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高等教育機関における合理的配慮を求めて
―日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)の取り組み

筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 白澤麻弓

連携大学・機関地図

 大学や短期大学等の高等教育機関(以下、大学)で学ぶ聴覚障害学生を取り巻く現状は、ここ10年あまりの間に大きく様変わりしました。大学がボランティアの学生を募集して、ノートテイクやパソコンノートテイクの技術を教え、支援者として授業に配置していくといった取り組みも珍しいものではなくなりましたし、学内に障害学生支援のための専門部署を設置したり、専門のコーディネーターや教員を配置したりする大学も増えてきました。また、平成28年4月の障害者差別解消法施行に向けて、学内体制を充実させようと努力している大学も多数あり、今後ますます注目すべき分野になってきていると感じています。と同時に、未だ支援に着手できていない大学が残されているのも事実で、支援の拡大と質的向上に向けて、一層の努力が求められるでしょう。
 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(The Postsecondary Education Programs Network of Japan; 以下、PEPNet-Japan)は、このような大学の現状に対し、聴覚障害学生支援のノウハウを伝えるとともに、より質の高い支援の提供に向けて全国の大学に働きかけていくために立ち上げられたネットワークです。法律の施行により、今後さらに役割が高まりつつあるネットワークですが、本稿ではこうしたPEPNet-Japanの活動について紹介します。

1.PEPNet-Japanの設立と活動内容

 PEPNet-Japan が設立される前、2000 年代初頭の日本では、冒頭に述べたような大学の手による支援が徐々に広がりを見せてきた時期でした。障害学生支援委員会等の全学的組織を立ち上げる大学が増え始め、ちょうど聴覚障害学生の自助努力による就学から、大学が主体となった支援体制の整備へと、大きなパラダイム転換がはかられようとしていた時期といえるでしょう。しかし、支援に取り組み始めた大学同士の情報交換の場がなく、支援担当者は、皆、孤軍奮闘していたときでもありました。一つの大学でクリアできた課題があっても、他の大学ではまだ同じように悩んでいる、これら大学同士が遠隔に情報交換ができれば、どれだけ日本の障害学生支援は進むことだろう、そんな風に感じていた支援担当者も多かったことでしょう。
 一方、聴覚障害学生支援の先進国といわれるアメリカでは、PEPNet(The Postsecondary Education Programs Network)とよばれる聴覚障害学生支援のための高等教育機関間ネットワークがあり、連邦政府による支援を受けて運営がされていました。ここでは、全米を4つの地域に分け、それぞれ拠点とする大学に地域センターが置かれ、ここを中心に各地域の大学に対して支援ノウハウを広げていく取り組みがなされていました。こんなアメリカのPEPNetの取り組みをモデルとして、日本の中でも聴覚障害学生支援に関するノウハウを広めていこうと2004年に設立されたのがPEPNet-Japanです。
 設立当初は、連携大学・機関の中にある支援ノウハウを教材などの形でまとめ、教材配布や研修会の開催といった形で全国の大学に普及を図る、いわば「まとめる活動」を中心に行ってきました。その後、一定の知識ノウハウが広まった段階で、次は連携大学・機関でも解決できていない問題について研究的に取り組み、自らノウハウを「生み出す活動」をするようになりました。そして、現在はこうした活動を一方で続けながら、より実践的に「現場を変える活動」を進めています。
 これまでの活動成果については、PEPNet-JapanのWebサイトをご覧いただくこととして、ここでは直近のプロジェクト期間(2012年4月~2016年3月までの4年間)に行ってきた活動について説明をしていきたいと思います。

1)地域ネットワークの形成支援と支援情報データベースの構築

 これまでPEPNet-Japanでは、全国に23ある連携大学・機関間の連携体制を深めるため、さまざまな情報交換等を行ってきました。しかし、全国の大学における支援体制底上げのためには、地域の個々の大学が有機的につながり、日常的に情報交換ができる体制の構築が必要です。このため、PEPNet-Japanでは全国各地の連携大学・機関を中心として、それぞれの地域における大学間ネットワークの構築に取り組んできました。2014年度から開始し、これまでに関西、東北、北海道、東海と順に体制構築を支援し、2016年度は沖縄地区におけるネットワーク構築をサポートしました。いずれの地域も1年間の支援のあと、自律的に連携ネットワークを運営していて、今後も活動の充実が期待されています。
 また、こうした地域における情報交換をスムーズに行うための情報として、それぞれの大学における支援状況(聴覚障害学生数、授業支援の状況、担当者連絡先等)を共有できるようなデータベースの構築も進めています。現在、3月末の完成を目標に作業を進めているところで、全国の大学の皆さんに情報登録をいただいた後で、広く一般に公開する予定です。

第2回情報交換会の様子

2)東日本大震災における支援経験を活かした遠隔情報保障支援ネットワークの構築

 2011年3月に発生した東日本大震災では、東北地区の大学も大きな被害を受けました。この際、PEPNet-Japanでは東北地区の大学の授業音声を全国の他の大学に送信し、リアルタイムにパソコンノートテイクを行うとともに、インターネットを介してこの文字を被災地の大学で学ぶ聴覚障害学生に届けるプロジェクトを行いました。1年間、350コマ以上の授業でこのような支援を行った後、こうした遠隔地からの支援ノウハウを通常の大学における授業支援に広げていこうと、遠隔情報保障事業を立ち上げることになりました。 この事業では、モデル校に登録いただいた11大学に協力いただき、大学間で相互に授業の支援を行ったり、同じ大学のキャンパス間で支援者を共有するなど、さまざまな取り組みを行ってきました。大学によっては、教育実習やフィールドワークなど、学外で行われる授業に対して遠隔情報保障を行っている例もありますし、自宅から支援を提供するといった実践も行われています。
 PEPNet-Japanでは、こうした支援ノウハウを収集して各種マニュアルや事例集などを発行していますし、大学間支援に用いることのできるコーディネートシステムの開発なども行っているので、Webサイトなどを参照いただければ幸いです。

遠隔情報保障ネットワークのイメージ図

3)日本聴覚障害学生支援シンポジウムの開催

 これまでに延べてきたような実践の成果を報告し、広く全国の大学と共有していくために、年に1回、秋に日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムを開催してきました。このシンポジウムでは、聴覚障害学生支援に関わる最新のトピックスについて発信するとともに、テーマごとの分科会を設け、それぞれの参加者が立場を超えてディスカッションできることを目指しています。また、少し変わったところでは、毎年学生たちが中心になって大学の取り組みを発信するための「聴覚障害学生支援実践事例コンテスト」の場を設けていて、参加者の注目を集めています。ここでは、ポスター発表形式で自分の大学の取り組みを発信するとともに、参加者が特に参考になると思う取り組みに投票を行うことになっていて、得票数の多かった大学にはPEPNet-Japan賞などの賞を授与しています。このコンテストは、ちょうど高等専門学校でおこなれているロボットコンテストのように、毎年学生たちが工夫を凝らして成果発表を行う場になっていて、シンポジウムのハイライトともいうべき一幕になっています。

日本聴覚障害学生支援シンポジウムの様子

2.終わりに

 PEPNet-Japanの事務局が置かれている筑波技術大学では、こうしたネットワークの活動以外にも、聴覚障害学生支援を実施しているあるいは実施しようと考えている大学の相談に対応するため、「聴覚障害学生支援のための総合的支援窓口」を開設しています。入学時の合理的配慮の内容相談から、学内教職員研修会に対する講師派遣、医学・薬学など専門性の高い授業における支援まで、年間約200~300件程度の問い合わせをいただいていますので、聴覚障害学生支援について問題を抱える大学がありましたら是非ご紹介いただければと思います。
 すべての聴覚障害学生が真に実力を発揮できる環境を整備するため、今後も大学をあげて支援をしていきたいと思っていますので、どうぞご理解・ご協力のほどお願いします。

【問い合わせ先】

日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局
〒305-8520 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター支援交流室聴覚系WG内
ホームページ http://www.pepnet-j.org
E-mail  pepj-info@pepnet-j.org(メール送信時は@を小文字に。)

PEPNet-Japan連携大学・機関(2016年3月現在)

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