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盲ろう者のパソコンとネットワーク利用に関する研修会

2-1) 視察報告 スウェーデンにおける盲ろう者のパソコン利用と研修の状況について

日本障害者リハビリテーション協会 原田 潔

 2000年2月22日から3月1日までスウェーデンに出張し、盲ろう者のパソコン利用と盲ろう者に対するパソコン研修の実状を視察した。以下に報告する。

1.今回の主な訪問先

1-1) スウェーデン盲ろう者協会(FSDB)

1959年に設立された民間非営利組織。盲ろう者のみが投票権をもつ正会員となれる当事者団体。職員約20名。全国に10の地方組織を持つ。運営資金のほとんどは政府の補助金である。国の補助金を受けて、盲ろう者のためのさまざまな試行事業を企画実施しており、これが成功した場合、そのまま国の事業として予算化される場合もある。盲ろう者のための点字新聞、点訳サービス、通訳サービス、コンピュータによる電話リレーサービスの利用などは、その例である。

TP-44と呼ばれる盲ろう者のためのパソコン通信サービス(BBS)を運営しており、かつ全国の障害者のための草の根BBSの全国ネットワークである、Fruktradet(Fruit tree、果樹の意)の幹事役もつとめている。 盲ろう者に対するパソコン利用の訓練は、関連機関であるExKomp(下記参照)が行っている。

1-2) Ex-Komp(エクスコンプ)

非営利組織であるスウェーデン盲ろう者協会(FSDB)から1998年に分離し収益事業を行う営利団体である。 ストックホルム・カウンティ(地方議会)の管轄下にあるが、スウェーデン全土で事業を展開。職員約10名。うち6人がチームを組み、スウェーデン各地で盲ろう者に対するパソコン利用訓練を行う。チームのメンバーは、難聴、盲ろうなどの障害をもつ人が中心。
Ex-Kompの事業内容の例は、以下のようなものである。

Windows Project:盲ろう者のパソコン利用の基本環境をMS-DOSからWindowsに転換するという事業。事業期間は3年間。

IT Project:スウェーデン各地に15人の盲ろうの「キーパーソン」を選び、他の盲ろう者を援助する技術を伝える。これらの「キーパーソン」の活動は無償でボランティア的に行われる。

1-3) SPRIDA Kommunikationscenter(SPRIDAコミュニケーションセンター)

読む、書く、話すなどのコミュニケーションの補助となるコミュニケーション機器の研究開発と、利用者への提供、訓練などを行う、オレブロ・カウンティ(地方議会)が管轄する公立施設。
その他介護用品から車いすなどの福祉機器や用具も幅広く取り扱っている。
盲人、ろう者、盲ろう者へのパソコンの選定と訓練は、そのサービスの一部である。
盲ろう者へのパソコン訓練を直接担当しているのは、それぞれ盲分野とろう分野での経験をもつ、障害のない2人の職員で、地域の他の福祉・教育機関等と連携しながら、総合的なリハプログラムの1部として、パソコンの訓練を位置づけている。
国や自治体が全面的に責任を持った、高度な専門的知識の連携によるリハビリテーション・プログラムであるが、プログラムの作成やトレーニングの過程に、障害当事者の参加はほとんどない。(専門的技術者の1人として、難聴の職員がいたぐらい。)

2.スウェーデンにおける盲ろう者のパソコン利用と研修の状況

2-1) ろう者、盲ろう者に対する一般的な電話サービス

スウェーデンでは、ろう者、盲ろう者が文字情報と通訳者を介して一般の電話を利用できるリレーサービス(Text Telephone、テキストテレフォン)がある。日本のNTTにあたるTeliaなどが、公的サービスとして行っているもの。障害をもつ利用者が端末から文字(テキスト)を入力すると、通訳者がその文字を読み上げて通話相手に伝え、かつ通話相手の話した言葉を通訳者が文字入力するしくみであるが、一般の通話料以外は一切かからない。
この「テキストテレフォン」は、一般のパソコンとモデムで利用できる仕組みになっている。以前はテキストテレフォン専用の小型端末が多く使われていたが、最近ではパソコンとモデム、必要に応じて点字ピンディスプレイや画面拡大ソフトをセットにした、標準的なパソコンのセットが主に使われている。
ろう者および盲ろう者は、電話用の日常生活用具として、国からこれらのパソコンのセットを支給される。盲ろう者に関しては、まったく無償でセットが受けられる。パソコンデスク、スキャナー、プリンター、関連ソフトウェアも含めて支給が受けられる。
また、ビデオテレフォンといういわゆるテレビ電話も使われていて、手話通訳者を介しての電話も利用することができる。

2-2) BBS

スウェーデンでは、70年代終わりごろからパソコン通信によるBBSが盛んになり、いわゆる情報障害をもつ人たちのあいだでも広く活用されている。
上述のFSDBが運営する"TP-44"、SPRIDAが運営する"Strawberry"を初め、各地の障害者団体等が草の根のBBSを運営しているが、最近これらBBSの全国ネットワークである"Fruktradet(Fruit tree、果樹の意)"が作られ、相互利用が可能となっている。
近年ではゲートウェイを設け、"frukt.org"のドメイン名でインターネットとも連携している。
利用は無料で、掲示板、メール、FAX送信などのコミュニケーションに使うことができる。
これらのサービスの利用は、従来はMS-DOSベースのソフトウェアで行われていたようだが、近年は続々とWindows版が出されている。

2-3) 盲ろう者の通訳者

スウェーデンの盲ろう者通訳は、手話、指文字が中心であり、日本のような指点字はない。またブリスタもあまり知られていない。
日本の県に比べられる各行政区域にある地方議会は、法律によって盲ろう者、ろう者、難聴者のための通訳サービスの実施を義務づけられている。通訳者は盲ろう者の要請等によって無料で派遣される。
通訳者は、手話2年、他の援助テクニック2年、合計4年のトレーニングを受ける。資格制度はないが、登録通訳としてカウンティから通訳料を受ける。盲ろう者またはろう者の通訳は、職業として成立している。
通訳者の存在は、テキストテレフォンサービスの実施、パソコン利用研修の実施にも欠かせない存在である。

2-4) Windowsへの移行

スウェーデンにおいても、盲ろう者ならびに視覚障害者が利用するパソコンは、MS-DOSからWindowsへの環境の移行が一般的な傾向のようである。もちろん盲ろう者がどのような環境でパソコンを使うかは、一人一人のニーズによって全く異なることが前提であるが、たとえば上述のようにEx-Kompでも"Windowsプロジェクト"を実施し、盲ろう者のコミュニティー全体として基本的な利用基盤をWindowsに転換するという試みがなされている。
今回の視察においても、トレーニングの現場で目にしたパソコンのほとんどすべてはWindows機で、DOS用プログラムもDOSプロンプト上で使われていた。
スクリーンリーダーはJAWS、画面拡大はZoomTextが一般的であった。
しかしながら、盲ろう者にとってどのようなシステムが最善かは一人一人によって全く異なる。盲ろう者の中には、日本と同様MS-DOSを利用している個人も多数いる。つまり盲ろう者にパソコンを教えるインストラクター、またはそのチームは、最新のパソコンの知識と従来からの古い知識の双方について知っている必要があることになる。

2-5) 盲ろう者に対するパソコン利用研修の様子

研修を実施する機関によって、講師が障害者自身である場合と、リハの専門家である場合などがあるが、いずれも共通しているのは、完全に障害をもつ個人のニーズに対応した個別プログラムによる研修が行われていることである。つまり2つと同じプログラムは存在しない。また、どの研修も国または自治体が経費を全面的に負担し、障害をもつ利用者が費用負担することはない。
いくつか視察した研修プログラムから見て、一般的に研修は次のような過程で進められると言える(筆者まとめ)。

  1. (1) 利用者個人との面接
    講師と利用者個人が面接を行う。この際、もちろん必要な通訳者が確保される。
    利用者が何を望んでいるか、どんなニーズをもつか、パソコンについてどんな知識と経験を持っているかについて、細かく面接する。
  2. (2) ニーズの評価とプログラム案の作成
    面接結果から、講師のチーム(またはリハのチーム)が評価の会議等を行い、プログラム案を作成する。プログラム案の作成には、必要な到達目標の設定も含まれる。また必要なパソコン機器とソフトウェアの構成も設定され、事前検証される。同時に必要なコミュニケーション手段についても考える。
  3. (3) 利用者個人との再面接
    利用者個人にプログラム案が提示される。また利用者個人が、提案されたパソコン機器とソフトウェアを実際に試用してみる。ここで利用者個人からのフィードバックを得て、必要な修正がなされる。
  4. (4) 研修の開始
    必要な修正を加えられたプログラムに沿って、研修が開始される。ここからは、利用者個人の自宅で行われる場合が多い。 研修の進行に従って、プログラムは随時軌道修正される。
  5. (5) 目標への到達とフォローアップ
    設定された目標に到達したら、必要な評価等を行い、研修が終了する。
    研修終了後は、利用者個人を訪ねて必要なフォローアップが行われる。
    必要に応じて再研修(同じまたは別の到達目標による)が行われる。

 スウェーデンの盲ろう者がパソコンを使って何をするかといえば、テキストテレフォンやBBSにより、人とのコミュニケーションをはかることが第一である。
 スウェーデンの盲ろう者にとって、パソコンとはコミュニケーションの道具だといえる。パソコンは人とコミュニケーションを取るための無くてはならない窓口であり、障害をもつひとりひとりの生活にとって、不可欠のものと捕らえられている。
 この背景には、パソコンの無料支給、優れたパソコン利用訓練の実施、電話リレーサービスや無料のパソコン通信サービスなどの制度・基盤の充実があることも見逃してはならない。
 しかしながら、日本においても、パソコンが盲ろう者のコミュニケーション手段として大きな可能性を持っていることは間違いない。
障害をもつ個人がどのようにパソコンを入手し、どのように使いこなすか、ネットワーク接続(無料アクセスポイント等)をどのように確保するかなどの課題に取り組みつつ、今回の事業をきっかけに、一人でも多くの盲ろう者がパソコンを用いてコミュニケーションの新しい世界を開けるよう、微力を尽くしたい。