障害者委員と手話を話すろう者委員の当選

締約国会議の初日に行われた選挙の結果は、次のとおりである。紙幅の都合上、委員の国籍のみ記す。カッコ内は得票数である。

チュニジア(122)、サウジアラビア(110)、ハンガリー(107)、タイ(102)、ニュージーランド(101)、ウガンダ(95)、日本(93)、ロシア(89)、ケニア(89)、以下は落選:エクアドル(85)、英国(76)、コスタリカ(76)、ガーナ(54)、スーダン(48)、ベナン(38)、ブルンジ(29)、ガボン(27)、トーゴ(21)。

障害者政策委員会委員長としての条約実施の国内モニタリングの経験を持ち、情報テクノロジーの専門家であり、しかも自国政府の強力なバックアップを受けたにもかかわらず、石川の選挙結果は薄氷を踏むものだった。最下位当選の89票をわずか4票上回っただけである。

当選した新委員で注目されるのは、初の知的障害者委員であるロバート・マーティン(ニュージーランド)と初の手話を話すろう者委員であるヴァレリー・ルフレデフ(ロシア)である。この2人の当選で、委員会の多様性は深まりを見せた。

半面、当選者9人全員が男性という衝撃的な結果があった。今回、非改選の9人の委員のうち女性はテレジア・デゲナー副委員長(ドイツ)のみであり、来年からの委員構成は女性1、男性17となってしまった。18人のうち、8人が女性だった時期もあったことが今は信じがたい。今回はそもそも立候補者18人のうち、女性は3人だけだった。

締約国会議と選挙の課題

協力者という立場で選挙活動を間近に見て痛切に感じたのは、委員の選出方法の根本的な矛盾である。条約に規定されているように、委員に立候補するためには自国政府の指名が必須である。そして、障害者権利委員会の選挙も、たとえば安全保障理事会非常任国の選挙と同じように、国と国との票のやり取りという観点からは逃れられない。委員の専門性は二の次にされてしまう構造がある。

今回の選挙での最大の番狂わせだった、現職のダイアン・マリガン副委員長(英国)の落選が象徴的である。彼女の落選はジェンダーバランスを悪化させるのみならず、委員会の今後の運営にも不安を感じさせる。英国政府にとって、この障害者権利委員会選挙は優先事項ではなく、その外交資源の投入が十分でなかったのだろう。もちろん英国の責任だけではなく、見識や専門性を評価しない選出の仕組みに課題がある。いずれにしても、委員会は有力な専門家を失った。失望を禁じ得ない。

委員の選出方法が現行のままである限り、強力な審査体制のためには、締約国が障害女性をはじめとする力量ある専門家を多数、指名し、擁立するしかない。

本誌読者の障害者、特に若い女性には、権利委員会の委員をぜひ目指してほしい。

(敬称略)

*選挙活動に関するデータを提供してくださった外務省人権人道課に感謝する。

**本研究はJSPS科研費「障害者の権利条約の実施過程に関する研究:研究代表者長瀬修」(25380717)及び「社会的障害の経済理論:研究代表者松井彰彦」(24223002)の助成を受けた。記して謝す。

(ながせおさむ 立命館大学生存学研究センター教授)