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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年7月号

重い障害がある人たちの地域での暮らしを目指して:のぞみの園の取り組み

古川慎治

国立重度知的障害者総合施設のぞみの園が、独立行政法人として地域移行に取り組むことになってから、今年度で15年が経過する。平成15年10月の独立行政法人化に伴い、いわゆる「終の棲家」としての役割から、重度知的障害者のモデル的な支援を行うことにより、施設利用者の地域への移行を積極的に推進することが求められることとなった。

独立行政法人は、5年ごとに厚生労働大臣から指示された中期目標に沿って運営される。第1期中期目標では、当時499人の入所利用者に対して、3~4割の人を地域移行させるという目標が設定された。前法人設立時の昭和46年当時、全国から集められ、長期間にわたり施設で暮らし、高齢化が進みつつあった、重度・最重度の知的障害を持つ利用者。その人たちに本人や家族が希望する出身地周辺の町へ移行してもらうための取り組み。これがまさに当法人の地域移行である。全く手探りの状況からのスタートであり、本人・家族への説明、法人職員への説明、行政や関係団体への協力要請、受け入れ事業所の開拓、地域生活体験事業の立ち上げ等、さまざまな取り組みに試行錯誤した5年間であった。

第2期中期目標期間では、第1期で培ったノウハウを生かし、各地方の有力事業所とのネットワークの構築や事務手続きの効率化、さまざまな場所での協力要請等の実施、また、群馬県内の利用者や身寄りのない利用者のために、高齢・重度に特化した当法人直営のグループホームを開設する等の取り組みにより、第1期、第2期の10年間で150人の地域移行を達成した。第3期中期目標期間の現在、入所利用者の高齢化・重度化がさらに進み、移行先の決定や移行のプロセス等に今までにないさまざまな配慮が必要になってきている。

この間の地域移行者数等については、別表を参照していただきたい(表1、2)。

表1
図 表1拡大図・テキスト

表2
図 表2拡大図・テキスト

地域移行のプロセスを丁寧に行い、本人の意思確認や家族の思いを大切にするのが、当法人の地域移行の特徴でもある。その中で、特に重要であったのは、長期間にわたり施設での入所生活を送ってきた利用者に対して、「町の中で暮らす」ことを理解してもらうことであった。

重度・最重度の知的障害をもつ入所者に対して、地域移行の説明等を口頭や資料を使っても理解してもらうことは難しい。町へ行くことは楽しみであったが、町で暮らすということを理解できない人たちがほとんどであった。このために法人独自に「地域生活体験事業」を立ちあげ、町の中に暮らす場所を準備し、地域移行の対象者に実際の町の中で暮らしてもらうこととした(写真1)。いざ支援してみると、改めて長期入所が本人からいろいろなものを奪ってしまっていることが分かった。家事等はほとんどの人が支援を必要とし、また、道路の真ん中を歩く人や横断歩道や信号機もどう渡ったらよいか分からない人、町の中でのルールやマナーについての無理解等、多くの支援の必要性が確認された。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

体験事業を通じて、支援者も施設内では分からない、実際の町の中でのアセスメントの重要性や支援方法の違い等を理解するとともに、改めて重い障害がある人たちが「町の中で暮らす」ということを実感できた。さらに、このアセスメント結果や具体的な支援内容を移行先へ伝えることで、移行後の支援の仕組み作りがスムーズに行えることとなった。

また、地域移行を考える時、家族の承諾はどこの事業所においても、高いハードルであることは変わらない。特に施設入所利用者の家族は、「障害が重いので地域で暮らすことは無理」と思いがちである。そんな家族が、地域生活体験事業を通じて、実際に町で暮らす本人の姿を見て、本人の言葉で「町で暮らしたい」と言われることの説得力は、我々がいくら伝えたくても伝わらないリアリティがあった。

さらに地域移行時には、移行先の事業所の事情や地域資源に配慮する以外に、グループホーム等の同居者との関係も大切であることから、必ず移行先での生活体験を実施し、本人の意向と併せて確認を行なった。特に障害がより重い人の場合は、生活体験後にふるさとの入所施設にいったん移行し、必要な支援内容や同居者との関係等を確認した上で、移行先の事業所と連携してグループホームを目指すという取り組みも行なった。

地域移行が決まると、正装して理事長室へ挨拶に行き、在籍した生活寮が主催で壮行会を行う。それまでの移行先の見学や体験の様子が画像で紹介されると、本人の笑顔と見送る他の人たちの複雑な思いが交錯する良い会であった。

全国障害保健福祉関係主管課長会議や社会保障審議会障害者部会等の資料において、改めて全国の入所施設の高齢化・重度化が進んでいることが報告され、国が策定する障害福祉計画における地域移行者の目標数についても削減されることが議論されている。これらについては、当法人研究部が行なった調査でも同様のことが報告された1)

当法人も平成29年4月現在、239人の利用者は平均年齢が63.1歳、平均障害支援区分5.9という状況であり、最重度の知的障害に併せて、重篤な疾病や認知症の罹患の他、継続的な医療行為が必要な利用者も増加している。さらに、さまざまな機能低下も見られ、食事形態や摂取方法への配慮や日常的なおむつの使用等の状況を併せ持ち、日常的に多くの介護を必要とする利用者も増加している。特に下肢の機能低下は顕著で、日常的な車いすの利用は100人を超える状況となっている。このような状況の中、先述の地域生活体験事業についても対象者の減少等により昨年度から休止するに至った。地域移行は新たな局面を迎えている。

移行後も継続的にフォローアップを行い、本人の状況の把握と緊急時に必要な対応を行なっているが、高齢化・重度化のために、移行後に施設で滞留する人や介護保険等の施設へ移るケースも年々増えている。そんな中、定期的(移行後1年・5年)に移行先に会いに行く機会を作っているが、人によっては、のぞみの園にいる際には見なかったような笑顔で迎えてくれることもあり、誰ひとりとして「のぞみの園に帰りたい」とは言わない。家族からも「帰してほしい」という要望も聞かない。本人や家族の思いがある限り、どのような困難な状況になっても、可能性を信じて、諦(あきら)めることなく、粘り強く続けていくのが、国立のぞみの園の地域移行である。

(ふるかわしんじ 国立重度知的障害者総合施設のぞみの園事業企画・管理課長)


【引用】

1)志賀利一、国立のぞみの園ニュースレター第53号「全国の障害者支援施設における地域生活移行の現状を考察する」