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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年5月号

交通機関や宿泊施設の対応状況について

篠塚恭一

私の専門はトラベルヘルパー(外出支援専門員)Rという高齢で介護の必要な人の旅をアシストする人材の育成である。トラベルヘルパーは、単にその人の旅に同行し必要に応じた介助、介護サービスを提供するだけでなく、旅行相談から予約手配、アルバム整理などのアフターフォローまでを行なっている。

また、旅行中は安全な介護環境の確保や本人の体調を見定め、ときにはエスコート役として適宜旅程内容を調整し、また必要に応じて変更を加え、交通機関や宿泊施設など、サービスを提供する専門事業者との交渉や指示を行うなど多岐にわたる。

一方、こうした旅のあり方を世間に知ってもらうための啓発活動や介護旅行の普及促進にも努めてきた。

ちょうどこのテーマに取り組み始めた頃、ある航空会社の経営者に「そういうの迷惑なんだよね」と言われたことがある。今から20年ほど前のことだ。一瞬、何を言われたのかわからず戸惑ったのを覚えている。

現実、世の中にはどこへ行ってもこうした人の存在はある。世間の沈黙の中にもそうしたムードはある。原因はさまざまだと思うが、本人や家族の中には、そうした冷たい空気を嫌いどこへも行かず閉じこもる人は少なくない。

寝たきりと言われる人は、まずその人の気持ちを起こし、はじめて身体も起こすことができる。それが旅のはじめの一歩となる。

さて、旅には「移動」を助けてくれる交通機関の存在が欠かせない。

公的介護保険のスタートと同じ平成12年に施行された交通バリアフリー法は、航空、鉄道、バスなどのターミナルや車両などハード環境と接客を担当する人的サービスを格段に良くしてくれた。

これは長距離移動を考える人の利便性を高め、しかも個別に移動するよりはるかに安く済むので助かる。最近は「格安」を売りにしている公共交通も増えたので、上手く組み合わせればお得な旅も実現できるようになった。

しかし、安全で快適な旅のためには、まず自身にとって、最適な交通手段を選ぶことが大事だろう。

たとえば、障害のある人や健康に不安を抱えた人が、都市から片道200キロを超えるような地方へ行こうとするときに考えられる交通手段は、車ならば高速道を行くか、特急列車を使うか、それとも飛行機に乗るかなどの選択である。長旅には、本人の体力もさることながら、その間の介助者の健康への配慮も必要になる。安さというのは必ずしも最優先ではないのだ。身体の負担を軽くするというなら、ワゴンタイプのタクシーを貸切り、自宅まで迎えに来てくれるようにすれば楽に行ける。本人が座席シートへ移乗できるなら、背もたれをリクライニングしたり、フラットにして寝ていくことも可能だ。

一方、予算重視なら、鉄道を利用すれば半額程度で済むこともある。

障害者手帳を持つ人なら、介助者とも乗車運賃がそれぞれ半額に割引適用される区分もあるので、さらに費用を抑えることができる。旅先では地下鉄、路面電車なども気軽に使えるところが増えた。

また、長距離バスの利用も検討したい。定期観光バスの中にはバリアフリー仕様のものが増え、路線バスならさらに費用はかなり抑えられる。

都内で昨年、導入の進んだUD(ユニバーサルデザイン)タクシーは、ゆったりとした空間が確保され、乗降時に使いやすい手すりが装備されている。スライド式ドアが開閉するとステップが連動して用意されるなど、足元が不安な人にも安心して利用しやすい工夫が施されている。スロープ付きで車いす利用者への対応も可能だ。福祉目的の有償運送に限られる介護タクシーと違うのは、一般ユーザーに対応できるところだ。大きな荷物スペースが確保され、旅行で空港やターミナル駅まで行く家族連れやゴルフ仲間でチャーターする人など、さまざまな利用者に用途が広がっている。

UDタクシーの運賃は、一般のタクシーと同じで、国が定めた条件を充たせば補助金を活用できる仕組みになっているため、NPOなどで始める動きもある。

また、ドライバーに対するUD研修も数多く実施されている。回転シート付きセダンの利用法や白杖を持つ人の乗降時の注意、高齢者疑似体験等を通してサービスの改善も行われている。さらに、安全面での運転技能だけでなく礼儀作法を学ぶなど、乗客の快適さにも重視されているので、幼い子どもを預けたいという母親も安心して使えるタクシーとして人気だ。

新幹線には、大人が横になるほどの多目的に使える無料の個室があり、車いす利用者の他、子どもの授乳や具合が悪くなった人の休息に使うこともできる。東海道新幹線や一部の新幹線では、あらかじめ予約でき、乗車の際に駅員が車両まで案内してくれるので助かる。

しかし、その予約購入手続きについては問題がある。一般乗客では当たり前となっているネット予約が、車いす席の指定にはまだ利用できていない。そのために家族は何度も窓口を往復しなければならないでいる。

障害者差別解消法ができたからか、一部の旅行会社ではこの取り扱いを代理するところが出てきたが、周囲の負担はまだ大きい。いずれチケットレスの時代が来るのだろうが、せめて、それまでの繋(つな)ぎに電話予約を認めるなど柔軟に対応してほしいと思う。

また、超高齢者社会の到来により、急速に増加している要介護高齢者の多くは、障害者手帳を持つ人と同じような身体状況にある。要介護者にもこうした割引制度を適用してほしいと思う。そのためには、より多くの当事者や家族の声を事業者へ届くよう努める必要がある。

日本航空や全日空など大手の航空会社では、障害のある人や介助が必要な小さな子ども、あるいは配慮が必要な妊婦など、さまざまなサポートを要する乗客に向けたサービスがあり、専用デスクが設置されている。ここでは、そうした乗客の搭乗に関する疑問に答えてくれ、車いすの貸し出しや設備の説明も丁寧にしてくれる。

車いす利用者の搭乗手続きは世界共通で、まずチェックインをした際に航空会社の車いすの貸し出しを受け、搭乗待合室で乗り捨てられるようになっている。希望すれば、自分の車いすを待合室まで使うこともできるので相談してみるといい。

機内へ乗り込む際は、係がついてくれ、優先搭乗や車いすのままで可能な移動ルートを案内してくれる。また、揺れる機内では、狭い通路で使える小さな車いすを用意してもらうこともできる。

また、空港内のトイレや段差解消など、ここ数年ハードの整備は段階的に進められ、新しい施設はユニバーサルデザイン仕様が標準となった。また、航空会社では視覚、聴覚に障害をもつ乗客への接遇や介助訓練など、体系的なサービスシステムの構築も行われている。

一方、空港整備が進んだことから、LCC(ローコストキャリア)と呼ばれる格安運賃の航空会社が地方にも多く就航するようになった。しかし、障害のある人の利用には消極的な姿勢を感じる。LCCはとにかく安いのがウリなので、サービスはかなり削られていることから、自身のニーズに応じて慎重に選択したい。

近年、日本には大型観光客船が多数就航するようになった。そのおかげで旅行価格が下がり、クルーズ客も増加している。クルーズは旅行期間が長く、高齢者の利用も多いことから、船内はユニバーサルデザインが多く取り入れられている。

また、スーツケースの他に福祉用具など運ぶ荷物が多くなる人にも、船旅ならいったん荷物を託送し預けてしまえば、客室まで運んでおいてくれるので身体一つで港に行くことができる。移動のたびに必要な荷造りの面倒もないので助かる。

これから2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでは、さらに新たなターミナルが整備され、地方も客船が寄港すると、大きな経済効果を見込めるから誘致も盛んである。

10万トンを超える超大型客船の就航により、車いす対応の客室数も増えた。また、コースによってはこれまでの5分の1くらいの価格になったこと、短い日数で選べるコースも増えたので、体力に不安のある人には身近で優しい船旅をすすめたい。超大型船は、動くホテルならぬ動く街のようだ。この時期に船旅へトライしてみる価値は大きいと思う。

注意点として、寄港地の観光はグループ対応なので、団体行動に不安な人は個別の介護タクシー等を手配しておくと気兼ねがない。さらに、屋形船や小さな観光船も車いす利用者を受け入れるところが増えたので、あきらめずに相談してほしい。

海外では、地中海クルーズやカリブ海クルーズなどの定番コースがある。歩くことに不安な高齢者の利用も多いことから、寄港地には数えきれないほどの車いすや電動のシニアカーが用意されている。東京五輪を機にそうした光景が日本でも珍しくなくなることを期待する。

宿泊サービスの利用は、今やネット予約が主流となり、「バリアフリー」「宿」などで検索すれば、無数の旅館やホテルがリストアップされる。しかし、ここでは情報の質に問題がある。曖昧なワード検索から提供される情報は、ニーズに応じた提供がなされておらず、その信頼性には疑問が残る。

また、高齢者から希望の多い温泉旅館等での入浴介助について、介助者は着衣でサービスを行うことから、大浴場の利用が条令で禁止されている地域もある。このような要望に対して、現在は風呂付きの部屋を用意するか、家族風呂を貸し切るなどで対応しているが、旅情を欠くという声もあり、他への配慮をしつつも可能な改善は地域に求めていきたいと思う。

ホテル・旅館を所管する厚労省や国交省、観光庁では、高齢者・障害者の自立支援やユニバーサルツーリズムの推進としてさまざまな取り組みをしているが、情報提供においてはいまだに不十分との声がある。先日開かれた、ユニバーサルデザイン2020関係閣僚会議では、あるべき姿の未来像について詳細に述べているが、その実効性に期待したい。

旅人を助けてくれるのは、交通、宿泊、食事、観光施設など、各々の分野でサービスを専門的に提供するプロ集団である。それは、さまざまな独立機関の組み合わせで成り立つ分業と連携であり、それらは切れ目なく結ばれていることが重要となる。

観光サービスにおいて、そうした役割を担うのは旅行会社であり、シームレスなサービスを質よくコーディネートし、旅先できちんと提供されるのを見届ける立場である。

今や旅行予約の7割以上がインターネット経由の時代となり、窓口相談というスタイルはなくなりつつあるなかで、ネット情報は売り手の一方的な提供になりがちだ。

利用する旅行者の求める期待とサービスを提供するものとの違いは、しばしば不幸な諍(いさか)いを起こしてきた。情報への自由なアクセスは、さまざまな人の夢を叶えるための第一歩となったが、どんなに本人が願い、情報が気軽に入手できるようになっても、障害のある旅行者の周囲でより質の高いサービスが実際に提供される環境が整わなければ叶わぬこともある。

冒頭の航空会社の経営者の言葉は、これまでの公共交通が優先してきたことは何かを示している。しかし、国民の4分の1が高齢者となり、障害のある人を家族にもつ人が当たり前となった今、どのような社会を残していくのか、その根源的な問題を合理的に解決すべき時期にきていると思う。

(しのづかきょういち (株)SPIあ・える倶楽部代表取締役)