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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年7月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

盲ろう者のための「グループホーム」をオープンして

石塚由美子

はじめに

特定非営利活動法人視聴覚二重障害者福祉センターすまいる(以下、すまいる)は、大阪市天王寺区に拠点をかまえ、視聴覚二重障害者(盲ろう者)を対象としたさまざまな日中活動プログラムを提供しています。すまいるは今年3月、日本で初めて盲ろう者に特化したケア付き住居「すまいるレジデンス for the DeafBlind(愛称、ミッキーハウス)」をオープンしました。

私は、すまいる設立以来、事務局長として運営に携わってまいりました。その立場から、「ミッキーハウス」の構想から開所までの経緯、また、盲ろう者に特化したケア付き住居に施された工夫などをご紹介することで、皆様に盲ろう者の抱える困難やニーズなどをお伝えできれば幸いです。

盲ろう者の暮らしを支える「ケア付き住居」を目指して

多様な障害者の中でも、特にマイノリティである盲ろう者のための「福祉的就労の場」「日常のいこいの場」として、すまいるは設立当初の1999年より当事者の主体性を尊重し、盲ろう者の社会参加の支援に取り組んでまいりました。すまいるに来られるまでは孤独と闇の中にいた盲ろう者が、他の盲ろう者との出会いを通して成長し、生きがいを見出し、夢を持って生きていける、そんな場所を提供できることに誇りを感じていました。

しかし、活動を続けていく中で、利用者ご自身やご家族から、将来を案じる声が寄せられるようになりました。特にご両親からは自分に万一のことがあったら、目が見えず耳が聞こえない子どもはどうなるのか、また、盲ろう者からはこの先自分はどうなるのか、どうやって生きていけばいいのか、など、先のことを考えれば考えるほど、不安はふくれあがるばかりでした。

盲ろう者の多くは障害をもたない家族と共に暮らしています。日中、すまいるで楽しく活動ができても、家に帰ると、家族とは簡単なコミュニケーションしかとれず、自宅にいてさえも強い孤立感を感じています。家庭では用件のやりとりしかしていないということも稀(まれ)ではありません。私自身も聴覚障害をもっており、聴覚障害のない家族に囲まれ、孤独な思いをしたことがあるため、盲ろう者が感じる疎外感は他人事とは思えませんでした。

「一人暮らしがしたい」「仲間と一緒に暮らしたい」「すまいるの近くで暮らしたい」という盲ろう者の切実な思いに後押しされ、すまいるは「盲ろう者のライフサイクルを包括的にサポートする役割を担う」決意を固めました。そして、具体的な目標として、盲ろう者の生活の場「盲ろう者向けケア付き住居の建設」を掲げ、実現に向け、動き始めました。

一口に「盲ろう者向けのケア付き住居の建設」と言っても、山あり谷ありの長い道のりでした。まず、一番の問題は多額の建設費用でした。すまいるの盲ろう者は自分たちの終(つい)の棲家(すみか)を作るために、何十年もの間、自ら街頭に立ち、道行く人に募金を呼びかけました。

次なる壁は、グループホーム近隣の住民の方々から理解を得ることでした。「目も見えない、耳も聞こえない人たちにうろつかれては困る」「車が走っていてもわからない盲ろう者のせいで、自分たちが事故に巻き込まれるかもしれない。自治会としてそんなリスクを住民に負わせるわけにはいかない」「火事なんか起こされたら、どう責任をとってくれるのか」。近隣住民の方々との説明会で協議を重ね、誠心誠意お話をさせていただいても理解を得られず、やっと進み始めていたグループホーム建設への歩みを断念せざるを得ない事態となったことは一度や二度ではありませんでした。

「ミッキーハウス」の誕生

そんな紆余曲折の中、もともと活動をしていた場所が手狭になり、5年前に現在の場所に移転することになりました。新しく移転したビルのオーナー様には、日頃からすまいるの活動にご支援をいただいていましたが、すまいるの苦境を知り、盲ろう者が安心して、そして自立して生活できる場、「ケア付き住居」の建設に多大なるご協力をいただくことになりました。

そのおかげで、すまいるから徒歩3分のところに新築5階建ての「ミッキーハウス」が誕生し、今年3月1日には念願の開所を迎えることができました。これもひとえに皆様のお力添えがあってのことと、心より感謝しております。

さまざまな工夫

「ミッキーハウス」の設計にあたっては、盲ろう者の自立と、安全性の確保を一番の課題として、さまざまな工夫を凝らしました。たとえば、弱視の盲ろう者が自分の居室の階が分かるように、廊下の色を2階はオレンジ、3階は緑、4階は青色と色分けしました。また、浴室は壁をこげ茶、浴槽を白にし、コントラストを強調しました。

全盲の盲ろう者への配慮としては、随所に点字表記を付けました。さらに、点字が分からない盲ろう者にはシンボル・マークを用いました。共有スペースには浮き出し文字や手すりを付け、安全に移動できるよう館内には点字ブロックを設置しました。

さらに、盲ろう者について正しい知識を持つ職員やスタッフが24時間体制で日常生活のサポートをしています。しかしながら、「ミッキーハウス」の利用者のモットーは「一人でできることは自分でする。できないことはサポートを受ける」です。そのため、盲ろう者の生活すべてをスタッフが支援するわけではありません。サポートを受ける、受けないを決めるのは盲ろう者自身であり、支援者は盲ろう者のニーズを尊重しつつ、サポートする姿勢を学ばなければなりません。

そこで、「ミッキーハウス」では、入居盲ろう者とスタッフによるミーティングを定期的に行い、ざっくばらんに意見を出し合っています。私たちの願いは「ミッキーハウス」で暮らすことで、盲ろう者の意識がより高まり、真の自立につながることです。

とは言え、いざ盲ろう者の生活が始まってみると、当事者にしか分からない不便さや困りごとも出てきました。盲ろう者の居室にある電灯のスイッチのオンとオフの形が同じで、ライトが点いているのか消えているのか分からない、手すりがかえって邪魔になり、歩きにくい、エレベーターが狭くて、乗り降りする時に人とぶつかってしまう、点字ブロックが見えにくい、などの物理的な不便と、盲ろう者それぞれの生活習慣の違いによる、共同生活へのとまどいやプライバシーの問題です。物理的な問題は建築業者に依頼し、必要に応じて改修をしていますが、プライバシーの問題となるとそう簡単にはいきません。もともと「ミッキーハウス」は「ケア付きアパート」をイメージして建設したものですが、完全にプライバシーを守るのは難しい面があります。

以前、ある盲ろう者に「盲ろう者にはプライバシーを守れる場所はほとんどないね。あるとしたらトイレだけかな」と言われ、思わず吹き出したことがありました。また、ミッキーハウスの運営母体であるすまいるの理事長も「盲ろう者の部屋はそれぞれ個室になっているけれど、居室内で利用者が何をしているのか大体分かるし、通訳介助者も出入りしている。通訳介助者やスタッフがロボットになったら、プライバシーは完全に守れるかもね」と言っていました。

おわりに

「ミッキーハウス」が完成し、つくづく思うことは、やはり当事者である盲ろう者の「声」を聞くことが大事なのだということです。聞こえる人、見える人が盲ろう者によかれと思ってしたことが、盲ろう者にとってはありがた迷惑にしかならない例を、「ミッキーハウス」はたくさん教えてくれました。同じようなことが、盲ろう者を取り巻く社会の中で起こっているのではないでしょうか。

盲ろう者のことは盲ろう者に聞く、決して自己満足や独(ひと)りよがりな考えで盲ろう者に対応してはいけないと強く感じています。

これからも盲ろう者の声に耳を傾け、よりよいホーム作りに向け、これまで以上に努力してまいりますので、今後とも皆様のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

(いしづかゆみこ 特定非営利活動法人視聴覚二重障害者福祉センターすまいる)