特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション-第39回総合リハビリテーション研究大会報告- シンポジウムⅠ 共生社会の実現のために~総合リハビリテーションの発展に期待する~

特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション
-第39回総合リハビリテーション研究大会報告-

シンポジウムⅠ
共生社会の実現のために
~総合リハビリテーションの発展に期待する~

【基調提言者】
村木厚子(前厚生労働省事務次官)

【高齢者領域の提言者】
樋口恵子((特非)高齢社会をよくする女性の会理事長)

【障害者領域(福祉サービス及び職業リハビリテーション)の提言者】
髙井敏子((社福)加古川はぐるま福祉会理事長,(特非)全国就業支援ネットワーク前代表理事)

【当事者としての(バリアフリー論を含む)提言者】
齊場三十四(佐賀大学名誉教授,(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構「働く広場」編集委員)

【指定討論者(リハビリテーション医学,ICFモデル等の視点を含む)】
大川弥生((国研)産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター招聘研究員)

【コーディネーター】
田中雅子((公社)日本介護福祉士会前名誉会長)
松矢勝宏(東京学芸大学名誉教授,目白大学客員研究員)

松矢 勝宏
第39回総合リハビリテーション研究大会実行委員長 東京学芸大学名誉教授

要旨

 シンポジウムⅠは第39回研究大会の目的とプログラムの内容全体を包みこむかたちで,総合リハビリテーションの発展への期待を,①基調提言として厚生労働行政に長く携わってこられた前行政官の立場から,②高齢者福祉の研究と評論の第一人者の立場から,③障害者福祉と就労支援の現場における全国的なリーダーの立場から,④当事者であると同時にソーシャルワーク実践とバリアフリー論研究で活躍されている立場から,最後に提言全体をICF研究の立場から指定討論者として加わっていただき,会場全体で将来に向けての課題の共有化を試みた。

1. 共生社会の実現のために総合リハビリテーションの発展に期待する 村木厚子

 特別講演の熊谷晋一郎先生の非常に刺激的なご報告があって,当事者研究というご自身のところからスタートして今日の総合リハビリテーションの課題というところに迫っていかれた。私はそれと真逆な立場というか,日本は,あるいは日本の社会はどうなっているのか,社会保障はどうなっているのかというところからアプローチしたい。避けて通れない少子高齢社会の問題がある。まず少子化進行と人口減少社会の到来のグラフを見て認識を共有したい。
 一番左の高い山は団塊世代が生まれたところ(第1次ベビーブーム)。その次の山は団塊世代が親になった第2次ベビーブーム,そして右に出生児が急速に減る時代に向かう。しかし第3次ベビーブームが起きず,親の数がどんどん減っているので,少しぐらい出生率が改善されても,人口は減り続ける。一番深刻なことは生産年齢人口が減ること。今は3人の生産年齢人口で1人の高齢者を養う。私が生きていれば105歳という2060年には,1人で1人の高齢者を,となる。
 残念ながら2030年の生産人口はもうすでに全員生まれていて,今さら増やせない。そうすると,このグラフの中で変えらない未来と,変えられる未来がある。変えられる未来はどうか。生産年齢人口で見れば,働く力があっても活かすことができていない人がたくさんいる。まず生産年齢にあって働きたいのに働けない女性。働く力があるのに雇用されてない障害者。さらに65歳以上の高齢者。これらの人々のパワーを想定するとグラフが違ってくる。生産年齢を75歳で切れば,1人で1人が,2人で1人ぐらいに変わる。2110年の生産年齢人口は皆これから生まれる人。この国を,若い次世代が家族を持ちたいという望みを叶える国にする。このように考えれば将来は変えられる。
 もう1つのグラフは「一般会計歳出と税収の推移」で「ワニの口」というニックネームがついている。上の方の赤い折れ線が国の一般歳出,下の青い折れ線が国の一般会計の税収。出ていくお金が入ってくる金よりも圧倒的に多い完全な赤字会計。この差額は私たちの子どもや孫へのつけ回しになる。この解決が現在の政策課題である。解決策は二つある。一つは税金や社会保険料を納める「支える人」を増やすこと。二つには支出をコントロールし内容のよい社会保障を実現すること。
支える人を増やす。女性がもっとも大きな供給源である。樋口先生はさぞかしお怒りになったと思うが,日本が女性活躍ランキング世界144カ国中また落ちて111位,これはどうしたことか。このランキングを出している事務局に問い合わせたら,日本はよくなっているが,世界の方がもっとスピードが速く進んでいるとのこと。女性活躍といった言葉ではなく,働き方改革,女性を含めてみんなが活躍でき,働ける国にしていこうと踏み込めば日本の順位はぐっと上がるはず。日本の女性は健康で寿命も長い。教育水準も高い。それなのにそのパワーを使っていない。
 高齢者パワーについて。日本で一番のボランティア貢献者は70代男性。しかし地域の中で非常に孤立しているのも一人暮らしの男性の特徴。いつまでも働きたい。多くの日本人の強い考え方といえるが,働き方をもう少し工夫してほしいという希望がある。この間,すごい実例を秋田県藤里町で見てきた。シルバーバンクの上を行くプラチナバンクといい,希望によって4段階の求職登録票があって,デイサービスを利用している人も自分がしたい仕事に登録できる仕組み。統計資料でも高齢者の就業率が高い県ほど医療費支出が低くなることが実証されている。生涯現役にかなう健康施策はない。
 障害者については,雇用者数は12年連続で過去最高とされているが,18歳以上65歳未満で324万人といわれる障害者のうち企業雇用者43.5万人,福祉就労の場で働いている人21.6万人という現状。生産年齢人口がこれだけ減るなかで,日本にはまだ活躍できている人は限られている。全員参加の観点と一人ひとりに合った活躍の場をどこまで探せるかが大事だ。
 次に支出をコントロールする。マクロな見方で高齢者の場合,まず医療について病床の役割分担と連携。いろいろな医療機能が必要だが,地域でそれぞれ分担し連携する。特に介護では,医療と介護と住まいと生活支援と,さらに介護予防が地域で連携するという発想。介護の世界もプロでないとできないことと近所の支えでうまくできることがある。介護の世界を高齢者に応援してもらう。このような動きは子どもや生活困窮者の福祉にも同じように起きている。私が大切にしている社会保障審議会「生活困窮者支援の在り方に関する特別部会報告書」の概要を示す。「4つの基本的視点」と「3つの支援のかたち」。孤立していると困難はいろいろと重なりやすい。4つの基本的視点では,まずその人の自立についてはその人の尊厳と主体性を重んじること,子どもについてはどのような家庭で育っても差別をしてはならないこと,地域,人とのつながりで承認されているという実感の中で主体的な参加を可能とすること,そして支援する制度そのものが社会から信頼されていること。支援の3つのかたち。まず包括的な支援・縦割りでない一人ひとりのニーズに沿った支援,次に早期のアウトリーチによる継続的支援,そして分権的・創造的な支援。多様な地域の資源を活かしその地域ならではの支援をつくり,行政がしっかり支える仕組みづくり。これらは総合リハビリテーションの在り方と共通する考え方と思う。

2. 高齢者福祉の領域から 樋口恵子

 まずは人生100年時代の到来ということ。今年の発表で6万5692人の方が100歳以上。私は今84歳。20年前から人生100年時代に言及してきたが,政府関係の文書でも使用するようになった。100歳人口が10万人を超えたら,と考えている矢先に相模原事件が起きた。弱者がリスクを感じる社会はあってはならない。だれもが障害をもつ時期があることを自覚し,差別意識をなくし,だれひとり置き去りにしない社会をつくるべきだ。
 91歳要介護4の認知症の男性が85歳の妻がまどろんだ間に外出し鉄道事故で亡くなった。東京に転勤している長男が近くに借家し,妻が老いた両親の世話をしていた。でも事件が起きてしまった。飛び込み自殺としてJRによる賠償訴訟になり,最高裁までいったケース。この裁判の間にも別な事件。妻が外出している間に認知症の夫がライターを使ってボヤになった。隣家が訴訟を起こしたケース。また最近では,87歳の男性が規則正しく登下校している児童の列に車で突っ込み,小学校1年生の男子が亡くなった事件。診断したら認知症だったというケース。すべて,いつでも,どこでも起こりうる事故,事件。私たちはこのような訴訟事件をフォローし解決策を考えざるをえない。
 人生100年時代には新たな問題がたくさん起きてくるに違いない。家族が少なくなる時代。ファミリー・レスで「ファミレス社会」。ケアを要する人とその時間の増大。そしてケア可能人口の縮小。私たちは地域に頼るしかない。しっかりした地域をつくっていくしかない。家族が支える時代から,家族でなくても支え合う社会,だれひとり置き去りにしない社会をつくることだ。

3. 障害者の雇用と就労 高井敏子

 わが国では障害者権利条約の批准と発効があり,それに先だって障害者基本法の改正,障害者総合支援法の成立,障害者雇用促進法の改正,障害者差別解消法の成立等の整備があった。このような動向の中で当事者の方々も働きたい,働き続けたい人が増加している。村木さんのご指摘のように,もっと多くの障害者の雇用を図るためには,制度の活用のみならず充実が課題になる。
 福祉から雇用への移行の実現はこの間の改革の大きな成果。平成15年度を1とすると26年度で8.5倍増(10,920人)。しかし課題も多い。移行支援で就職者0の事業所が37%もある。移行の実績が上がれば定員割れになり利用者確保と定着支援の負担が増える。安定経営の仕組み対策が急務。A型事業所は福祉サービスとして支援を受けながら雇用契約を結ぶ新しい働き方だが,課題がある。平均賃金は平成18年度で11万円台が27年には6万円台へと低下。A型事業所への移行をハローワークは就職実績としている。企業就職が可能な人が安易にA型に誘導されては困る。B型事業所の工賃は平成18年度1万222円から26年度1万4838円に改善された。B型事業所でも専門の就労支援員配置により企業就労移行者は増えるはず。障害保健福祉圏域に1か所設置される障害者就業・生活支援センターは福祉,保健,教育,労働をつなぐ拠点で,その役割へのニーズがとても高い。しかし,事業は単年度委託で財政基盤も脆弱。利用者の増加・業務量に見合う制度設計の見直しとマンパワーの充実が必要である。
 次に障害者の雇用施策。いわゆる精神障害者の雇用義務化が平成30年度から実施される。医療機関へのPSWの必置,報酬加算等による就労移行を図ることの検討。ITを使った在宅就業や多様な働き方・柔軟な働き方の導入や20時間未満の短時間労働について制度上の検討を図る。

4. 当事者の立場から 齊場三十四

 私はソーシャルワーカーとして福祉現場で長く仕事をした後に大学医学部の教員になり,医師養成やPT・OT等の教育にも携わってきた。最近,とても理解できない福祉の状況や障害者をめぐる社会現象に憤っている。かつては障害者手帳の取得に時間がかかった。それを最大限に短縮し,なるべく早く働いてもらった。しかし今では,多くの障害者は介護の対象。医師,PT,OTは皆そう思っている。病院は診療報酬に縛られ,必要な連携に時間がとれず,就労や雇用の支援につながらない。私は同志と一緒に総合リハビリテーションの必要性を訴え,駅や公共施設のバリアフリーを求めて運動し,貢献したいと努力してきた。障害者のプライドから,満65歳を超えると障害者福祉でなく介護保険だという考え方に訂正を求めたい。
 信じられない事件。盲道犬刺傷事件,白杖をもつ通学中の視覚障害女子生徒の蹴倒し事件,そして津久井やまゆり園事件。格差社会で優位と劣位に分けるソーシャルネグレクトが蔓延。新型出生前診断NIPTに関しても同様な危惧を抱く。このような社会状況の中で,医師養成のカリキュラムから福祉系科目や人文社会科学系科目が縮小される傾向にある。総合リハビリテーションの将来を懸念する。
 交通バリアフリーを当事者の視点で見る。無人駅の増加はバリアそのもの。新幹線E700系や九州新幹線800系の手すりは握りづらい。新山口駅はバリアフリー化されているが,在来線の新型特急は床面がホームから25センチも上にある。デンマークは列車の方からベロが出る。日本ではまだ富山でしかないが,欧州ではLITが普及し,バスと一体的な公共輸送体系ができている。日本のバスのノンステップ化は全国平均で約47%,九州では約16%,地域格差が大きい。

5. 指定討論からまとめへ

 大川弥生さんに指定討論をお願いし,シンポジウムの結びを誘導していただいた。リハビリテーションは機能回復訓練ではなく,人間の尊厳,権利,名誉の回復が本来の意義。あえてお許しを得て村木さんを例にとれば,権利も名誉も妨げられた時期がおありだった。そこから戻られ名誉を回復された。それがリハビリテーションの本来の意義。今の社会状況の中で障害をもつことで,人間らしく生きることを妨げられる状態になれば,ご本人が専門家と一緒に考え対応することで新しい生き方ができる。日本障害者リハビリテーション協会が全人間的復権という目的を掲げる由縁だ。リハビリテーションの仕事には多様な分野,専門職種がある。専門職が協力し総合的にリハビリテーションを発展させるために共通言語が必要,考え方を共有するツールが必要。そこでWHOの国際生活機能分類ICFを使うことを提案してきた。
 大川さんはこのような切り口で,ICFモデルを参加者にわかりやすく解説。まず一つ生活機能として参加,活動,心身機能,二つに生活機能に影響を与える生活機能モデル,まず健康状態,病気やケガ。さらに環境因子と個人因子がある。これらが相互,双方向に生活機能に影響する。影響は機能を促進するプラス面と低下させるマイナス面がある。かつては病気やケガによる心身機能の障害が活動の制限を生じさせ,社会生活への参加を制約するという一方向で考えてきた。まだこの考え方が根強くある。しかし環境因子が働くことで,プラスとマイナスの両方向に作用する。大川さんの従事した中越地震,東日本大震災の被災地調査がICFモデルの正しさを実証した。震災で福祉の制度も人材を含めサービス資源がすべて壊滅。市民は職業や日常生活の拠り所をすべて失った。市民は生活必需品をもらうだけの生き方を長期間強いられた。環境因子の激変で市民の様々なレベルでの社会生活への参加が激減し,市民の生活行為・活動に影響し,心身機能の低下という生活不活発病を多発化させた。
 したがって総合リハビリテーションの個別支援計画では,まず本人が希望する生活や活動への参加を傾聴し,環境因子である支援方法を専門職員が工夫し,また専門職員間で連携し,その希望の実現を本人の参加によって図る。村木さんはご自身の体験が,大川さんが示した本来のリハビリテーションそのものであり,プロである有能な弁護士の力,家族,多くの支援者の励まし無しには自由の回復は実現しなかったと述べた。またコーディネーターの田中さんは,主婦の再就職の英訳でかつて苦労したが,リハビリテーションしかないと,働く権利の回復という意味であることを今あらためて納得した,とまとめられた。


主題・副題:リハビリテーション研究 第170号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第170号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第46巻第4号(通巻170号) 48頁

発行月日:2017年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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