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図書館における合理的配慮
-障害者差別解消法施行に向けて-

河村 宏

1.障害者差別解消法と図書館の障害者サービス

 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)の実施日である2016年4月1日が近づくにつれて,同法が規定する差別の解消をそれぞれの図書館で具体化するための検討が慌ただしくなっています。
 この法律は突然外からやってきた「黒船」ではなく,「“図書館利用に障害のある人たち”に対するサービス」を全国的な調整のもとにすすめるため1)に設置された日本図書館協会障害者サービス委員会等の活動を通じて,日本の図書館も間接的にその成立に貢献しています。
 40年近い歴史を持つ障害者サービス委員会は,障害者サービスの実践に関わる図書館員が館種を越えて参加し,好事例と解決すべき課題について情報を共有すると共に,著作権法改正やDAISYの国際共同開発など,顕著な成果を挙げており,それらの取り組みが,障害者差別解消法の背景となる国連の「障害者の権利に関する条約」の成立と日本政府による批准を大きく後押ししたのです。
 日本の図書館は,これまでの障害者サービスの実践を基礎にして,それをさらに発展させる契機として障害者差別解消法の施行を位置づけることができます。

2.合理的配慮

 障害者差別解消法は,国と地方公共団体等の行政機関と民間事業者のすべてに障害を理由とする差別を禁止しています。また,この法律が対象とする解消されるべき差別は,国連の「障害者の権利に関する条約」の規定に基づいていますので,すべての人に認められている基本的な人権が画一的な措置では実質的に保障できない場合に,それを保障するために必要な措置の提供を「合理的配慮」として行政機関に義務付け,民間事業者には「合理的配慮」提供の努力義務を課しています。
 具体的には,図書館のサービス環境が障害者の利用を妨げているときに,障害のある利用者が障害の無い利用者と実質的に対等な利用ができるようにするための,「合理的配慮」と呼ばれる個別の対応措置を提供することによって,実質的に対等な権利を保障することを,公立図書館と国公立の大学および学校の図書館・室に義務付け,私立の図書館と大学および学校の図書館・室には努力義務を課しています。
 日本図書館協会障害者サービス委員会は,“図書館利用に障害のある人たち”に対する図書館サービスを,図書館側の対応能力の整備によって充実させることに取り組んできました。そのような視点から見ると,障害者差別解消法は,現場のスタッフが障害を持つ利用者に提供する個別の対応措置に「合理的配慮」という法律上の根拠を与えるものです。行政機関と民間事業者は「対応要領」として合理的配慮の具体例を示して同法の実施に努めることになりますが,その際に,計画的な環境整備と必要な人材の確保が不可欠です。
 「合理的配慮」について,法第7条2項は「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において,その実施に伴う負担が過重でないときは,障害者の権利利益を侵害することとならないよう,当該障害者の性別,年齢及び障害の状態に応じて,社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と規定しています。計画的な環境整備と必要な人材の確保は,図書館の障害者差別解消に必須ですが,障害のある利用者へのサービス提供の実績の無い図書館では,実際に利用者からの意志の表明があるまでは,厳しい財政状況の中で予算を確保することは極めて難しいと思われます。そのような図書館では,障害者差別解消法施行日までに利用相談の窓口を整備し,職員研修を実施して,全職員で相談窓口をバックアップする態勢を作っておくことが喫緊の課題です。

3.利用者相談窓口を支えるスタッフのチームワーク

 日本図書館協会障害者サービス委員会は,館種を越えた国内外の障害者サービスの好事例と環境整備および課題に関する情報を集積しています。それらの集積をもとに同委員会は,2015年6月30日に開催された文部科学省の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の実施に関する調査研究協力者会議」に「公共図書館の障害者サービスと合理的配慮」と題する報告書2)を提出し,さらに日本図書館協会内に合理的配慮ワーキンググループを設置して障害者差別解消法の実施に備える図書館の支援に取り組んでいます。
 文部科学省への報告書は,公共図書館の視点で障害者サービスの最新の状況をまとめたもので,文部科学省のWebサイトからダウンロードで容易に手に入れることができます。また,全国的な差別解消の実施に向けた図書館以外の各界の取り組みの最近の状況は,『平成27年版障害者白書』3)で概観できます。これらの手に入れやすい文献を手がかりに,実際に提供可能な個別の対応措置を図書館のスタッフ全員で共有することが重要です。
 図書館の利用を希望する人の相談窓口では,特にコミュニケーションを含む「アクセス」の確保に留意する必要があります。さらに,相談窓口担当者を支える全館的なバックアップ体制の整備は,障害者差別解消法の実施日までに必ず完了しておかなければならない必須事項です。
 利用者との相談は,その利用者の図書館利用に個別の特別な支援が必要かどうかを判定する最も重要な対話です。どのような支援があれば利用が可能なのかを利用者自身が知っているとは限らないので,「言われたらやる」ではなく,図書館が提供できるサービスについて,「合理的配慮」を含めて要領よく簡潔に紹介することが求められます。
 すでに図書館を利用したことがある利用者や,同じような障害を抱える人々とつながっている利用者からは,「これこれをお願いします」と必要なサービスと「合理的配慮」を特定してもらえますが,そうでない場合は,図書館側から提供が可能なサービスと「合理的配慮」の内容と条件についてわかりやすく説明することが重要です。
 また,これまで図書館を利用している人であっても,新しく可能になったサービスの情報が障害のために届いていないこともあるので,障害者差別解消法の実施を契機に,改めて図書館が提供できるサービスの全体を合理的配慮も含めて案内することが推奨されます。

4.計画的な環境整備

 合理的配慮は図書館のスタッフが提供すべき法律で規定されたいわば「現場対応」です。多岐にわたる図書館サービスにおける合理的配慮については,今後,この連載企画で具体的に述べられる予定です。
 障害者差別解消法は,繰り返し必要とされる「合理的配慮」を優先課題として環境整備を進めて,「現場対応」を必要とする障壁を除去するという長期的な差別解消戦略と共に理解する必要があります。また,個々の社会的障壁の除去は,共生社会づくりを目指した全体の環境整備の長期計画の中に位置づけられる必要があります。
 具体的に言えば,図書館の施設・設備および交通のアクセスの整備,視覚障害等の本を読むことに障害がある人々も出版と同時に読めるアクセシブルな出版の普及,いつでもどこでもネットワーク経由で読書ができるアクセシブルな配信サービスの確立など,今後の図書館と出版の技術革新の中で,常に障害者の利用の障壁の除去という視点での環境整備に努めるという図書館界の共同行動が必要になります。
 日進月歩のインフラ整備事業と技術革新に常に目を配り,機会をとらえて環境整備を実現するために最も有効な方法は,障害者自身が計画や意思決定に参加することです。障害者自身が,図書館の情報提供機能を十分に活用して,さまざまなレベルで図書館サービスに関わるインフラ整備に参加することが強く望まれます。

1)http://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/index.html

2)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/113/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/07/08/1359563_06.pdf

3)http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h27hakusho/zenbun/index-pdf.html

(かわむら ひろし:DAISYコンソーシアム理事,特定非営利活動法人支援技術開発機構副理事長)

[NDC10:015.97 BSH:1.障害者サービス 2.障害者差別解消法]


この記事は、河村宏.図書館における合理的配慮-障害者差別解消法施行に向けて-.図書館雑誌.Vol.109,No.10,2015.10,p.662-663.(障害者差別解消法と図書館①)より転載いたしました。