特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション-第39回総合リハビリテーション研究大会報告- 基調講演 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーションの実現~東京都の特別支援教育をめぐる課題を中心に~ 松矢 勝宏

特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション
-第39回総合リハビリテーション研究大会報告-

基調講演
サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーションの実現
~東京都の特別支援教育をめぐる課題を中心に~

松矢 勝宏
第39回総合リハビリテーション研究大会実行委員長 東京学芸大学名誉教授

要旨

 研究大会の副題を「サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーションの実現」とした。しかしこの副題をもって基調講演をする力量を残念ながら持ち合わせていないので,研究大会の趣旨を念頭におきつつ,私自身の専攻分野である特別支援教育とその関連領域から話題を設定したいと思う。一つは総合リハビリテーション研究大会に私がどのようにかかわってきたか,二つに特別支援教育について東京都におけるインクルーシブ教育の構築とその課題について,三つに特別支援学校の卒業生の社会参加について就業促進の成果と福祉進路をめぐる東京都の課題について述べる。

1. 私の実践研究と学び

 私がこの研究大会に関係するまでの経過や関係者との交流から学んできたことを最初にふり返りたい。私は大学教員として障害児教育(現在では特別支援教育)の教員養成や社会福祉の従事者養成の仕事に従事してきたが,1981年の国際障害者年が私のキャリア形成にとって重要な転機になった。国際障害者年の長期行動計画の作成について,当時の全日本手をつなぐ親の会から委員として参画してほしいという要請があったこと,さらに,親の会の推薦で1983年に発足した国際障害者年日本推進協議会(現在のNPO法人日本障害者協議会)の政策委員になったことなどがあり,日本障害者リハビリテーション協会の関係者との交流がはじまるきっかけになった。
 親の会の長期行動計画作成委員会においては,知的障害者の就労と社会参加の課題の担当委員を委嘱されたので,間もなく養護学校(現在の知的障害特別支援学校)における進路指導や職業教育の実践研究に関係し,日本障害者雇用促進協会(現在の独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)や厚生労働省の関係審議会・研究委員会等の委員を委嘱される機会にもめぐまれた。こうして東京都における文部省の委託研究「盲学校・聾学校及び養護学校就業促進に関する調査研究」(1999・2000年度),同じく文部省の委託研究として,この調査研究を継承した全国特殊学校長会の「教育と労働関係機関等が連携した就業支援の在り方に関する調査研究」(2001年度)に参加し,2003年度から国の障害者基本計画に位置づけられた「個別の教育支援計画の策定」の提言に関係することになった。生徒の主体性を尊重する学校から社会への個別移行支援計画に,2001年に採択されたWHOの国際生活機能分類(ICF)の考え方を活かすことが,私たちの現在の研究課題であると考えている。
 次に現在の段階でもっとも遅れている小学校,中学校の通常学級に在籍する知的障害のない発達障害の児童・生徒の特別支援教育の体制の整備について言及したい。

2. 発達障害のある児童生徒の通常学級における支援

 2007年度から改正学校教育法の施行により,全国の幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校において支援体制整備が進められている。ここでは学校長が責任者になり①発達障害を含む障害のある幼児児童生徒の支援を行うための校内委員会の充実,②校内委員会の推進役である特別支援教育コーディネーターの専門性の向上,③個別の指導計画の作成,個別の教育支援計画の作成の推進等が課題とされている。幼稚園,高等学校における体制はまだ遅れているが,小学校,中学校においては,特別支援学級の教育と通級による指導が特別支援教育のシステムとして実施され,次の課題解決に進もうとしている。  東京都では特別支援学級と通級による指導のシステムを活用しながら,通常学級における発達障害児の支援の方法(特別支援教室モデル事業)を2011年度から計画的に実施してきた。このシステムは3層からなり,土台になる第3層は自閉症・情緒障害特別支援学級(児童生徒の学籍を支援学級におく)で,通級による指導では支援が困難な発達障害児を受け入れる。
 第2層は通級指導学級で巡回指導の拠点(拠点校)になり,ここから通級指導教員が巡回指導にあたる(ここでは通級指導が必要な児童生徒の支援をも行う)。
 新しい試みである第1層はすべての小学校と中学校に設置する特別支援教室で,巡回指導教員が在籍校の発達障害児のニーズに応じた個別指導を必要に応じた形態で行い,担任等への相談,助言にも当たる。
 この方式は,これまで通級指導教室が設置されていない学校の生徒が他校の指導教室に通う負担(特に保護者の付き添いの負担)をなくし,通常学級に在籍するすべての発達障害のある児童生徒のニーズに応じることができる。体制が整った地域(区市町村)の小学校から2016年度から実施し,2018年度までにすべての小学校に実施する予定である。中学校には2018年度から導入を実施し,2021年度までにすべての中学校に設置するように目指すとされている。

3. 多様な教育の場を連続的に用意し,インクルーシブ教育を推進する

 小学校,中学校の通常学級に在籍する発達障害児に専門教員が巡回し,特別支援教室として支援にあたるシステムは,今まで文部省のモデル事業として試行されてきたものである。したがって,東京都の取組は多様な教育の場を用意し,インクルーシブ教育を推進する今後の特別支援教育の方向を明確に示すものである。
 日本と米国や英国における障害児の全員就学の過程を比較すると大きな違いがある。
 米国は全障害児教育法により1975年に全員就学を実施したが,今まで就学義務を免除されていた重度な知的障害児や重複障害児のみならず,知的な障害のない学習障害児(LD)をも障害種別に加えた改革であった。障害の重い子どもには必要で最適な教育の場が用意されるべきであるが,なるべく障害のない子どもと一緒に学ぶ制約が少ない環境(most restrictive environment)で支援が用意されるべきであるという理念に基づく,多様な教育の場を連続的に提供するシステムである。通常学級における学習障害(LD)等の知的障害のない発達障害児への取組が米国ではこの時期に始まったのである。
 イギリスは1971年に全員就学を実施したが,すぐに教育審議会を設け,その報告書に基づき,1981年より一人一人の特別なニーズに応じた教育(special needs education)への制度転換を図った。
 日本ではspecial needs educationを特別支援教育と翻訳し,2007年度から改正学校教育法を実施し,特殊教育から特別支援教育へ制度の転換を図り,漸進的にインクルーシブ教育への改革を図っているのである。(注)
 したがって,東京都の取組は小学校と中学校段階での特別支援教育の新しい展開として注目すべきであるが,課題もまた多い。巡回指導教員の専門性の向上はもちろんであるが,支援を必要とする児童生徒は多く,その養成も大きな課題である。また相談支援の充実のために医師,心理職,スクールソーシャルワーカーの活用と連携,特別支援学校のセンター的機能の発揮など,総合的リハビリテーションの視点からの取組が求められる。

4. 東京都における特別支援学校高等部における卒業生の就業促進への期待

 日本においては高等学校に特別支援学級等のシステムがないので,知的障害がある生徒は特別支援学校の高等部に進学している。少子化にもかかわらず,知的障害高等部の在籍生徒は毎年度漸増している。
 私たちは保護者の意向が特別支援教育の成果に期待している結果であると考えている。例えば,企業との強い協力関係に加え,東京都教育委員会と厚生労働省の東京労働局(ハローワークを含む)との連携が確立しているので,個別の教育支援計画(高等部3年生では移行支援計画)の作成と実施により,企業就職者が毎年漸増している。先述した文部科学省の委託研究による就業促進研究の成果が活かされている。
 2016年3月の都立知的障害特別支援学校卒業生の46.5%(全卒業生1,512人中701人)が就職した。この実績の中で明らかになったことは,障害手帳の等級の重度判定と働く力は相関しないことである。言葉の使用が不得手である愛の手帳2度の卒業生で企業就労している人は少なくない。
 2018年度からの精神障害者の雇用義務化により,法定雇用率が現行2%からさらにアップするので,私たちは50%以上の就職率の実現を期待している。学校を含め,関係機関と企業との連携はほとんどシステムとして機能しているからである。一例として,都立知的障害特別支援学校高等部は29校(障害種別合計すると52校)あるが,これらの学校を23区3ブロック,多摩3ブロックに分け,複数のハローワークがブロック内のセンター機能を発揮し,また,雇用経験を積んでいる企業の現・元支援者が嘱託の就労支援アドバイザーとして進路指導教員に協力し生徒の実習先企業の開拓にあたっている。

5. 重度な障害をもつ卒業生の社会参加をめぐる課題

 東京都の福祉サービスにおける現在の大きな課題は,障害保健福祉圏域による行政システムをとっていないことにある。周知のように,障害者総合支援法のサービスの利用については区市町ごとに窓口があり実施されている。特別区である23区と多摩地域の市町村の財政規模には大きな差があり,福祉資源の差にも反映している。他県に見るように圏域行政があれば,自立支援協議会は市町村のみならず圏域においても設置されているので,広域的な支援の工夫や調整が可能である。ある圏域が他の圏域に比べ,重度障害のある卒業生の進路先である生活介護の定員が不足しているとなれば,県が調整の責任をとることは自明である。先述したように多摩地域には北多摩,南多摩,西多摩の3ブロックがあるが,東京都における福祉進路の開拓はこのような広域ネットワークが機能しないのである。
 多摩地域には肢体不自由特別支援学校の数も多く,卒業生の進路先である生活介護等のデイケア・サービスの定員が限られている。重症心身や重度な肢体不自由の生徒の福祉進路の開拓は,学校ごとに学区域内の市町村の社会福祉法人等が経営する生活介護等の事業所にあたる以外にはなく,大きな負担を抱えている。第39回研究大会のテーマとして,サービスの利用者にとって「地域中心」という理念の具体化を求めている。圏域行政を採用していない東京都においては,広域的な観点から地域格差の是正が求められている。

(注)中央教育審議会初等中等教育分科会答申「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(2012年7月)において,学級定員規模では日本の平均は小学校28.5人,中学校32.9人で,OECD諸国の平均それぞれ21.4人,23.5人と比べ,日本は最も規模が高い国の一つであること,また公財政における教育支出(GDP比)では,OECD諸国平均3.5に対して日本は2.5にとどまることなど,国際比較を引用している。日本より国際化が進行している欧米では,学級規模の縮小は教員の負担の軽減を意味する。国際化によるダイバーシティへの取組と発達障害児童生徒への支援とは密接に関係している。


主題・副題:リハビリテーション研究 第170号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第170号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第46巻第4号(通巻170号) 48頁

発行月日:2017年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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