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WIPOマラケシュ条約、2016年初頭までに発効か? 今や、国際連合のより大きなプロセスの一部に

2015年6月12日 ウィリアム・ニュー(William New)による投稿

2013年のプリントディスアビリティのある読者の出版物へのアクセスに関する世界知的所有権機関条約が、2016年初頭までに発効されるかもしれない。また、ニューヨーク国際連合本部で今週、同条約が、障害のある人々の権利に取り組む国際連合のより大きなプロセスの一部となったとの発言があった。

2013年「視覚障害者等の発行された著作物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」というぎこちない名前を付けられたこの条約は、プリントディスアビリティのある人々がアクセシブルな形式の出版物を入手できるようにする(国境を越えた入手も含む)ための、国内法における著作権の例外を定めている。

これまでに8カ国がマラケシュ条約を批准している。条約の発効には20カ国による批准が必要であり、多くの国がステークホルダーとWIPOの協力の下に前進していると当局は語る。

6月10日に「2015年以降の展望:障害のある人々の権利の実現(Looking forward from 2015: Realizing the rights of persons with disabilities)」というイベントが開催されたが、これはマラケシュ条約に焦点を絞ったものであった。このパネルディスカッションは、6月9日から11日まで開催された障害者権利条約締約国会議のサイドイベントである。

パネルディスカッションに参加したWIPO著作権法課のミシェル・ウッズ(Michele Woods)課長は、国連機関は必要な20カ国による批准を2015年末までに得るであろうと「慎重ながらも楽観視」している、とのWIPOの見解を示した。

イベントで、あるメキシコ人官僚は、メキシコは近い将来、同条約を批准すると述べた。また、タイのある国会議員は、タイも最初の20の批准国になろうとしていると語った。

ウッズによれば、20カ国による批准が達成されたのち、条約の発効まで3カ月かかる。そこで、オブザーバーらは、発効が2016年初頭になるものと見込んでいる。

過去の経験から、6月末のWIPO著作権及び著作隣接権に関する常設委員会(SCCR)の会合を機に、一部の加盟国が批准を発表する可能性がある。

ウッズは、世界盲人連合(WBU)などの団体が、批准に向けて熱心に各国に働きかけていると述べた。また、WIPO加盟国は条約の恩恵を自国民にもたらしたいと意欲を示しており、署名国が増えれば増えるほど条約の効力も上がることから、条約発効後も、支持団体は引き続き働きかけを継続していくであろうと語った。

国連の広範な取り組みにおけるマラケシュ条約

「私たちは、この条約が障害者権利条約のように成功をおさめ、意味のあるものとなってほしいと考えています」と、国連経済社会局社会政策開発室のダニエラ・バス(Daniela Bas)室長はパネルディスカッションで述べた。そして、WIPOマラケシュ条約は、障害のある人々の権利を「強力に補完するものとなるでしょう」と話した。

マラケシュ条約でアクセスが増えることにより、さらに多くのプリントディスアビリティのある人々が、世界に招き入れられるであろう。「この条約はもっと幅広い視聴者や読者にかかわりがあるのだということを、あらゆる人に理解させなければなりません」とバスは語り、家族の1人がディスレクシアの場合を例としてあげた。「マラケシュ条約は、社会に多大な貢献をもたらします。」

このことは覚えておかなければならない。なぜなら、国連持続可能な開発目標(SDGs)〔案〕が承認され、続いて、ポスト2015年開発アジェンダも控えているからだ、とバスは述べた。

「この条約の重要性を、必ず、十分に理解してもらう必要があります」とバスは言う。例えば、マラケシュ条約が、SDGsのドラフトで第一の目標とされている貧困の終息に、どのように役立てられるかを知らせなければならない。

「情報は力であり、マラケシュ条約は人々に力を与えます」とバスは締めくくった。

メキシコ外務省のアレハンドロ・アルセイ(Alejandro Alsay)の代理を務めた官僚は、マラケシュ条約を「画期的な法律文書」と称した。そして、それは人権と知的所有権との相互補完の一例であり、さらに数千の消費者と読者に門戸を開放すると語った。

これほど多くのステークホルダーの参加により、マラケシュ条約の交渉が成功したことから、各国の代表団が国際連合で現在抱えている課題に今後どう取り組んでいくかについて、重要な教訓が得られた。マラケシュ条約は、障害、情報、文化および社会など多くの課題に関連している、とメキシコの官僚は述べた。

また、4月3日には、メキシコの上院がマラケシュ条約を承認した。メキシコは「非常に近い将来」、批准のプロセスを完了する予定だと、この官僚は語った。

世界規模の協力、能力構築

一方、ウッズは、条約実施に向けて利益団体がともに取り組まなければならないと述べた。そして、加盟国、世界盲人連合などの非政府機関、障害のある人々の権利等に取り組んでいる国連代表など、「多くの人が、多くのフォーラムを通じて、多くの活動を行っています」と続けた。

ウッズは、マラケシュ条約の効果として、視覚障害のある人々向けの出版物の特別な形式を容認するために、自国の法律に著作権の例外規定を設けるようWIPO加盟国に促すことがあげられると述べた。そして、定義にはさまざまな読みの障害が含まれると指摘した。

マラケシュ条約のもう1つの側面が、国境を越えた資料交換の許容である。例外という概念は当初から法律に定められていたが、マラケシュ条約には、国境を越えた資料交換を許容するに当たって加盟国に求められる具体的な要件が定められているとウッズは言う。つまり、ウッズによれば、マラケシュ条約は「より独特」なのである。世の中にはこのような例外があるものだが、それらは稀である。そこで、マラケシュ条約は例外の条件をまとめる働きをしているのだ。

ウッズは、多くの加盟国が支援と助言を求めていると語った。条約を批准するには、法律を整合させなければならない。多くの法律が何らかの例外を設けているが、マラケシュ条約ほど広範ではないこともあれば、国境を越えた交換を許容していないこともあるとウッズは述べた。

ウッズはIntellectual Property Watchに対し、加盟国の主要なステークホルダーに情報提供するために、マラケシュ条約と2012年の視聴覚的実演に関する北京条約の両方にかかわるイベントが各地で開催されてきたと語った。イベントは、シンガポール、ドミニカ共和国およびウガンダなどで実施された。しかしWIPOは、国境を越えた交換の実施は、実際には国境を越えて使用される言語に基づいて行われるので、イベントもこれに焦点を絞ったものになると考えている。同一言語集団が近隣の国々に存在することもあれば、大陸をまたいで広がっていることもある。例えば、WBUがブラジル政府と提携して実施しているポルトガル語に焦点を絞ったイニシアティブがあるが、これにはアフリカ諸国も迎え入れられており、6月13日にカーボベルデで会合が開かれる。同様なイベントを、アラビア語圏の国々と開催する見込みがあるとウッズは言う。ワークショップは、ネットワークづくりと地域の各機関の振興を目的としている。

試験的なプログラムも実施されてきた、とウッズはパネルディスカッションで語った。これらのプログラムは、国境を越えた交換では入手できない、ローカル言語によるアクセシブルな形式の書籍を対象としている。目標は、ローカル言語の教科書を、それがなければ教育を受けられない可能性がある生徒に支給することである。これらのプログラムでは、アクセシブルな形式の書籍を読み上げる機器とソフトウェアも提供されている。

「私たちは、これまでの著作権の分野をはるかに超えつつあります」とウッズは述べ、障害のある人々に関連のある幅広い国連の取り組みを例としてあげた。

バングラデシュ、インドおよびスリランカなどでは、アクセシブル・ブック・コンソーシアム(ABC)による試験的なプログラムが始まっている。人々はアクセシブルなフォーマットを作成するために地域レベルで研修を受け、基礎から一歩一歩積み重ねて、実際にこれを導入するに至った。マラケシュ条約が発効すれば、一部の作品、特にローカル言語の作品が、国境を越えて容易に持ち込めるようになるであろうとウッズは語った。

WIPOと出版業界およびNGOsによる共同の取り組みであるABCは、ウェブサイトによれば、「世界中のアクセシブルな形式(点字、音声および大活字など)による書籍の数を増やすこと、そして、全盲、弱視またはそれ以外のプリントディスアビリティのある人々がそれらを利用できるようにすることを目的としている。」

イベントの司会を務めたニューヨークWIPOコーディネーションオフィスのルシンダ・ロングクロフト(Lucinda Longcroft)室長は、WIPOは自己資金で活動している唯一の国連機関であり、資金の大半は技術援助と能力構築に向けられていると指摘した。

タイの見解 ――「著作権で保護されている」作品へのアクセス

もう1人、国家的見地から発言したのが、タイの国民立法議会議員で、障害者権利委員会委員のモンティアン・ブンタン(Monthian Buntan)である。

ブンタンは、読めるということが何を意味するのか、また、障害者権利条約(CRPD)の一般原則すなわちアクセシビリティ(条約の「背骨」)にどのように適合するのかについて話した。CRPDの効果的な実施が極めて重要であるとブンタンは述べた。

タイは2006年に著作権法に例外規定を設けた、とブンタンは語った。その後、2013年にマラケシュ条約を採択している。ブンタンは当時、タイの著作権法を新しくしたいと考えた。しかし彼は、法案を提出することができない上院に所属していた。昨年、軍事クーデターにより上院が解散させられた。ブンタンは国民立法議会に配属され、法案を提出することができるようになった。そこで商務省の協力を得、2006年と同じ文言の法案を提出したところ、法案は順調に通過した。改正著作権法は昨年可決され、今年2月に発効したとブンタンは述べた。

ブンタンは、この国内法により、マラケシュ条約にある「出版物」だけでなく、「著作権で保護されている」作品へのアクセスも、障害のある人々の利益のために、営利を追求することなく提供されると指摘した。これをどのように行うのか、また、誰が行えるのかは、規制省(Ministry of Regulation)が決定するとブンタンは言う。法律とはそのように機能するものなのだ、と。議員がごく短い法律を書き、規制省が詳細を書くのだ。これが実行され、現在同法が施行されている。

タイの王女は、障害のある人々とプリントディスアビリティのある人々の擁護者であり、政府はマラケシュ条約を批准することで、今年60歳になる王女の誕生日を祝福したいと考えているとブンタンは語った。そして、「我が国の法律が整合しているかどうか、とにかくもう一度検討しなければならない」と述べた。

タイの改正著作権法では、障害のある人々のための複製と修正は許容しているが、「頒布」については言及していない。ブンタンは、これが条約に定められている国境を越えた交換に関する規定との間で、問題になるかどうかはわからないと述べた。もし問題になるのなら、再度改正が必要となるだろう。ブンタンは、タイがマラケシュ条約を批准する最初の20カ国に入ることを願っていると述べた。そして、頒布に関する議論は、エンドユーザーがどうすればアクセスを得られるのかを論じるものではないと指摘した。それは技術をどう利用するかという問題だと言うのだ。そうではなくて、製作から始まり、エンドユーザーによる資料の使用方法に至るまで、サイクル全体を検討しなければならない。

ブンタンはさらに、アクセシビリティは「今なお相対的な言葉」であり、それに代わる普遍的な言葉はないと述べた。そして、違いを認めることができる、国際的に認定されたアクセシビリティ基準を考案するよう促した。アクセシブルな資料へのアクセスを可能にする、地域で利用できる技術の開発が必要なのである。タイは、開発途上国とすぐに共有できるオープンソースの頒布システムを自国で開発してきた、とブンタンは述べた。現在、タイには、ユーザーがテキストを視聴し、その他のオプションも利用することができる、国際的に認定された基準に基づくマルチメディア・ストリーミング技術がある。それは新規の技術ではなく、既存の技術を集めてアクセシブルな形式にしただけだとブンタンは語る。可能な限り「最もアクセシブルで入手しやすい、手頃な価格の手段を持たなければなりません。」

世界盲人連合(WBU)の見解 ――「商業的入手可能性」に関する条項に注意

ジュネーブの世界盲人連合で第一副会長を務めるフレデリック・シュレーダー(Frederic Schroeder)は、批准の重要性を論じた。「読み書きができなければ、1人の成人として生産的な存在となり、雇用される機会は」劇的に「減少します」とシュレーダーは語った。そして、アメリカ合衆国では、仕事を持っている全盲の成人のうち90パーセントが点字を使用していると指摘した。

シュレーダーは、次のように戒めた。「批准について、全盲の人々が小説や娯楽目的の読書ができるようになるので『実行すべき、よいことだ』と考える傾向があります。」しかし、「根本的に、批准は、全盲の人々の真の社会統合に向けた劇的な前進の一歩なのです」とシュレーダーは強調した。

批准は極めて重要である、とシュレーダーは言う。なぜなら、「批准していない国に住んでいる場合、この条約の恩恵を受けられないからです。」全盲の人々が「文字で書かれた言葉に、すばやく、容易にアクセスできるようにするために」批准は重要なのである。

シュレーダーは、国家レベルで検討すべき規定を指摘した。そして、各国政府に対し、「商業的入手可能性」に関する規定を除外するよう促した。

アクセシブルな形式が商業的に入手可能であれば、全盲または弱視の人々のために改めて製作することはできないというのは、常識のように聞こえる、とシュレーダーは言う。また、それは、権利所有者を保護するものであるかのような印象を与える。しかし、商業的入手可能性の要件がない状況において、主として政府と小規模なNGOがアクセシブルな形式の作品を製作することには問題がある。

「アクセシブルな資料を製作するために小規模なNGOを設立する場合、それらのNGOには、訴訟について心配してほしくありません」とシュレーダーは言う。

シュレーダーは、トルストイの『戦争と平和』など、CDに録音されているものが利用できる本の例をあげた。この本は商業的に入手可能であり、すでに録音されている。ということは、アクセシブルな形式で商業的に入手可能だという意味になるのだろうか? もし、その本が15ドルで売られているのに、CDコレクションは60ドルで売られていたらどうだろう? 特に開発途上国の人にとって、有益な方法で入手することが、本当に可能だろうか? シュレーダーはこう問いかける。あるいは、ユーザーが研究者で、文の構造を理解する必要がある場合、点字版は入手可能なのか?

「商業的入手可能性は、複雑性は高めますが、何も保護することのない概念です」、とシュレーダーは語った。

さらにシュレーダーは、次のように続けた。資料を利用できるようにするためにNGOを設立しても、CDで入手可能な書籍がある場合、「時間と費用をわざわざ費やして、改めて一から製作するでしょうか? もちろん、しないでしょう。」利用者は入手可能なバージョンを利用するだけだろう。「この規定があるからといって、アクセシブルな資料が入手できますか? もし、私がテキストの全文を録音したら、面倒なことに巻き込まれるのでしょうか?」とシュレーダーは問いかける。「皆さんは、柔軟性を求めており、それぞれの人がアクセシブルな資料を利用できるようになってほしいと願っているのですよね。」

また、シュレーダーは録音図書について論じ、例えば、録音図書が入手可能な場合、単に子どもに物語を読んでほしいと考えているだけならば、それは役立つであろうが、読み方を学んでほしい場合は、本が必要だと指摘した。

さらに、図書館が存在しないことがあるので、直接頒布することが重要である、と付け加えた。

かつては利用できなかった資料、あるいは、限られた範囲でしか利用できなかった資料を利用できるようにするという点で、「これは、全盲の人々にとって素晴らしいことです」とシュレーダーは締めくくった。

その他の見解

シンガポールのある官僚は、マラケシュ条約に対するシンガポールの支持について発言し、これを強調した。シンガポールは今年、条約に加盟したとこの官僚は語り、重要な要素は資料の輸出入を許可している点だと述べた。シンガポールのような市場では、商業的に採算が取れるようになるのは難しいため、このような条約が重要となる。原著作物との同一性を保護するためのプロセスが導入されている。商業的に入手可能な形式の作品は、容易には手に入らないと、この官僚は語った。

障害者権利委員会事務官のホルヘ・アラヤ(Jorge Araya)は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)で、以下の3点を強調した。

まずアラヤは、障害者権利委員会との対話を呼びかけた。同委員会は、マラケシュ条約をどのように実施する予定かを、すでに加盟国に問い合わせている。さらにアラヤは、国会議員への働きかけを増やすことを提案した。すでに条約を批准した国々のベストプラクティスを収集することが重要だとアラヤは言う。第三に、例えば国連教育科学文化機関(UNESCO)など、他の国連パートナーとの連携をどのように広げていくかを検討しなければならない。

アラヤはまた、国連全体で、マラケシュ条約を障害のある人々のための取り組みと結び付けることを勧告した。「それは開発の手段なのです」とアラヤは語った。


原文:
WIPO Marrakesh Treaty In Force By Early 2016? Now Part Of Bigger UN Process
12/06/2015 BY WILLIAM NEW, INTELLECTUAL PROPERTY WATCH
http://www.ip-watch.org/2015/06/12/wipo-marrakesh-treaty-for-blind-readers-in-force-in-early-2016-now-part-of-bigger-un-process/