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第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」

【心理】

脳性麻痺患者の歯科診療に動作訓練を用いた症例報告と考察

APPLICATION OF VOLUNTARY MOTOR ACTION(“DOSA”)TRAINING IN HANDICAPPED DENTISTRY

高山英子

はじめに

 歯医者に行くことは、子供・老人・障害者・人種・国境を超えて、患者にとってある程度の不安・恐怖感・嫌悪感をいだいているものであり治療を進めていく途中では全身愁訴やデンタルショック、回避、逃避などの不適応行動が生起しやすい状況下にある。

 当然歯科医師は、顎、口腔領域のみの診療ではなく、体全体がコントロールしている人間、生きている人間が中心であることを忘れてはならない。幸いにしてここ20数年間は、心身医学や行動療法の発展に伴い特に歯科口腔領域においても、内田・下岡・黒須らの努力により、行動療法の臨床活用、応用の道が広がり、患者心理を重視し、患者のための医療を実践し効果をあげた。障害者歯科でも、動きに影響する要因のほうを問題とする研究・行動分析が多く、動きそのもののメカニズムに触れる臨床心理学はなかった。

 歯科診療時のCP患者の姿勢や運動の不適合性は、生理学的にはその障害が脳損傷にあるとされている。CP患者は確かに身体緊張が強いが、一人の精神活動を行っており心因性の過剰緊張を自己コントロールする能力が欠けるため、歯科治療の場面での心身安定化のための動作改善の有効な手段が必要となる。そこで、1965年に成瀬、大野両教授によって開発された動作訓練を用いて、CP患者に対してブラシング時、スケーリング時の動作を遂行する主体であるCPの患者自身が、自分の身体のあり方やその身体運動を遂行した時、いかなる結果になるのかという、気付くという過程を援助することができ、自らが意図したパターン自体を、適切に、自ら修正できるように改善がみられたので症例報告をし、脳性麻痺の自己コントロールについて検討し考察する。

ケースⅠ

 患者 T.O.、男性、28歳、脳性麻痺(アテトーゼ型) 鈴木ビネーIQ、84

 主訴 歯石除去、ブラシング指導を希望し来院。

 既往症・現症 出産時3,200g。正常出産であったが、1歳7ヵ月でCPと断診。4歳まであぐらができたが現在は不能。現在、腰椎の5番が痛いと訴えて入院。固視困難、言語不明瞭、左顎部に指頭大のしこりが有る

初診時の動作状況と治療方針

 図Aに示すように、首肩手腰に緊張が強く、自己で呼吸のコントロールができない。水平位では、口腔内にミラーを入れると、呼吸動作が困難となり治療不可能になる。歯科恐怖のため心因性緊張により胸部の痛みと開口障害を訴える。ブラシング時では、歯ブラシを口腔内に入れることができず、また坐位がコントロールできず上肢が不安定である。以上の状況から、動作訓練のなかでも最も基本的な弛緩訓練があり、これが動作の慢性緊張を自己弛緩し、自己コントロールの能力を高める。

 図A

図A

方法と経過

 訓練法は、①まず呼吸を上手にできない原因の緊張をとるためのリラクセーション訓練と、②呼吸が上手になるように呼吸の仕方を教える単位動作訓練が中心になり、同時、舌、口唇・顎の協応動作の改善をする。

 腕上げでは(図B―1)、伸ばした腕を他動的にそっと動かしてやる。最初は途中で引っかかるが、この引っかかりが慢性緊張で、そこを訓練者が他動的に弛緩を支えるように持っていくことがポイントとなる。ブラシング時、腰掛で身体を保つには、股(図B―2、3、4)、腰(図B―12)、上体の緩め(図B―13)、膝と足の弛緩(図B―5)、[躯]体幹部の弛緩(図9)を可能にしなくてはならず歯ブラシ持ち動作では、肘・手・首・指の分化(図B―6)が必要となる。

 顎(図7)、首の弛緩(図B―8)は、特に十分に行うことにより、呼吸のコントロールや、動作の改善に大きく関与する。胸屈げ(図11)は、反り返り方向への緊張の弛緩訓練である。

図B

図B

 図Cでは、口腔内に歯ブラシ、ミラーなどを挿入すると、口がよく開かなく息がとぎれ舌が丸まって柔軟に動かないなどの理由で発声もできないことが多いので、主に顎・口唇・舌をゆるめ、口の開閉や舌の動きを意図的に促進させることが大切で、さらに腹部や胸郭の収縮連動=呼気=発声の協応動作を促進し、口唇、舌の動きを伴わせる。

 主に図Cの1、2、3、4を行い、不随緊張の入りにくいあおむけの姿勢で訓練を行った。以上の訓練を1セッション、30分で行った。

図C 心理リハビリテーションQ&Aより

(1)胸・腹部動作訓練

図C 心理リハビリテーションQ&Aより 胸・腹部動作訓練

(2)あご動作訓練

図C 心理リハビリテーションQ&Aより あご動作訓練

(3)呼吸発声動作訓練

図C 心理リハビリテーションQ&Aより 呼吸発声動作訓練

(4)口唇、舌動作訓練と発声・発語動作訓練

図C 心理リハビリテーションQ&Aより 口唇、舌動作訓練と発声・発語動作訓練

結果

 上記の訓練直後、いくつかの注目すべき変化が見られた。①図Dに示すように、上肢・下肢共にリラックスした状態になり、水平位で安定した体位を保持できるようになった。写真E―1(略)は訓練前で、写真E―2(略)は訓練後である。②写真F―I(略)、ブラシング動作の訓練前では、肩・首の緊張が強く、顔の表情、動作に対しても余裕がなかったが、写真F―Ⅱ(略)に示すように、非常に柔和な表情になり、肩のこりが消失した。口腔内に歯ブラシが楽に挿入できるようになった。また、腰がよく弛緩するようになると、坐位が安定し、固視が可能になった。また、24年振りで一人であぐら坐ができるようになった。手、首の分化が可能になり図G―Ⅰ、Ⅱの表に示すように、著しい動作の改善がみられた。

図D

図D

図G―Ⅰ Brushing(右手)

図G―Ⅰ Brushing(右手)

図G―Ⅱ Brushing

図G―Ⅱ Brushing

 ③スケーリング時(歯石除去)の動作改善のための訓練では、図G―Ⅲに示すように、呼吸動作では、意識的に息を吸ったり吐いたりする時に訓練前は顎・肩・胸・腹部に強い緊張があったが、訓練後は呼吸を連続しても、緊張が入らず、自己コントロールが可能となった。腔内動作や、発声をするとき、肩や顎に力を入れていたが訓練後は、その力を抜かせて発声できるようになった。言語が明瞭になってきた。

図G―Ⅲ Scaling

図G―Ⅲ Scaling

 ④動作だけの改善だけでなく、リラックセイションによる自己体験により、不当な、過剰な緊張が明確に経験したことから、患者は『いままでこんなに力を入れて生きてきたんだ。うそ、これが本当に僕の体なの、僕の顔なの』とおどろいて言っていた。ボディイメージが変り、歯科診療に対しての協力度と、ブラシングに対しての自己努力が始まった。外見上の変化も見違えるほど変容していることが多いが、内面的な変化はさらに大きく変容していった。

考察

 脳性麻痺患者に弛緩訓練を行い、動作の改善の過程では、存在する慢性緊張により動作が妨害され不自由をきたしているにもかかわらず、その緊張に気づいていない場合が多い。

 つまり、慢性緊張の弛緩が意識化されていない状態にある。そこで、自己催眠や自律訓練はイメージや言語を主要な媒介としていた弛緩訓練ではなく、主体的な意図的関与をもたらしやすい筋の緊張と弛緩の差により動作の改善を意識し、自分は確かに弛緩することができるという自己の認知を身につけさせることが大切であることが理解できた。

 弛緩訓練は、自己身体像の再体制化をもたらしたとともに歯科受診においても内外的な刺激に対するコントロール能力の形成をもたらすことが今回の結果から示されていると思われる。特に、訓練の中でも肩周辺の弛緩は、今まで緊張している胸部が少しずつひっぱられるために軽い『痛み』を感じられていたが、肩が上り誤った動作をした時に『それは違う』『こっちだよ』と指示すると、痛みが消え、楽になった感じを持つことができた。このことにより、患者は弛緩の方法を身につけていった。呼吸動作においても他の動作と同様な特徴がある。脳性麻痺の呼吸と筋電図を調ベてみると、1)意図的に『呼吸しよう』と思ってやると筋緊張が増大する。2)連続して行うと筋緊張が増加する。3)随伴緊張が出にくくすると動作が改善する。呼吸動作そのものは胸式呼吸が主で、腹式呼吸が下手であった。1回の呼吸量も少なく呼吸のし方が安定していなかった。訓練後、口の開閉にしても発声にしても身体の各部分に強い力を入れていた自己身体僕が認知できていたことにより、意図的呼吸パターンの自己コントロール能力が向上した。従来の呼吸動作改善策としては、ローソク吹き、ピンポン球を吹かせる指導が行われていたが、これは聴力障害児への呼吸コントロールの訓練としていたもので脳性麻痺患者の訓練としては効果はない。今回の呼吸パターンの変化をみても、首、肩、[躯」幹のリラクセーションを念入りに行うことが重要である。

結語

 従来の脳性麻痺患者の歯科治療での心理学的な取り扱いでは患者自身の主体的自己活動のとらえかたは、自己自身の外に置いて、これを認識する在り方をとっていた。この在り方は、自己と対象との間には、一種断絶が存在し相互に密接な関係性が在るという事態を観察しにくいところがあった。これに対して、動作訓練は脳性麻痺患者自身の体内よりの主体的自己活動の実感は、故高木実次教授により提示されている肢体不自由を克服する意欲の誘発が生じ、自己努力の向上が始まることから歯科診療の目的を達成する手段として動作訓練は従来考えられたこともなかった新しい視点を開くかもしれないことが大きく期待されると推察される。終りにあたり慈恵医科大学客員教授甘楽重信、九州大学名誉教授成瀬悟策、筑波大学教授大野清志の各先生方に感謝の意を表す。

参考文献 略

東京都立北療育医摩センター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)52頁~57頁