アメリカ ADA法(障害のあるアメリカ人法)
-その成果と課題-
The Americans with Disability Act: Accomplishments and Challenges
アメリカADA法:到達点と課題
リチャード・ K・スコッチ
米国テキサス大学教授
(社会学・公共政策学)
障害と差別
障害者が直面する多くの障壁(バリア):
- 平均以下の労働参加率
- 低い収入
- 適切な教育を得ることの困難
- 公共サービスが利用できないこと
- 施設化
- スティグマと偏見
建築、技術、雇用規則が「普通」の人のために設計されている - 人々の多様性に対応していない
周辺化(差別・偏見等)への対応
- 米国における、障害者の社会運動
- 目標:人々の態度と行動を変えること
- 手法:社会的啓発、法制度の変革
- ろう、盲などの当事者グループの結成
- 傷痍軍人、失業者、障害児の親など、同様な経験を持つ人たちのグループの結成
- 1960年代に、障害種別を超えた団体の結成
米国の障害者権利運動への対応
各州で差別禁止に関する法令が出来る
1973年のリハビリテーション法
- 対象は、連邦政府の補助金受給機関・団体
- 障害者の定義が広がる
- 合理的配慮が求められる
- 全国的な抗議運動によって、1977年にようやく実施
さらに強力な新たな法令が必要とされた
障害をもつアメリカ人法(ADA)
- 議会の圧倒的多数で可決
- 1990年にブッシュ大統領の署名により制定
- 幅広い障害の定義
- 機能障害
- 過去の障害
- 障害があると見なされること
- 差別の禁止
- 民間での雇用
- 公共の施設
- 州・地方政府
- 情報コミュニケーション
障害の社会モデル
- ADAは障害の社会モデルに基づいている
- 医学モデル: 障害(ディスアビリティ)は機能障害(インペアメント)の結果であり、能力が低下することの原因となる
- 社会モデル: 障害は、機能障害と社会的・物理的環境の相互作用の結果である
- ADAは、多様な人々に配慮するよう環境を変えることによって、障害者を支援する
狭義と公義のADAの影響
- 狭義の影響:
- 個人に対する合理的配慮を求めること
- 広義の影響:
- エンパワメント
- 社会の態度の変化
- 幅広い分野でのインクルージョンの推進
- 総合的なサービス制度の創設
ADAの短期的な影響
- 監視(モニタリング)あるいは実施に充当された資源は多くはなかった
- 一部自発的に遵守されたのみ
- 多くの人をADAによる保護の対象外とする裁定によりインパクトが限られた
- 判事が障害についてステレオタイプ的な見解を表明
- 障害の軽減因子の役割-機器や医療
- 障害者は働けないと判事は仮定
- 支援を求める訴えの多くが却下された
- 劇的な変化ではなく、少しずつの変化
2008年のADA改正
- 否定的な判決への対応
- ADAで保護される障害について幅広い定義の再主張
- 議会で可決され、ジョージ・W・ブッシュ大統領が署名(選挙年であった)
- 2009年1月に施行
ADAの長期的な影響
- 障害者への偏見は根深い
- 障害者の参加を阻む、多くの構造的な障壁がある
- ADAの恩恵を受けているのは、主として恵まれた境遇の、よりよい教育を受けた障害者と思われる。
ADAと社会の変化
- ADAの成立後、社会が障害者をより多く受け入れるようになった
- 参加を阻む障壁が、ゆっくりではあるが、少しずつ取り除かれている
- これらの変化はADAが引き起こしたものか? ある程度は
- しかしながら、多くの障害者は、なおアメリカ社会から疎外されて生活している
障害者のために変化をもたらすものはなにか?
- 障害者・支援者間の政治組織づくり
- 障害をもたらす障壁に焦点を当て、それらを取り除く継続的な運動を行うこと
- 個々の違いに配慮する、より柔軟な環境を作ること
- テクノロジーはそのために役立つかもしれない
障害者権利条約に役立つADAの教訓
- 障害者権利条約は大変重要だが、それだけでは変化をもたらすのに十分ではない
- 障害者による組織づくりや、長期にわたる政治活動が必要
- 私たち抜きに私たちのことを決めるな
Nothing About Us Without Us