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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年7月号

ワールドナウ

モンゴル:障害者の社会参加促進の体制づくり

磯部陽子

はじめに

JICAは、2016年5月から2020年5月の4年間、「ウランバートル市における障害者の社会参加促進」プロジェクトを実施している。対象地域は人口の約半数が住む、モンゴルの首都ウランバートル市。(1)障害統計・情報の整備、(2)障害当事者の能力強化、(3)物理・情報アクセシビリティ、(4)カウンターパート政府機関である労働・社会保障省の能力強化、の4つの分野の人材育成を行う。目指すは4年後。市内の障害者の社会参加を促進する基盤・体制づくりだ。

このプロジェクトが開始して、約1年が経った。活動の方向性が明確になり、少しずつ成果も出てきた。そこで本稿では、各分野の実施状況を簡単に報告したい。

1 障害統計・情報整備

この事業では、モンゴルの政府機関が有する既存の障害統計・情報を「モンゴル国別障害情報」として一元化をするところから始めた。プロジェクトオフィスを1階に設置したところ、自立生活センターの活発な車いす使用者から始まり、市内在住の視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者が、オフィスに立ち寄り、話をしていくようになった。そのおかげで、介助者や手話通訳者リストなど、国の制度にはない、NGOにある地域リソースも把握できた。

来る前は知らなかったが、情報収集してみると、モンゴル政府・NGOにはすでに、一定程度の障害統計・情報が存在している。一方、データが各組織に点在していて、政府が障害者施策の立案などに使える形では整備されていない。また、市民に向け、障害情報を分かりやすく発信する基盤もない。そこで、統計局、労働・社会保障省、当事者団体からなる「情報整備チーム」を発足させた。今年度はまず、情報の一元化・発信・更新の体制づくりの一貫として、モンゴル版「障害者白書」と、「障害に関する総合情報ウェブサイト」の作成を支援している。12月3日の国際障害者デーに公開を目指し、活動中である。

2 障害当事者の能力強化

ある日、車いす使用者のテムレン君(22歳)が、オフィスにやってきた。1度目は、何も話さずに帰ってしまったが、2度目の来訪時、少しずつ、自分のことを話し始めた。脳性マヒ児のクラスで、同じ障害をもつ友人たちと、11年間を過ごしたこと。非障害者の前で話すのは、非常に緊張すること。地元の自立生活センターを知り、一人暮らしを始めたが、もっと技能を身に付け、啓発活動を行なっていきたいという。

彼のような当事者に対し、プロジェクトが提供したのが、「障害平等研修」の2週間の養成講座である。テムレン君をはじめ、身体、視覚、聴覚、知的障害のある16人の当事者が参加し、障害の社会モデルの知識と技能を身に付け、第1期ファシリテーターになった。

彼らは現在、市内の役場、学校、大学、民間企業などを対象に、偏見をなくすため、障害平等研修を実施している。その際、プロジェクトの照屋専門家が現場を巡回指導し、学んだ技能の定着と、質の担保のためのフォローアップを行なっている。

ファシリテーターたちの多くは、メモを取るなどして復習する学習経験が少ない。よって、同じ間違いを繰り返すことが多い。そこで、彼らが覚えるまで、照屋専門家が巡回し、その場で直接指導をする形に落ち着いた。

テムレン君はこの5か月間で、30回以上の障害平等研修を実施。いまや、100人以上の非障害者の前で、堂々とファシリテートできる。ある役場の役場長と職員は、この研修に参加した後、環境改善チームを発足し、障害者専用駐車場、手すり、車いす使用者用のコート掛けを新たに設置した。力をつけた当事者の働きかけで、市内のバリアを解消していく動きが、少しずつ、だが確実に広がってきている。

3 物理的アクセシビリティの改善

地域のバリアを取り除いていく動きがある一方、歩道や公共交通機関のバリアの、抜本的な改善を望む障害当事者は多い。実際、市の中心部や大型ショッピングセンターでも、車いす使用者らを見かけることは、ほとんどない。

昨年、プロジェクトでは、身体・視覚を中心とする障害当事者団体と行政機関、建築学の研究者、バス会社職員らと、市内のアクセシビリティの現状を把握するパイロット調査を実施した。ところが、調査対象として選ばれたのが、市内27の建築物、168か所のバス停、98キロの歩道、208の横断歩道と、超大規模。よくよく聞いてみると、たくさんの問題点を行政機関や企業に示したい当事者団体の意向で、調査対象を絞れなかったのである。

そこで、本年3月、日本から佐藤克志教授を招聘し、彼らに日本で展開されている、「参加型アクセス調査」手法を伝えてもらった。日本では街の中心にある駅を起点に調査をするが、ウランバートル市では、市役所近くのバス停を起点とすることに決定。また、改修モデルとなるべき、ウランバートル市役所と労働・社会保障省を重点的に調査することにした。モンゴルの基準にあっているかではなく、当事者の使い勝手を聞きながら、行政官、研究者、当事者とでチェックしながら街を歩く。そうすると、案外、すぐ着手できる活動もあることが分かる。

逆に、基準チェックだけでは気付かないバリアにも気付く。簡潔な提言書の書き方も学んだ。この一連の調査手法は好評で、市役所の希望で、市内全土、郊外の当事者へも技術移転することになった。

現在、全9区で調査が終了し、各区が改善提言書を取りまとめている。提言書を受けた市や行政機関は、これから、改修計画、予算計上の協議、そして実際の改善へと進める役割を担う。プロジェクトでは引き続き、各段階で必要な支援を行う。

4 カウンターパートの能力強化

オフィス開設の初日、カウンターパートである、労働・社会保障省障害者開発課のバトラム課長が、プロジェクト期間中、特に力を入れたい事業について話し始めた。モンゴル政府はかつて、障害者政策委員会を発足したものの、継続しなかった。今度こそ、モンゴル現地にあった形で機能させたいという。

この1年、プロジェクトの千葉リーダーが、課長に日本やタイ、フィリピンの政策委員会の事例を提供し、何度も協議してきた。また今年2月、同省と関係省庁の局長レベルの行政官、当事者団体の代表者、バトラム課長ら計11人を日本へ招聘し、日本の政策委員会の実践と経験を共有した。そして、すでに、首相をトップとし、11省の事務次官、12の当事者団体代表者から成る、障害者国家委員会がモンゴルで立ち上がっている。

この中央での動きを支援する一方、次世代を担う若手人材の育成も必要だと感じている。労働・社会保障省のカウンターパートは、課長以外で障害分野の経験がある者はごくわずか。また、障害当事者が同分野の動向や発展の歴史を学ぶ機会も少ない。プロジェクトの2年目以降は、モンゴル人の若手行政官・当事者を対象に、定期勉強会を開催していきたいと考えている。

(いそべようこ ウランバートル市における障害者の社会参加促進プロジェクト長期専門家(調査・分析/業務調整))