音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

DAISYからEPUBへ 移行するのか、移行しないのか?

マット・ガリッシュ(Matt Garrish)は、『EPUB3とは?(What is EPUB3?)』と『アクセシブルなEPUB3(Accessible EPUB3)』の著者であり、『EPUB3ベストプラクティス(EPUB3 Best Practices)』の共著者でもある。これらは皆オライリー・メディア(O'Reilly Media)社から出版されている。マットには出版業界での経験があり、5年以上もの間、アクセシブルな出版(DAISYおよび現在のEPUB3)に非常に深くかかわってきた。今月初めにマットは、『DAISYからEPUBへの移行(DAISY to EPUB Migration)』という記事を、おもに電子書籍技術に焦点を絞った自らのブログ『ロスト・イン・エーテル(Lost in the Ether)』 に掲載した。

筆者はこの記事が極めて興味深いことに気づいた。マットは多くの課題をまんべんなく網羅している。多くの機関は教材を作成しておらず、一部の機関が「特別なフォーマット」によるコンテンツの配布を法律で義務付けられている。DAISYフォーマットによる出版物の配布を継続する、あるいはEPUB3に移行するという決定は、非常に複雑である。少なくともしばらくの間は、そのような移行を行わない機関もあるだろう。マットの記事は、多くの制作者と出版社にとって役に立つ疑問と課題を扱っているため、彼に、DAISY Planetの今号に『DAISYからEPUBへの移行』を再掲する許可を求めた。「OK」と答えてくれたマットに感謝している。

DAISYからEPUBへの移行

マット・ガリッシュ

EPUBがアクセシブルなデジタルリーディングの将来であるならば、いつ移行すべきか? これは、よくある質問である。

質問をするのは簡単だが、意味のある回答をするのは難しい。自分が完璧な回答を示すことができないのはわかっている。EPUBの最も素晴らしい機能の多くは、現時点でまだ実装されていないのだから。しかし、リーディングシステムの機能に対するサポート以上に、移行を難しくしている理由がある。

たびたび耳にする、関連のある懸念の一つが、全盲あるいは弱視の人々にサービスを提供している図書館の利用者が、既にDAISYプレーヤーに慣れてしまっていて、説得力のある変更理由がないということである。利用者は中途失明者である傾向が強いため、多目的タブレットを通じて電子書籍や電子書籍取扱店の利用について学ぶことは、使いやすくコンテンツを入手しやすい単純な機器の利用の次に検討すべきことなのである。大きくてかさばり、ひときわ目立つと思われるプレーヤーでも、他の人にとっては、まったく申し分のない、利用しやすいプレーヤーなのだ。

EPUBフォーマットによって、DAISYで可能な範囲を超えた強化機能が提供される技術的理由を、私はすべてあげることができるが、リーディングシステムがフォーマットに追いつくまでは、再生が検討事項となるであろう。利用者を基準としてDAISYプレーヤー(EPUBは使えないプレーヤー)を配備している場合、移行はそれらの機器のアップグレードに左右されることになる。図書館全体がDAISYベースで、移行の進め方を検討してこなかった場合、および/あるいはコンテンツを自力で移行するための資源が不足している場合は、今後も現状に縛られることになる。また、費用対効果分析において、EPUBの新たな追加機能が、これらの検討事項に負けてしまう可能性も高い。

EPUBがDAISYよりも本質的に有利な点が、多くの読者にとっては、あまり重要ではないということもあげられる。たとえば、制作者側は音声録音を避けることで、ダウンロードの大幅な節約ができるが、朗読によるオーディオブックよりもTTSによるテキストの読み上げに魅力を感じる者は、ごくわずかである。レンダリングについても、タブレット上で真に高品質な合成音声が使えない場合、スクリーンリーダーに習熟している者の方が、これを受け入れやすい傾向がある。

EPUBからマークアップとレンダリング機能をすべて取り除いてしまえば、メディアオーバーレイに対応したEPUB3と、同じSMIL技術を使用しているDAISY3やDAISY2.02とを区別するものは、そう多くない。EPUB3には、音声とNCXのみのDAISYに相当するものがないことから、EPUBによるオーディオブックの制作と利用は、より一層厄介なことになる可能性がある(ただし、その厄介事は、ユーザー側のリーディングシステムによって緩和できる)。

そして当然のことだが、常に法律上の問題が存在する。代替フォーマット制作のための著作権の免除は、少なくとも居所と著作権法の内容によって左右されるが、EPUBのような主流のフォーマットとは相反する。DAISYフォーマットは代替フォーマットの制作者と利用者以外には決して広く採用されることはなく、多くの場合、独自のアクセシブルなフォーマットとして、周辺の目立たない存在であった。EPUBへの移行は、図書館が資料を制作/購入し、貸し出す方法の変更を意味すると言える。それには、通常の図書館と同様に、出版社から得るコンテンツの使用許諾が必要となる場合がある。また、利用者が、ソース内の質の低いマークアップを許容することを始めなければならないという意味もあるだろう。

とはいえ、既に投資対効果検討書の修正は済んだものと仮定しよう。それでもなお、解決しなければならない制作上の問題が残されている。

私が専門とする技術面から、EPUB3のようなフォーマットがもたらす多くの利点を指摘するのは簡単である。しかし、輝かしい新たな付加機能によって、独自の制作方法の変更など、主要な変更が正当化されることはめったにない。特に、オペレーション上の変更を考慮してこなかった場合には。

変更のきっかけは、自らのツールが最新のOSではこれ以上機能しないことに気づいたときにのみ訪れると言える。これは、少なくともフォーマット開発以来進化していない2.02の制作に関して、長い間おぼろげながら見えていた状況である。

EPUBの制作に関する解決策にはまだばらつきがあるため、新フォーマットの制作方法を見出すことさえ困難である。(商業用であろうとなかろうと)過去と現在を橋渡しする解決策を見出すことは、現時点で可能であるが、朗読者を同期化の仕事で苦しめたいと考えるだろうか? それよりもむしろ、出力とは別に音声を保存し、EPUBを制作する際にのみ、それを結合するか? もしそうなら、制作のアップグレードという課題が、複雑性と費用の点で増大する可能性がある。 

それから、古いフォーマットのコンテンツがあふれている図書館はどうするのか? すべてのDAISYコンテンツのEPUB3への一括変換を試みるのか? 2つのフォーマットを許容し、どちらにどの機器が必要か、どちらにどのアプリが必要かを、利用者に考えさせる負担を課すのか?

さらに、EPUB4が出たらどうするのか? EPUBは、従来のドキュメント・フォーマットよりもウェブに似て変化が早い。後方互換性は保証されず、次の大幅なフォーマット改定がなされるたびに、それまでとは著しく異なるものができあがるであろう。DAISYが静的だったということではなく、ある出力フォーマットにどれほど強くこだわるのか、あるいは、並行出力プロセスの開発の試みにどれだけの費用をかけるかという、永遠の問題があるということだ。

移行にあたっては検討すべき複雑な問題が多数あるため、EPUB3の受け入れにある程度遅れが見られるのは、まったく驚くことではない。私はそれをEPUBへの批判とは考えていない。アクセシビリティにかかわるコミュニティだけが、EPUB3への移行に遅れをとっているのではなく、結局のところ、すべての出版社がこれらの複雑性に直面しているのだから。

EPUB3の転機は、実は教育分野で起こるかもしれない。このフォーマットが提供する新機能は、一般の小説よりも教材制作の促進にはるかに適しており、EPUB3採用の要請の多くは、教育分野から出されている(たとえばEDUPUBなど)。また、アクセシビリティの可能性の大半が有意義な方法で実現できるのも、教育分野である。

しかし、教育分野からの要請により、リーディングシステムと制作ツールの改善が進む可能性があるとはいえ、移行の問題が完全に解決されることは決してないだろう。一部の問題は常に、それぞれの状況に特有のものとして残されるのである。


原文:
DAISY to EPUB: To Migrate or Not to Migrate?
The DAISY Planet : The DAISY Consortium's Monthly Newsletter - January 2014
http://www.daisy.org/planet-2014-01#a4