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日英シンポジウム2002「日英協同で進める地域における障害者・高齢者支援」

Seminar on Japan/UK Collaboration for Reinvention of an Inclusive Community

第二部 意見交換

左高啓三
I・I・E国際環境研究所長

左高でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
私、立ったのにはちょっと訳があるんですけれども。だいたい背が180くらいで、少し難しそうな顔をしていまして、いかつい印象からですね、皆さんに印象的にはかたく見られますけれども。私も30のときに自動車事故に遭いまして、いま右手が上に上がりません。障害者でございます。
そういう自分の人生の境遇に、障害という言葉が非常に身近に入っておりますので、なんとか自分も、建築家、都市計画家という立場からお役にたちたいな、というところで皆さんと行動をともにさせていただいている者であります。

建築家として、私は、建築を勉強することからスタートしたのですが、あるとき、ドイツの私の先生が、こういうふうにしっかり教えてくれました。
とにかく、建築家は社会学の勉強をしていなきゃだめだ。社会学というのは、いま社会がどういう問題を抱え、過去にどういう問題を解決し、未来に予測されることはどういうことなのか。そういうことに対して、環境ですね。建築ひとつひとつじゃなくて、いわゆる都市計画の部分、地域の部分も含めたそういうことを、環境という形で表現していく人間に課せられたひとつの基本的なスタンスじゃないか、と。
建築家と言いますと、技術的な部分、建築士といわれるような技術的な部分を皆さん、一般的にはご理解をされていると思いますけれども、半面でですね、人の精神的な、心の部分をしっかりと環境に、家ひとつでもそうです、建物でもそうです。なんにでもそうですけれども、表現していかなければいけないという役割を担っている存在でありますし、そういう存在になっていかなければいけないと思っています。
それで、いまのお話でありましたように、ソーシャル・アントレプレナーとしての素地も、自分の場合はそういうところからスタートしたんじゃないかなというふうに、いま感じていました。

時間もありましょうし、そんなに長くお話することを用意はしてきておりませんけれども、二、三、お話をさせていただくとすれば、炭谷先生からも先ほど、社会から排除、疎外されている人々というお話がありました。私も、先ほどご紹介いただいたI・I・E国際環境研究所というほかに、NPOの健康未来研究所というものを、仲間の皆さんとやらせていただいて、福祉を中心としたまちづくり、と。温泉であったり、日本の特色、自然資源の温泉を生かしたまちづくりとか、いろいろにとにかく切り口を設定しながらやりはじめております。

社会、とにかく周りを見てみましても、孤独な存在というのが非常に多く感じることができるし、存在を認識というか、見ることができると思います。そのことに関して、何とか、いわゆる切り口を設定できないかということで、いま健康未来研究所のほうでは二つのプロジェクトを進めておりまして、一つは広島のほうで、大朝町という町がありまして、これは日本の里山地域、いわゆる農業、山林の混在している地域という意味ですけれども、そこで45歳から65歳ぐらいの人々に中長期に滞在していただいて――パーマネントに滞在できるという施設じゃないんですけれども――中長期に滞在していただいて、そこでいわゆるリストラに遭った方とか、それからいわゆる会社を勤め上げた方々、第二の人生、第二のヒューマンネットワークをつくってみたいという人たちの出会いの場所になってもらいたいなあ、と。いわゆる縦の社会に非常に慣れた日本人を、なんとか横のサークルで、心の輪をつくれないのかなあということで、しております。
そういう中高年齢層になりますと、いろんな経験とか、自分の持っている技術、そういうものをまた広島のその地域の人たちへ伝承していって伝えたいですね。それからまた、そういう非常に経験で培われた彼らの目から、その地域の人たちが気づかない、また新しい何か発見をまた引っ張りだせるんじゃないか。
そういうことによって、自分の存在の確認というのでしょうか、自分が生きているという喜びを感じられるような、そしてそういうことが自立という言葉の一つの体感、実践になっていくのではないかということでですね、是非とも、なるだけ早い時間のなかで、昭和21年、戦後ですね、生まれの団塊の世代とも言われます、どんどんそういう高齢者といわれている人たちがこれから世の中に輩出される日本の人口構造を持っていますので、なるだけ早くそういう場をしつらえてみたい。

それからもう一つ挙げましたように、長野県の諏訪市というところで、芸術という手段、アートということを、みんなの共通用語として意識し、取り上げて、それをまちづくりに生かしていきながら、いわゆるノーマライゼーションとかバリアフリーとかという、それにプラスですね、いわゆる技術的なことプラス、心の部分のハンディを持っている人たちの、入っていける切り口として、それはまだ本当に始まったばっかりですけれども、進んでいけたらいいな、というふうに思っています。
障害というか、その言葉には肉体的な障害と、精神的な障害ということが、皆さんご存知のようにあります。私のほうは、その精神的な障害ということを非常にひとつクローズアップしながら、心の温まるまちづくりというか、心のよりどころが、一人ひとりが見つけられるまちづくりというものができたら、ということで実践を重ねようとしております。
どうもありがとうございました。

左高啓三氏プロフィール

(株)I・I・E 国際環境研究所長
Executive Producer, Institute of International Environment
1970年、東京芸術大学美術学部建築科卒。1971年、丹下健三・都市・建築設計研究所入所、1973年までシュツットガルト工科大学軽量構造物研究所、客員研究員。1974年、シュツットガルト工科大学軽量構造物研究所入所。1975年、東京芸術大学美術学部建築科、特別講師。1975年、株式会社I・I・E国際環境研究所開設。経済企画庁―年金住宅福祉協会―年金住宅研究会委員。日本建築学会、地球環境行動WG委員、日英高齢者・障害者ケア開発協力機構日本委員会委員。NPO健康未来研究所専務理事。日本クーアシュタット研究会代表幹事。日本エキスティクス学会会員。