海外レポート イランにおける職業リハビリテーションの現状

海外レポート

イランにおける職業リハビリテーションの現状

丹羽勇

1.職業リハビリテーション体制

 イラン・イスラム共和国の障害者に対する職業リハビリテーション(障害者の把握、能力評価、職業訓練、職業紹介や関連する福祉サービス)は、政府や民間機関の数種の組織で行われている。その主なものは、労働社会省が政策の樹立を主要業務とし、また保健省の傘下にある福祉庁が医療リハビリテーションと共に、職業リハビリテーションのサービスを民間の施設を活用して実施している現状である。また、戦争障害者については傷痍軍人財団(Bonyad Janbazan)が医療事業ならびに主として傷痍軍人の職業更生の事業を大規模に実施している。

 イラン政府は、その憲法において、障害者に対しても、一般市民と平等の権利を約束し、彼らに治療と訓練を施すことによって就職の機会を与え、通常の生活に参加できるよう保証している。しかしながら、現状はこの理想とは遠くかけ離れたもので、一般人の失業率は30―40%と推定され、障害者のそれはさらに酷く、一般雇用に就けるものは皆無に等しいと思われる。

 一般的な労働力をさらにみると、失業率が極めて高い反面、技能労働力、熟練労働力は不足しており、経済開発を推進していくうえで大きな制約要因となっている。また、革命後、労働者保護を内容とした労働法の改正の動きがあるが、未だ成立するに至っていない。

 戦争による障害者の保護は、現在、国の最重要政治課題の1つとして取り上げられており、特に傷痍軍人に対する恩給や、強制雇用率3%という制度もあると報告されているが、それがどの法律に基づいて施行されているのかは確認できなかった。

2.障害者の実態

 障害者の数については、福祉庁の報告と労働社会省の報告が入手できたが、その実数の把握については根拠が極めてあいまいである。福祉庁はWHOの統計を基準に、労働社会省はILOの推計に基づいていると考えられる。労働社会省の報告は次のとおりである。

肢体障害者 400,000
視覚障害者(全盲) 150,000
聴覚障害者(全ろう) 100,000
精神薄弱者(重度) 200,000
精神病者(回復者) 150,000

合  計

1,000,000

この障害者数100万人という数は、人口約6,000万人(推計)の1.7%とかなりの過少な推計と考えられる。特に8年間にわたったイラン・イラク紛争(1980―1988)によって約30―40万人の戦争障害者が発生したという(傷痍軍人財団の非公式報告による)ことを考え合わせると、現在の障害者の総数は100万人をはるかに越えると見てよかろう。しかし、障害者の定義も存在しない現状では実態の把握はほとんど不可能である。保健省(福祉庁)は人口の約2%が障害者と見積っており、障害の主な原因として、40%が疾病による麻痺と副作用、30%が先天性の障害、21%が事故による障害、9%が原因不明と報告している。

3.職業リハビリテーション・サービスの実態

(1)福祉庁の活動

 イラン革命の最高点に達した1979年に、政府はすべての民間の福祉施設を一つの纏まった行政指導の管理下に置くため、福祉庁(Iran Welfare Organization)を設立し、障害者の訓練施設を含めた約600の施設をその傘下に統合した。これらの施設の中には障害者の職業訓練所や視覚・聴覚障害児の施設、学校もあり、また重度障害者を常時雇用する授産施設(sheltered workshopsやcooperativesなど)もある。年間約6,000人の障害者がこれらのサービスを受けているがこの数は障害者の0.6%にあたる。

(2)職能評価と職業紹介のサービス

 福祉庁は各州に1ヵ所(全国に24)のコーディネーション・センターと呼ばれる障害者の職業能力を評価・判定するセンターを運営している。テヘラン市のセンターには約20人の心理学専門家と6人のソーシャル・ワーカーが職能テスト、評価(アセスメント)、判定と施設や職場への紹介業務をチーム・ワークで行っている。センターには精神科医も週2日来所して診断を行っている。職能テストは実際には計測器具もなく、適性検査器具も皆無で、簡単なIQ知能テスト(J.C. RavenのStandard Progressive Matrices とWechsler(WISC)の動作テストの一部のみ)を行っているが、学力テストやワーク・サンプル・テストもなく極めて貧弱な設備には驚いた。大学で心理学を修めたカウンセラーには非常に気の毒なことである。

 また、職業紹介の業務を見ても実際には一般職場への就職はほとんど不可能である現状で、授産所へ紹介するか、自立の自営業への援助をすることに尽きるようである。理論の上では、リハビリテーション・コミティや評価コミティが定期的にケース・カンファレンスを開いて個々の障害者の職業指導をしているということであった。

(3)職業訓練

 障害者の職業訓練は福祉庁の傘下にある各種施設(肢体障害者施設、視覚障害者施設、聴覚障害者施設、精神薄弱者施設など)で伝統的なしきたりで行われてきた。テヘラン市にあるKUROS障害者職業訓練センターは、この種の約70の障害者センターの1つで、約20年前に設立された。定員100名に対し現在の訓練生は60名(うち45人は寄宿舎に収容されており、15人は通所)で、センターは障害者にとってあまり魅力的な場所とは見えない。訓練は6―9ヵ月で、時計修理、洋裁、電気、木工、溶接、機械工などの訓練課目がある。機械設備は極めて古く(20年前のままで)、訓練材料も不足して訓練にも支障をきたしている。修了生の就職も極めて難しく、このような訓練では将来性が危ぶまれる。

 一方、労働社会省では数年前からILOの指導を受けて、全国に60ヵ所ある一般の職業訓練所に適当な障害者を入所させ、健常者と一緒に訓練を行う、いわゆる統合政策を開始した。この1年間に約800人の障害者が全国の一般職業訓練所でこの種の訓練を受け終えたか、現在訓練中である。テヘランに5ヵ所ある訓練所の中、2ヵ所(テレビ組立て訓練所と自動車修理訓練所)を視察する機会が与えられたが、自動車修理の仕事は障害者に不向きという理由で障害者の訓練生は皆無であった。この統合政策(インテグレーション)は理論的には理想ではあるが、問題も多い。障害者が利用しやすい建物、トイレ、機械設備などの改造を要求されることもある。また、人間関係、学力程度の問題で、訓練指導員の苦労も多い。

(4)障害者の就労

 職業リハビリテーションの最終目的は、障害者が仕事について自立することにある。職能評価も、職業訓練もこの最終目的が達成できなければ無駄な努力といわざるをえない。(もちろん、重度障害者にとっては、就業ができなくても、手足を動かす生活訓練という見方もないではないが…)。

 現在、大部分の障害者は職業リハビリテーション・サービスを受けても一般企業への就労は期待できない。3%の雇用割当制度による戦争障害者の就労も、実際には難しい状態である。第1の欠陥は、一般社会(特に企業の経営者)の障害者への理解の不足である。第2の欠陥は障害者の潜在(残存)能力の正しい評価をするサービスがないため、適材適所の職業紹介サービス(Selective Placement Service)ができず、能力の不十分な障害者を企業に送りこむ結果となり、経営者に対し障害者のイメージを悪く植え付ける悪循環の出発となっている。

 現在、職業訓練を受けた障害者の大多数は、自分の出身地に帰って家の仕事の手伝いをするか、自営業につくかである。一部の訓練修了生は授産所で働くか、または協同組合作業所(Cooperatives)で就業する。これらの作業所は現在イラン各地に総数270ヵ所ある。従業員数は小さい作業所の10人位から大きな作業所で300人に近い障害者が働いている。

 テヘラン市にある3ヵ所の協同組合作業所の1つを視察した。この作業所はテレビ組立て工場で約280人の障害者(主として肢体障害者と聴覚障害者と若干の精神薄弱者)が7時から4時まで働き、最低賃金の月5万リアル(約5000円)と障害者手当を受けていた。この作業所は日産300台程度のカラーテレビを生産し、ほとんど手作業の組立て工程の仕事である。

 もう1つの協同組合の作業所は縫製工場であり、その他に車いす製造作業所があると報告を受けた。これらの作業所はすべて福祉庁の傘下にあるが、個々に独立した企業であり、国や福祉庁からの経済的な援助は受けていない。

(5)傷痍軍人の職業リハビリテーション

 イラン・イラク紛争で障害者となった退役軍人には、国の手厚い保護があり、リハビリテーションも優先的に実施されている。イラン革命後、故アヤトラ・ホメイニ最高指導者によって設立された被抑圧者財団(Bonyad Mostazafan)は、1988年イラン・イラク紛争終結後改名され、傷痍軍人財団(Bonyad Janbazan-Veterans Foundation)となり、シャーの残した巨大な財産を引きついで、国の最大の財団となった。財団の事業は貿易、農工業開発、経済、住宅建設、ホテル産業など広範囲に及び、その政治的、経済的権力は、最高指導者に直結している。

 傷痍軍人財団は戦争による障害者(約30―40万人)に対し、障害者年金の給付のほか、病院における治療や医学的リハビリテーションに加えて、傷痍軍人の就職斡旋を行っている。特に100を越える財団の運営する生産工場では傷痍軍人を優先的に採用し、またその家族の優遇も配慮している。傷痍軍人の職業訓練は労働社会省の一般職業訓練センターに割当制度(約10%)が検討されている。

(6)職業リハビリテーションの専門職員

 職業リハビリテーション業務に携わる職員の養成は、大学においてソーシャル・ワーカー、心理専門家を育成する以外、系統的、組織的な養成機関はない。

 1990年から3年計画でIL0が国連開発プログラム(UNDP)の財源で、労働社会省を中心に福祉庁と傷痍軍人財団の職員の職業リハビリテーション職員の養成を開始した。このプロジェクトはUNDPの寄付金が50万ドル、イラン政府の予算3500万リアル(合わせて約1億5,000万円)と中規模のプロジェクトである。現在進行中のプロジェクトであるが、3年で約200人の職業リハビリテーションに携わる各種の専門家(行政官、職業訓練指導員、作業所マネージャーまた聴覚障害者、視覚障害者、精神障害者の訓練職員など)の養成を目指している。

4.日本側協力の可能性

(1)職業リハビリテーションの分野については、福祉庁が協力母体となることが一番好ましく思われる。労働社会省は政策面では指導的立場にあるが、統合的な職業訓練を除いては障害者へのサービスは非常に限られている。傷痍軍人財団は、傷痍軍人のみを対象にしているため、一般の障害者は現段階において管轄外である。福祉庁は多くの職業リハビリテーション施設をもち、実際的な活動をしており、財源が極めて貧しいにも関わらず、意欲的な取り組みをしている。

(2)職業リハビリテーションは、医療リハビリテーションに引き続いて行われるべきもので、その出発点は職業能力評価(vocational assessment)と職業指導(vocational guidance)である。イランの現状ではこの分野の活動がほとんど行われていない。幸い、イラン全土に極めて形式的な障害者の評価と紹介(カウンセリング)センターのネット・ワークが存在するので、この施設の手直しと充実を援助することが、職業リハビリテーションの発展の第一歩と考えられる。まず、英語のできる職能評価に携わっているイラン職員(心理学専門家)数名を日本で研修(2―3ヵ月)、次に日本のこの分野の専門家をイランに派遣(継続1年又は短期に数回)し、カウンセリング、職能テスト、心理テスト、学力テストの指導と共に、日本から必要な器材を提供する。この日本人専門家は職能評価技術と共に労働市場調査や作業分析(jobanalysis)のできる専門家が望ましい。大切なことは、職能テストや職業訓練が現実のイランの職業の可能性に結びついたものでなければならないからである。

 この分野(職業能力評価、指導、紹介)は、現在ILOが実施している職業リハビリテーションのプロジェクトと重複するものではない、むしろ協調してイランの職業リハビリテーションの体系づくりに大きく貢献するものと確信する。

(本稿は、筆者が1991年10月20日から11月2日まで外務省の依頼でJICAのイラン調査(職業リハ担当)を行ったものをまとめたものである。)

元ILO本部、職業リハビリテーション部長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年4月(第71号)34頁~37頁

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