小特集/著作権法改正と障害者サービス
『愛のテープは違法』から35年-ついに認められた図書館での録音図書サービス-
望月 優
2010年1月施行(2009年6月公布)の著作権法改正により,図書館等施設において録音図書の製作等の障害者サービスが著作権者の許諾なしに大幅に行えるようになりました。これは,図書館において障害者の読書権が一般の人たちと平等に扱われるようになったことを意味する画期的な出来事です。
1.著作権問題の発覚と解決に向けた取り組み
1975年1月に『愛のテープは違法の波紋』と題する読売新聞の記事で,日本文芸著作権保護同盟が文京区立小石川図書館の録音サービスにクレームをつけたことが報じられ,当時始まったばかりの公共図書館における視覚障害者向けの録音サービスに衝撃が走りました。
図書館における録音図書製作による障害者サービスは,1970年以後に始まりました。戦前に制定された旧著作権法が改められて現在の著作権法が制定されたのが1970年ですから,もう少し前から障害者向けの録音サービスが始まっていたなら,この点も考慮した著作権法としてスタートしたのかも知れません。
著作権法第37条では,その1項で点字による複製を自由に認めています。また第2項で点字図書館などの盲人の福祉の増進を目的とした施設での録音を認めてきました。これは,著作権法制定時点ですでに点字図書館が当該のサービスを行っていたことへの配慮にほかなりません。
さて,公共図書館における録音図書の製作が著作権者の許諾を取らなければ行えないということが明確になった1975年1月以後,公共図書館の障害者への開放を目指していた市民団体,視覚障害者読書権保障協議会(略称「視読協」)と図書館関係者は,この状態を障害者にとって不平等だと考え,文化庁や作家の団体に対して活発な申し入れを行いました。
視読協は,暫定的な措置として,第37条2項の「政令で定める施設」の中に公共図書館,国立国会図書館,大学図書館,学校図書館を加えることを文化庁に対して陳情しました。同様の活動は,東京都公立図書館長協議会(略称「東公図」)でも行っており,この問題が図書館関係者と利用者を団結させました。
この当時,文芸家(著作権者)側は障害者からの要求を行政の無策の結果だととらえ,福祉施策でしっかりと対応すべきだという考えを持っていました。
ですが,図書館利用者団体の視読協は,福祉施策の充実を要求していたのではありません。図書館利用の平等を求めていたのです。
目が見えなくても,普通に図書館に行って,ほかの人たちと同じようにその蔵書を読みたいという純粋な気持ちから運動していました。そのスローガンは「読書権」,つまり,読書することを権利として位置づけたわけです。
一方,国際図書館連盟(IFLA)は,1979年のコペンハーゲン大会において,「すべての国が通常の活字印刷物を読むのが困難な人が点字・録音などの代替資料の形で読むことを妨げている法規・慣行を廃棄することを求める決議」を採択しました。これを受けて,1981年10月に行われた日本図書館協会(略称「日図協」)の全国図書館大会において,「著作権問題解決に向けての決議」が採択されました。この決議では,障害者が読書する権利(読書権)を何人も妨げることのできない基本的人権の一つであると定義しています。
これら図書館関係者と利用者の一致団結した声にも関わらず,当時の文化庁はこの問題の解決に向けて動くことはありませんでした。
2.権利のぶつかり合いを調整する論理の模索
利用者団体の視読協は,読書権が著作権に優先すると考えていたわけではありません。あるとき,一人の視覚障害者から,点字で図書を出版したのだけれど,出版社から著作料を一切もらっていないという問題提起を受けました。このことからも痛感したのですが,障害者とて著作権者になることがあるのです。よって,視読協は,読書権と著作権が平等の権利であることを前提として,そのぶつかり合いの解決策を模索しました。
その結果,「著作物を点字,録音または大活字等のアクセス可能なメディアに変換することは複製には当たらない」と定義した上で,著作権法第37条を全面撤廃することを理想と考えました。もしもこの解釈が実現したとすれば,点字の図書にも著作権が認められる一方で,元来印刷物が読めない人たちに対して読める媒体に変換することは自由に行えるようになるというわけです。
しかし,もしもこの案を広く発表したとすれば,著作権を意識せずに点字図書を出版していた点字出版界に大きなショックを与え,「視覚障害者の仲間が自分たちの首を絞めるようなことをするのか」という痛烈な批判を浴びると考え,現実路線として,法第37条2項の録音ができる「政令で定める施設」に公共図書館や学校図書館等を加えることを要望・陳情してきたのでした。
このように,革新的な活動を展開してきた視読協でさえも,視覚障害者仲間の既得権に配慮した行動しかとれていなかったことを30年経過した今,改めて痛感させられます。
3.著作権制限の拡大
2007年の著作権法改正で,インターネット等での公衆送信権に対しても権利制限がかかるようになりました。点字データの公衆送信は誰でも自由に行ってよい,録音データの公衆送信は点字図書館等の政令で定める施設では自由に行ってよいということです。さらに,今回2010年施行の改正で,公共図書館も録音データの公衆送信が自由に行えるようになりました。
さて,2010年の法改正と図書館サービスとの関係で特筆すべきことは,公共図書館や大学図書館が点字図書館と同様のサービスを自由に行えるようになったことと,サービスの対象が視覚障害者のみに限定されず,「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」とされ,通常の蔵書の形ではサービスできない人々を誰でもサービスの対象にできるようになったことです。
具体的には,活字図書を点字にする,録音図書にする,拡大文字の図書にするなどの従来から行われているサービスはもとより,これらをデータ化して媒体で提供したり,インターネットやメール等で送信することまでをも著作権者の許諾なしに行えるようになっています。
ただ一つの制限は,もともと録音図書で発売されているコンテンツを新たに録音して提供してはならない,もともとビデオになっているコンテンツを新たにビデオにして提供してはならないということです。この規定は,著作権者の財産権の保護という観点から,きわめて妥当なルールだと言えます。私たち障害者も,元来は,もともと読める媒体で出版されていることを望んでいるのです。
4.法改正の決め手
障害者の読書権を図書館で実現するための著作権法の改正運動は1975年からずっと続けて行われてきましたが,2000年までの25年間はまったく改善の動きは見られませんでした。
1998年に視読協は解散したものの,障害者放送協議会が新たに結成され,それまで視覚障害者中心に行われてきた著作権問題への取り組みが,聴覚・知的・学習障害等,各種障害分野の人たちを巻き込んで展開されはじめ,改正に向けて動き始めました。
そして,決め手は2006年12月に国連で採択された障害者権利条約です。
この権利条約では,1979年のIFLAコペンハーゲン宣言と同様の内容が盛り込まれ,この条約を批准するためには,障害者が結果的に差別的な扱いを受けている社会のあらゆる局面を改善すべく,日本国内の法整備をしなければならなくなりました。
その法整備の一貫として,2010年の著作権法改正が行われました。
この新法により,公共図書館は晴れて障害者サービスが思いきり行えるようになりました。
各図書館の障害者サービスへの積極的な関与を大変楽しみにしています。
(もちづき ゆう:元視覚障害者読書権保障協議会代表)
[NDC9:015.7 BSH:1.著作権 2.障害者サービス]
この記事は、望月優.小特集,著作権法改正と障害者サービス:『愛のテープは違法』から35年-ついに認められた図書館での録音図書サービス-.図書館雑誌.Vol.104,No.7,2010.7,p.438-439.より転載させていただきました。