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障害のある当事者が参加する災害準備活動
-京都市向島ニュータウンにおける取り組み-

吉村夕里1・黒多健2・佐藤雅裕3・平田義4・矢吹文敏5

(1)向島ニュータウンと災害

向島ニュータウンは、かつて存在した巨椋池と呼ばれる広大な淡水湖の干拓地に造成され1977年に町開きした。京都盆地の中でも低地であり、度重なる水害に見舞われてきた。そのため、住民の災害に対する不安は強く、災害時要配慮者への対応も課題であった。実際、宇治川が決壊すれば3階付近まで浸水すると言われており、1階の身体障がい者住宅の住民は「死ぬしかない」と諦観している状態であった。

同地域では平成28年度末に策定された京都市の「向島ニュータウンまちづくりビジョン」に基づき自治連合会、事業者、大学、行政等が参加する「推進会議」が設置されており、取組毎にワーキンググループが組織されていた。その一つである「暮らし安心WG」では障害者、高齢者、中国帰国者等の地域課題に関わる取組と、住民間の交流を目的とした「にじいろプロジェクト」の取組が実施されている。この背景には、障害者や中国帰国者等には自治会の役が任されない、地元で実施される避難訓練に参加しにくいという現状への問題意識があった。しかし、「にじいろプロジェクト」や「自主防災会」の代表を障害当事者が務める等の機運があり、ワークショップを開催することとなった。

ワークショップ(2018年9月9日)のチラシ

2)障害のある当事者と住民が共同して進める災害準備のためのワークショップ

ワークショップは、国立リハビリテーションセンターの北村弥生氏と、自立生活センター「自立の魂(じりたま)」の障害当事者スタッフの小野和佳氏を招いて、「にじいろプロジェクト」「二ノ丸自主防災会」「向島まちづくりビジョン暮らし安心WG」「京都文教大学ニュータウン研究会」「京都市南部障害者地域生活支援センターあいりん」の共催で2018年9月9日に愛隣館研修センターにおいて実施した。また、京都府災害派遣福祉チーム(京都DWAT)や、地元自治組織等の協力を得た。

事前準備として、災害準備カード作成のためのアセスメント面接をモデル事例の障害当事者、関係者、北村氏で行うとともに、居住環境のビデオ撮影を行い、ワークショップ当日に上映した。当日は障害当事者、地元住民、関係者、大学教員ら50名が参加。

午前中は北村氏の講演と小野氏の報告、次いで防災食の試食を挟んで、京都DWATの取組の報告を受けた。午後は3人の障害当事者をモデル事例として、個別避難計画作成のためのグループワークをバズセッション方式で実施した後、全体会で振り返りを行った。

グループワークは誰が主催者か参加者かが不明な和気藹々とした雰囲気であったが、今回はモデル事例のうち、一人暮らしの知的障害者女性(以下:本人)について報告する。

(3)知的障害者のモデル事例から

グループワークで印象的だった事柄の一つ目は、事前準備の段階から、災害時の不安や気がかりがモデル事例から積極的に出されたことである。

本人からも「ヘルパーから金銭管理のための指導を受けているので、持ち出しバッグのグッズを購入しづらい」という趣旨の訴えがあった。

二つ目は、命や暮らしに関わる話題は、障害の有無を問わず住民同士の接点や共通項が多いため、傾聴や対話の姿勢が互いに促されたことである。

本人の話題が脱線したり迂回したりした際も、支援者の誘導に沿って、本人も努力して本筋に戻そうとしていた。その流れを参加者が見て、話題が本筋に戻ってから意見や提案が述べられていた。

三つ目は、モデル事例になることへの意味づけに、各々の性格、家族構成、社会的な役割や障害特性の違い等を反映した個性が見られたことである。

本人にとって、モデル事例になることは自分の暮らしや嗜好に対して参加者から興味をもってインタビューされる機会であり、グループワークという舞台で主人公として振る舞えることでもある。しばしば話が本筋から離れて迂回することはあったが、総体としては進行に協力的で「演歌を歌いたいが終了まで我慢する」という自己抑制が出来ていた。ちなみに終了後は無事、演歌を参加者の前で歌われていた。

グループワークの写真グループワークの写真

知的障害のある人が参加しやすい条件としては、①視覚資料作り(自宅映像)、打ち合わせ(災害準備カード作成のための合同アセスメント)、グループワーク実施(個別避難計画作成)というプロセスに当初から参加できる、②自分の話を「通訳」できる支援者や仲間が傍にいる、③馴染みの場所での実施、③内容、時間配分等の大まかなルールが決められた半構造化されたグループワーク、④本人に焦点が当たる時間と、参加者の意見交換に焦点が当たる時間が明確、が挙げられる。

グループワークでは本人から「(自宅からの避難の際)ブレーカーを落とそうとしても手が届かない」「避難所で大声を挙げ、寝言を言うかもしれない」「避難所にどうやって行くのか」といった不安が出され、参加者から「ブレーカーは棒や傘を使って落とす練習をすればどうか」「自分の気持ちが落ち着くグッズを持ち出しバックに入れて避難所に行けばどうか」といった提案が出されたり、「住民の集合場所の確認のため、次回の防災訓練に参加するように」との情報が示されたりした。また、地元の防災会の住民から「学校に交渉して体育館だけではなく教室も提供してもらう必要がある」といったトランジションスペースを確保するための課題が示されたりした。

防災等、命や暮らしに関わる事柄の検討では認知障害を理由として知的障害者に対して「個別避難計画の作成に参加するのは無理だろう」「一斉防災訓練に参加させればいいだろう」と決めつけるのではなく、本人にとって参加しやすい方法を検討していくべきだと思われる。今後は、個別避難計画を作成するという「個」に対する取組を高齢者や中国帰国者にも拡大していくことと、一斉防災訓練等、「全体」に対する取組との連携を図っていく必要が感じられた。

1京都文教大学 臨床心理学部 教授(2018年度 京都文教大学COC事業 地域志向教育研究 ともいき研究障がい当事者のリソースを活用した教育とまちづくりに関わる実践的研究 代表)
2「にじいろプロジェクト」代表
3「にじいろプロジェクト」事務局(社会福祉法人イエス団 京都市南部障がい者地域生活支援センター「あいりん」相談支援専門員)
4社会福祉法人イエス団 京都市南部障がい者地域生活支援センター「あいりん」所長
5日本自立生活センター 代表