〈特別寄稿〉 障害者に対する福祉専門職の援助の方向

障害者に対する福祉専門職の援助の方向

―ソーシャルワーク研究における自己覚知概念の展開から―

北本佳子

はじめに

 今日、障害者援助の目標は旧来のADLの自立、職業的、経済的自立を中心にしたものから、「全人間的復権」、QOLの向上へと移行してきた。そのことは、まさに障害者の生活問題の解決援助を担う福祉専門職の援助のあり方が問われてきていることを意味している。

 本小論では、福祉専門職の中でも介護(ケアワーク)ではなく主としてソーシャルワークを担う専門職を念頭に、そうした福祉専門職(以下、ワーカー)が障害者の「全人間的復権」及びQOLの向上に向けて果たすべき専門的援助の方向について考察することを課題としている。

 以下、ワーカーの主たる援助方法(技術)であるソーシャルワークに関する我が国の研究動向の中で、ワーカーとクライエントとの専門的援助関係の形成において重視されてきた「自己覚知」に対する規定(意味や位置づけ)に注目して、上述の課題に迫りたいと思う。というのは、まず自己覚知は通常ワーカーとクライエントの間に専門的援助関係を築くに当たり、ワーカーの側に必要とされる自己のあり方についての気づきをいうが、そうした自己覚知に対する規定の変遷を通して、クライエントに対するワーカーの援助において、各時代に何が重視されてきたのかを浮き彫りにすることができると考えたからである。その上で、今日の障害者に対する「全人間的復権」およびQOLの向上に向けてワーカーが果たすべき援助の方向について考察をしてみたい。

1. 我が国におけるソーシャルワーク研究の展開と自己覚知

 戦後の我が国のソーシャルワーク研究において、自己覚知に関する記述や研究の傾向とその背景等を分析してみると、時代の流れとともに以下のように述べることができる。

第1期:戦後直後から1960年代まで

 この時期のソーシャルワーク研究は、周知のように、アメリカを中心に主にケースワークに関する所説が次々に紹介、導入された時期である。具体的には、まず心理学や精神医学の影響を受けたアメリカのケースワーク理論の紹介、導入が行われた。なかでも50年代は、我が国の社会福祉制度(いわゆる社会福祉3法)自体が確立して間もなかった上、それに携わる専門職員養成も始まったばかりという時期であった。それ故、この時期のケースワーク研究は、我が国における実践の積み上げを通してケースワークが論じられることは少なく、「ややもすれば観念論に終始しがちで…その非科学性をむき出しのままにして難解なものという誤解を受け」るようなものと言われた。

 そして60年代も、それまでの心理学や精神医学に加え社会学や文化人類学などの影響を受けた「家族中心ケースワーク」などを中心に、新しいアメリカの所説の紹介、導入が積極的に行われた。しかし、50年代に比べるとこの時期の研究は、単に「内外文献の盲引用による結論」ではなく「臨床に直結した」論議が指向されるようになった。

 こうした中、50年代、60年代の多くの研究が、ケースワーク関係をワーカー・クライエントの治療関係としてとらえる伝統的ケースワーク(医学モデル)の立場から、ケースワーク関係こそが利用者の問題解決における要と位置づけ、ケースワーク関係論がウェートを置いて論じられた。そして自己覚知についても、その関係論の中で、クライエントの問題解決援助およびワーカーの専門的成長に欠かせないものとして重要視された。具体的には、この時期の自己覚知に関する論述は、もともとは精神分析の中で言われていた、転移現象の中でもとりわけ逆転移に関する問題との関連で、ワーカーとクライエンイトとの専門的な援助関係の形成にマイナスの影響を与え得る逆転移を統制するためにも、ワーカーはスーパービジョンの積極的利用などを通して、自分を知る(自己覚知)必要があるということであった。

第2期:1970年代から1980年代半ば

 1970年代に入ると、さまざまな背景からソーシャルワーク研究は、展開が求められた。1つは、ソーシャルワーク研究における社会科学的な認識の必要性を意識した研究の進展である。これは、50、60年代の社会福祉の本質を社会科学的に理解する立場からの批判をふまえたことと、さらには高度成長期から低経済成長期を経て、急激に変化した経済・社会情勢のもとで、国民の社会福祉問題が拡大、深化したことから、その問題解決にあたっては、従来のケースワークにおけるワーカー・クライエント関係、とりわけ医学モデルに基づく援助だけでは限界があることが認識されてきたことである。

 また、この時期には実践分野や実践方法の統合化への動きを反映した欧米の新しい研究動向と、その中で発展してきたシステム論や生態学をその基礎理論にすえたソーシャルワーク論が紹介、導入され、ここでも問題を社会体系との関連でとらえることの必要性が示された。こうして、70年代から80年代の半ばごろまでのソーシャルワーク研究は、現実の社会福祉問題の動向および方法の統合化理論などを背景に社会科学的な認識の必要性を意識した研究が進展した。

 こうした傾向は、自己覚知に関する論述においても同様に見られた。具体的には、それまでのケースワーク関係における転移・逆転移の考え方に基づく見解も相変わらず見られたが、そのトーンは弱まり、一方で新しい意味づけをするものがでてきた。例えば、それまでのワーカー・クライエント関係におけるワーカー側の自らのあり方に対する気づきだけでなく、社会構造との関連で自己の位置やあり方について目が開けていく「拡大された自己覚知」の必要性について論じるものや、援助方法の統合化の立場から、ケースワークにおけるワーカーだけでなく、グループワークおよびコミュニティ・オーガニゼーションにおけるワーカーに関しても、自己覚知の必要性を論じるものなどである。このように、70年代から80年代半ばまでの時期においては、それまでの利用者の問題解決の要はケースワーク関係にあるとする認識から、利用者の問題(社会福祉問題)を社会科学的に認識し(社会問題として認識し)、対応することの必要性が現実的にも理論的にも認識されていく中で、自己覚知の意味づけもワーカー・クライエント間における自己覚知から社会認識を必要とするものに拡大した。

第3期:1980年代後半以降

 この時期、さらに新たな展開がソーシャルワーク研究に見いだされる。1つは、新しい理論の紹介、導入の一方で、従来にもまして実践的な指向をもった研究が見られるようになったということである。すなわち、この時期にはさまざまな社会資源の拡大、在宅福祉の推進を背景に、やはり欧米を中心に発展してきた「サポート・ネットワーク論」や「ケース・マネージメント」などの研究が積極的に行われてきたが、そこではこれまで批判されてきたアメリカの理論の「直輸入」的な研究にとどまらず、我が国における実践への展開を意識した研究が行われた。

 また、この時期のもう一つの傾向は、社会福祉の専門職の確立および専門教育の充実を指向した研究の進展である。これは前述の実践指向と重なる点もあるが、87年に国家資格として、「社会福祉士および介護福祉士法」が制定されたことがより強く影響しているといえる。具体的には、それぞれの福祉士養成に向けて、あるいは実際にそれにあたって必要な知識、技術、倫理、および教育方法の研究などの進展である。

 こうした中、自己覚知については後者の研究の中で、その必要性や重要性が強調された。そこでは、ワーカーは福祉専門職として位置づけられるとともに、福祉専門職による援助においては、利用者との間に専門対人援助関係を形成することが大切であるとされ、その中で自己覚知の問題が逆転移の問題とともに再びクローズアップされた。そして実際に、福祉士養成とからんで専門福祉教育を推進する立場から、自己覚知に関する研究やその教育方法などについての論述が多数見られるようになった。

2. 今日の自己覚知のとらえ方と援助関係

 ここでは以上のような、今日の自己覚知の再認識やそれに基づく援助関係をどのようにとらえていくことができるのかについて述べたい。

 80年代の後半以降の今日におけるソーシャルワークの展開を確認すると、ケースマネージメントを始め、社会資源の活用を重視する新しいソーシャルワークの技法が紹介、導入される一方、社会福祉の専門職化とともに改めて自己覚知が重視されてきたということである。

 このように今日社会福祉の専門職化の動きの中で、改めて自己覚知が注目されてきたということの意味は、第2期においてト-ンダウンしたワーカー・クライエント間における専門的援助関係の形成が、専門職援助の基盤として大切であることが再確認されてきたということであろう。だが、これは単に援助の方向を第1期のような治療的なケースワーク関係中心の方向への収斂を意味するものではない。それは今日一方で、ケースマネージメントなどへの関心が高まっているように、ワーカーがクライエントとの援助関係だけでなく、それ以外のクライエントを取り巻くさまざまな社会資源などの社会環境にも目を向け、その活用、調整を通してクライエントの援助をしていくことが重視されていることからもわかる。

 それでは、今日いわれるワーカー・クライエントの専門的援助関係はどのようにとらえるであろうか。自己覚知の今日的な意味づけの検討をすることを通して考えてみると、かつての治療的なケースワーク関係論の中でいわれた自己覚知は、クライエントの病理的な側面や弱点に焦点を当てて治療する上で必要とした問題解決指向・自己統制的な自己覚知であったといえる。それに対し、今日いわれる自己覚知はそれに加え、クライエントの望む援助目標やクライエントの能力(ワーカビリティ)に焦点を当て、それに対してワーカーおよびワーカーの所属する機関・施設の能力や機能で何ができるか、何をするべきかを理解することが必要だという意味での自己覚知、いわば目標達成・自己活用的な自己覚知が望まれているといえるのである。

 そこで、それを専門的援助関係のあり方からとらえ直せば、かつての治療関係を中心にしたあり方から協力支援関係の形成を中心にした援助関係が求められているということができる。この意味では、かつての自己覚知がクライエントとの関係におけるワーカーの逆転移を問題にしたが、今日ではそれ以上にクライエントへの援助(協力支援)にあたって、関わることの必要な他の専門職や家族、地域住民(ボランティアを含む)、行政機関職員ときには政治家との関わり方をワーカーは重視する必要がある。というのも、それらとの関わり方の如何が、クライエントへの援助の成果として、またワーカーへの信頼関係の強化として現れてくるといえるからである。

3. 障害者援助の方向

 では、以上のように今日のソーシャルワークの方向性をとらえてみた場合の、今後の障害者援助の方向について考えてみたい。

 そこでまず、障害者に対するこれまでの援助とソーシャルワークとの関わりから振り返って述べれば、第1期の頃はまず社会福祉3法の1つとして身体障害者福祉法が制定し、その下で身体障害者を中心にさまざまな援助が行われたが、その援助は他の社会福祉3法を構成する生活保護や児童福祉などにおいて見られた援助方法とは必ずしも連動していなかった。すなわち、社会福祉3法は、それぞれの対象者の自立助長を図るサービスとして制定された点では共通しており、その意味で社会福祉3法としてくくられる訳であるが、障害者への援助はその障害という特性から、主に生活保護などにおける面接(ケースワーク)による自立援助ではなく、ADLの自立や職業的自立を目指した医学的、職業的リハビリテーションを中心にする援助か、そうしたリハビリテーションの対象になりえない重度の身体障害者に対する施設収容への保護的な援助が中心に行われていた。

 そして、そうした援助のあり方は、第2期の障害の多様化、重度化の進展、低経済成長期以降の施設福祉から在宅福祉へという政策動向、さらには後半の81年の国際障害者年を前後しての自立概念の拡大変化によって大きく揺らぐことになったのである。つまり、それまでの障害者に対するADLや職業的自立を中心とした施設援助のあり方から、地域で生活主体者としての生活を可能にしていくこと、そしてその生活の質を重視する援助のあり方、言い換えれば社会リハビリテーションの重視へと変化してきたのである。この社会生活との関連で障害者の援助を考える方向は、既に見たこの時期のそれまでのケースワーク関係を重視した援助の限界から、それに加え社会構造との関連や社会科学的な認識を重視したソーシャルワークの展開と方向性を一致するものといえる。

 そして今日、障害者援助の理念はますます高まり、障害者の「全人間的復権」を目指している。これは障害者の障害という点についての特別な配慮(心理的援助および介護の必要性など)を除けば、一社会人としての生活を支援するということである。ということは、ノーマリゼーションの理念に基づく援助の展開の必要性とも共通するが、障害者を主体にした、それも地域社会での生活を基盤にした援助の方向が求められてきているということである。そして、それはワーカーと障害者の援助関係から言えば、今日のソーシャルワークをめぐる動向において既に述べた協力支援関係の形成、即ち障害者への協力・支援といった形での援助がますます重視されてくるということである。

 そこで、それを援助方法のあり方としてとらえ直してみると、それは今日関心が寄せられているケースマネージメント(あるいはケアマネージメント)を用いての援助が重要だということであろう。ここでは紙幅の関係上、ケースマネージメントの具体的な内容についてふれることはできないが、障害者のもつニードと地域社会にあるさまざまな社会資源を適切に結び付けるケースマネージメントの活用は、地域で障害者を主体にして、その全人間的復権に向けた援助の展開の可能性を秘めていることは確かである。

おわりに

 最後に、ケースマネージメントの活用による障害者の全人間的復権の実現に向けての課題をまとめると、まず何よりも提供できる(すべき)社会資源の充実があげられる。これなくしては、ケースマネージメントは単なる少ない社会資源の効率的運用に留まってしまうからである。

 そして、ケースマネージメントを行うマネージャーについては、単に障害者のニードと社会資源の媒介的な役割を果たすのみならず、障害者本人の主体性を尊重し、それを実現する方向で協力者として支援するほか、十分でない社会的現実に対しては代弁者としてのアドボカシーの機能が求められる。こうした機能を果たす上では、そのマネージャーは福祉専門職(ワーカー)が最も適した専門職といえる。そしてその成果は、ワーカーが障害者との関係を重視しつつも、前述したように、他の専門職や地域住民、家族、行政機関職員、政治家などのさまざまな人々といかに関わり、ネットワークづくり(協働体制)を作り上げていくことができるかにかかってくるといえるのである。

〈文献〉略

日本福祉教育専門学校


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年5月(第87号)25頁~29頁

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