特集/第9回アジア・太平洋地域会議とアジアのリハビリテーション 21世紀の向けてのリハビリテーション活動の展望

特集/第9回アジア・太平洋地域会議とアジアのリハビリテーション

21世紀の向けてのリハビリテーション活動の展望

津山直一

 リハビリテーションなる言葉はRe(再び又は元通りに)、Habilis(手を使うことができる、器用な、適応できる、能力ある等)の意味からなり、ヒトの祖先の猿人が後肢だけで立ち、二足起立歩行できるようになったHomo erectus(直立人)からHomo habilis(用手人、能人)になった状態に由来しており、能力abilityなる語もここから生じた。手を使う動作が可能になったので、環境を自分に適するように変え、文化を作り、言語をもつようになったのである。

 リハビリテーションの目的は、障害のために能力が欠如した人を社会に復帰させ、差別なく参加できるようにすることにあり、医学、心理学、教育、職業、社会各分野のリハビリテーションの活動のチームワークを必要とするものである。

 医学的リハビリテーションはできるだけ早く、疾病、外傷発生当初より行うべきもので、不可抗力的合併症以外のすべての二次的障害発生予防を行うべきものであるが、この点、まだ疾患や外傷が治癒してからの後遺障害を対象に開始するものであるかのごとき誤解が多いのは、是正を要する認識である。

 たとえば脊髄損傷の対麻痺や四肢麻痺患者には、即刻褥瘡発生、尿路感染、関節拘縮等の可抗力的二次合併障害を予防する対策を施行し、そののちできるだけ短期間内に、できるだけ効率よい有効な社会へのリハビリテーションを可能にする上記の一連のチームワークに移行すべく、努力するのが原則である。

 最も肝要なことは、患者自身に自分自身の再能力獲得のための自力更生の意欲をふるいたたせることであって、外から他の人が助け、ケアを与える福祉とリハを区別する必要がある。自力更生が第一で、外部からのケアは第二である。

 第2次世界大戦以後、日本は極度の貧困から今日の富裕な状態まで、社会の様相を比較的短期間に経験し、従ってリハビリテーションの諸対策の変遷も経験した。日本のこのような経験が、アジア・太平洋の発展途上国の参考になり得るなら我々の喜びである。

 医学的リハビリテーションの領域に限っても、まだ未解決の問題は多い。神経筋支配機構の回復の機序、障害者の生体力学、行動学、リハ関連機器の真に有用有効なものの開発、たとえば車椅子、杖、義肢装具の改良等々がそれである。

 しかし、たとえハイテクノロジーや高性能の機器、設備を開発しても、もし障害者に対する真に心の通った思いやり、関心、心配りがなければ、リハビリテーション・サービスは成果を挙げず空しいものになろう。たとえば、日本に見られるような盲人の杖使用歩行目的地到達可能を助けるための、道路上の点字ブロック設置がなされても、社会の人々が関心をもたず、自転車などの物体を不用意に点字ブロック上に置きざりにすれば、盲の人はこれに衝突、つまずき倒れ負傷する。

 今日、物質文明の発達は目ざましい。月世界への旅行さえ可能になり、昨日の不可能事は今日可能と日進月歩である。しかしながら地球上悲惨で不幸きわまりない出来事も、また一方激増しつつある。人口爆発、欲望爆発、南北貧富格差増大、環境汚染、破壊、天然資源の浪費消耗、人種間憎悪、戦争、暴力、飢餓、高齢化社会の到来、エイズのような新疾患の出現、障害をもつ人口の増加等々、枚挙にいとまがない。これらの現実を前にすれば、人類はまさに真価を問われている観がある。真に正しいリハビリテーション事業を発展させるためには、障害予防は別として相互扶助、協力、情報交換等々が何より重要であろう。

 東洋の哲学、中でも儒教すなわち孔子の教えはきわめて重要であると考える。孔子の教えを記載した論語中に有名な一説がある。子貢が師孔子に「人間が一生涯守り続け実行して良い事があるとすればそれは何でしょうか」と問うた時、孔子は、「それは恕のこころであろう。相手の立場に立つ思いやりであり、自分の欲しないことを他人にしない心配りである」と答えたが、この思いやりのこころが東洋の哲学・道徳の真髄であろう。ReciprocityあるいはSympathyというべきでもあろう。我々は人類の真価を取りもどすためにリハビリテーション・インターナショナルの傘下に相互に協力、真のリハビリテーション活動を発展させたいものである。これが最も効果的で有意義と考える。

 1988年にRIの世界会議を日本で開催したが、そのさいアジア・太平洋地域の各国の有効なリハビリテーション活動実現のため、いかにするのが現実的なアプローチであるかを討議した。各国それぞれの実情に応じ、最も有効、最も現実的な方法を練り、実行すべきは当然であるが、相互に情報を交換し、相互に助け合える点は助け合いたい。第16回RI世界会議は幸いにかなりの余剰金を残し得た。事務総長をつとめた私としては、このお金を我々の相互協力実現に有意義に使えるよう希望してやまない。

 障害者リハビリテーション活動は人類真価の再建である。アジア・太平洋地域のリハビリテーション活動の健全な発展を祈るや切である。

(「第9回アジア・太平洋地域リハビリテーション会議報告書」より転載)

国立身体障害者リハビリテーションセンター総長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年6月(第68号)4頁~5頁

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