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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年8月号

弱視者が直面する問題とその解決のヒント

田中和之

友人が先日、都内ターミナル駅でプラットホームから転落した。乗客や駅員の迅速な対応によって救助され、幸いにも頭を数針縫う程度のけがで済んだ。病院から自宅に戻った彼はその夜、所属するスポーツ同好会のメーリングリストに顛末(てんまつ)を投稿。ネット上でお見舞いの言葉とともにさまざまな意見が交わされた。

視覚障害者のホーム転落事故が後を絶たない。しかも、このように身近なところでも起きている。こうした事故を防ぎ、視覚障害者が安全に交通機関を利用するにはどうしたらいいのか。

私は40歳の頃、網膜色素変性症を発症し、現在、視野狭窄や夜盲、しゅう明などの障害を抱える。都内の会社に勤務するかたわら、神奈川県網膜色素変性症協会(JRPS神奈川)の役員も務めている。ここでは、患者会会員の声などをもとにしながら、弱視者が交通機関を利用する際の問題・課題についてリポートする。

今年7月、患者会の集会でどんなことに困っているかを聞いた(表1)。まず転落など大事故につながる問題として挙がったのが、「ホームに安全に歩ける“通路”がない」こと。ホーム端にある黄色い線は危険を表す警告用点字ブロックで、本来視覚障害者が歩くための目印ではない。他に何も手がかりがないので事実上、この警告ブロックが視覚障害者の通路になっている。

表1

  • ホームに安全に歩ける“通路”がない
  • 点字・誘導ブロックが途中で切れている
  • 黄色い線近くに柱があり通りにくい
  • 「隣のホーム」という放送を聞いて乗り換えたら、電車がなく落ちそうになった(隣の島のホームだった)
  • 電車とホームの高低差と隙間が大きい(JR飯田橋駅)
  • 片開き1枚ドアの電車は乗り込みにくい(京浜急行)
  • 電車側面にあるドア開閉ボタンが分かりにくい
  • トイレの男女入り口の位置、ボタンなどの場所が不統一
  • 横浜市営地下鉄駅前の広場が広くて目印がなく改札まで行きにくい
  • 東京メトロ地下鉄駅の構内、通路が暗い
  • 行き先表示が緑色?オレンジ色?で見にくい
  • 券売機の「こども」ボタンの位置が会社で異なる
  • SUICAやPASMOに障害者の情報を入れられないか
  • バス乗り口が停留所ポールの右か左かが一定でない
  • バスの空席、「こっち」と言われても分からない
  • 誘導の仕方を理解していただいていない。視覚障害者の側が折りに触れて伝えているが、全盲が前提になりがち、さまざまな見にくさがあることを知ってほしい。

しかもラッシュ時などは危険を承知で、この黄色い線の上や、さらに外側を歩かざるをえない。「自分がホームから落ちないように気を付けることは言うまでもないが、他の人が白杖に躓(つまず)いて人が落ちはしないかと心配」(60歳代男性)という。

視覚障害者にとって、問題はホーム上にとどまらない。改札からホームに行くまでにも危険を感じることも多い。たとえば、双方向の自動改札で反対側から来る人に衝突したり、混雑時は通路の誘導ブロック上を多くの人が通行するためぶつかったりする。

また、行き先表示板や券売機のボタンの位置、トイレの場所などについても複数の会員から声があがった。

一口に弱視といっても見え方はさまざま。視力障害の場合では、細かいものを見分けるのが苦手なため行先表示などが読めず、視野障害の場合は人や物にぶつかる、段差に躓きやすい。また、人によって見えやすい・見えにくい色が異なる。

では、こうした問題を解決するにはどうすればいいのか。

まずホーム上の通路の問題。ホームドアは転落防止には有効だが、後付けの場合、ホームは狭くなってしまい移動が困難になる。JRPS神奈川の佐々木裕二会長は、「理想的には黄色い線とは別の誘導ブロックの敷設が望ましい。あるいは、ホームドアを設置した上で、人が並ぶ位置とドアの間に通路を確保することで安全に移動できるようになる。車椅子が移動できるスペースが理想的」と指摘する。

とはいえ、ハード面の取り組みは金と時間がかかる。トイレの入り口を移すのは大変だし、券売機のボタン位置もすぐには改善できない。これに対して、ソフト面での対応は比較的安価に実施できコストパフォーマンスに優れる。

その好例が、鉄道事業者が5月から7月まで実施した「駅ホームでの声かけ・見守り促進キャンペーン」。通路やホームで乗降客から声をかけられる場面が格段に増えた。私は慣れた駅でも誘導をお願いし、安心して通勤している。ある50歳代女性は「母親の見舞い・看護の行き帰りに10人以上に声をかけられた」と感謝していた。

困っていたら声をかけたいと考える人は多い。そうした人たちの行動をこのキャンペーンが後押ししたのは間違いない。人による誘導はコミュニケーションがとれるので、移動時の安全性は高い。声かけ・誘導によって、視覚障害者が直面する多くの問題を緩和できる。

ハード面での改善は不可欠だが、こうした意識改革は障害者に限らず、すべての人が交通機関を安全・快適に利用するベースになると思う。

もちろん、視覚障害者の側にもすべきことはある。私が指導していただいている歩行訓練士は、「声をかけてもらった際に的確に答えるために、目的地までのルートや駅名、所要時間などはあらかじめ自分で把握しておくのは最低限必要。また、中途視覚障害者は心理的抵抗があって白杖を持たずに外出する人も少なくないが、周囲への注意喚起になる白杖は使用してほしい」と話す。患者会では、集会などで白杖の利用を呼びかけたり、歩行訓練士ら専門家を招いて白杖講習会を開催したりしている。

最後に、私の思いつきのアイデアを披露する。

・通勤バディ制度――通勤が同じ時間で同じルートの人がいるはず。改札で待ち合わせて一緒に通勤してもらう。複数のパディがいるのが理想。SNSを活用してマッチングする。

・私のヒヤリ・ハット――事故に至らなくても、ヒヤリ・ハットした事例をSNSなどにアップ。視覚障害者にとっては他山の石になる。それ以外には、改善や事故防止のための情報データベースとして活用できる。

(たなかかずゆき 神奈川県網膜色素変性症協会役員)