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盲ろう者のパソコンとネットワーク利用に関する研修会

2-4) 「盲ろう者のパソコン利用とネットワーク・コミュニケーションをめぐる現状と課題」

全国盲ろう者協会理事、金沢大学教育学部助教授、福島智(2000年3月29日)

1.「盲ろう当事者」メーリングリスト

 「今、こちらの友の会では、指点字がはやっています。ところで、指点字にはスペースを表すサインはありますか? それから指点字を読む位置は、指のどの辺が良いでしょうか?」(ロッキー)
 「基本的に指点字にはスペースはありません。もし、英語を指点字で書くなら、スペースの合図があった方がわかりやすいですが、日本語を書くなら、スペースの合図はむしろないほうがよいのでは」(コク-ン)
 「コク-ン、初心者の場合は、指点字にもスペースの合図があった方が良いこともあるよ。ドラエモンの場合は、まだ読みとりにあまり慣れていないから、スペースの部分で親指をトントン、と叩いてもらってるよ」(ドラエモン)
 「指点字を読む場所ですが、個人差はあるけれど、爪のすぐ上(指先に1番近い関節)のあたりが読みやすいと思いますね」(スポック)
 「指点字の話しで盛り上がってますね。こちらでも指点字のサークルを作っていますよ。でも、書くのは良いけど、読むのはなかなか大変」(ガッチャマン)
 以上は、現在私を含めた約10人の盲ろう者で作っているメーリングリストでの最近のやりとりの一部である(記載内容は要旨のみを抽出、カッコ内のハンドルネームは仮名)。
 複数の盲ろう者が当事者同士の情報・意見の交換をするために、「盲ろう当事者のメールクラブを作ってはどうか」と私が提案したのは1年前、1999年春のことだった。たまたまその場に居合わせた4人の盲ろう男性でスタートした。誰かがみんなと何か相談したいとき、自分以外の3人にメールを複数送信する、という約束にしたのである。
 ところが、最初はあまり活発なやりとりはうまれなかった。メンバーそれぞれが、自分の仕事や地元の盲ろう者の活動などで忙しかったせいか、あるいは複数のメンバー間のメールでのコミュニケーションに慣れていなかったためか、とにかく、最初は1週間に1通ぐらいのポツリ、ポツリのやりとりが続いた。
 この「怠慢なメールクラブ」の威力が発揮されたのは、1999年9月の事である。国が盲ろう者のための「通訳・介助員」の派遣試行事業を始めるらしいという情報が入ったため、盲ろう当事者有志で厚生省に対する「要望書」を作ることになった。これに先立って8月に開かれた「第9回全国盲ろう者大会」で「要望書」の骨子は話し合われていたものの、最終的な調整のための意見交換をするうえで、このメールクラブは大いに役立ったのである(この「要望書」の詳細は、全国盲ろう者協会発行、「コミュニカ」第20号を参照)。
 「要望書」提出の前後からメールのやりとりも徐々に活発となり、今ではメンバーも倍増した。さらに、最近は、「メーリングリスト方式」(投稿メールがメンバー全員に自動的に送信されるシステム)に切り替えたこともあって、メールのやりとりもいっそう活発になったのである。
 私が電子メールを始めたのは3年あまり前のこと。当時、パソコンのことは何も解らなかった私だが(実は、今もほとんど何も解らないけれど)、友人にしつこく勧められ、私のあまりの無知さかげんにあきれられつつ、同時に励まされ、それでもやはり半分見捨てられながらも丁寧に教えてもらったおかげで、メールの送受信やエディタの操作、自動点訳・墨訳ソフトの利用など、最低限度の操作はできるようになった。
 初めて遠く離れた友人や知人と電子メールの交換をしたときには感激した。それは、私の盲ろう者としての日常生活における大きな「飛躍」だったからである。しかし、今やパソコンを用いたコミュニケーションは、私の個人生活のレベルを越え、「盲ろう者コミュニティ」全体に「革命的な変化」をもたらしつつある、といえるだろう。

2.盲ろう者のパソコン利用の実際

 それではどういう点が「革命的」なのか。私の現在のパソコンの活用例を中心にお話しする。なお、本稿の以下の記述で「盲ろう者」という場合、原則として、「ピンディスプレー」で表示される点字を触読する盲ろう者を想定する。したがって、残存視力・聴力がある為、通常のディスプレーや視覚障害者用の音声端末(音声発声装置)を部分的に利用できるものの、視覚・聴覚の障害ゆえに独自のニーズを抱えるような盲ろう者の問題については、ここでは触れられない。

(1)メールの送受信

前述のものの他、職場(大学)関係や研究関係などを含め、現在4種類のメーリングリストに加わっていることもあって、毎日二つのアドレスに、それぞれ10から20通のメールを受け取っている(重複するものもある)。こちらからの発信は必要最少限度にとどめているので、多くても、1日数通程度。サーヴァーは、職場と民間のものの二つを利用している(それぞれ、長短があるため)。

(2)墨字データを読む

学生のレポート等は、メールかフロッピーディスクで提出してもらい、同僚とのやりとりや大学事務局からの連絡等の一部にもメールを活用している(画面読みソフト、あるいは、自動点訳ソフトを利用)。このほか、学術論文などで、著者に頼める場合は、可能な限り、テキストデータをもらっている。

(3)墨字文書を書く

 メールの場合は、基本的にパソコンで直接書くが、比較的長い原稿などの場合は、「点字電子手帳」(携帯用のピンディスプレー)で原稿を書き、そのデータを自動墨訳ソフトを使ってパソコンで漢字・かな混じりデータに変換し、通訳者などに最終的に構成してもらう。

(4)点字データを読む

日本の多くの点字図書館等が加わって作っている点訳データネット(ナイーブネット)を通して、点訳データを入手する。私の場合は、パソコンに直接接続させているピンディスプレーで読むよりも、前述の「点字電子手帳」に点訳データを読み込んでから読むことが多い(持ち運びができるし、寝ころびながらでも読めるので便利である)。
 これらはいずれも盲ろう者固有の活用法ではなく、単一の視覚障害者、単一の聴覚障害者、あるいは健常者と共通する部分も多い。しかし、いずれの場合も、盲ろう者にとっては、他の障害者や健常者と比べて、パソコンの活用がもたらす恩恵は極めて大きい。とりわけ、パソコンを用いたネットワーク・コミュニケーションは、その本来の役割にとどまらず、盲ろう者にとって独自の、そして計り知れない利点と意味を持っていると言えるだろう。それは、おおむね次の三点に集約できる。
第一に、パソコンを用いることによって、盲ろう者は初めて、自力での遠隔地とのコミュニケーションが可能になる、ということである。すなわち、電話やファクスを自力で利用できない盲ろう者にとっては、パソコンでのコミュニケーションが、電話・ファクスを代替する唯一の手段になる、という点である。前述の個人間のメールのやりとりやメーリングリストの活用がこれにあたるが、このほか、さまざまな応用例が考えられる。
 たとえば、こんなケースを経験したことがある。ある日、私が自宅に一人でいるときに、パソコンでメールをチェックしていると、外出している妻が携帯電話のメール機能を用いて私宛にメールしてきていた(こうしたことは日常的によくある)。しかし、そのときの内容は少しかわっていた。自宅の留守番電話にかかってきた電話を妻が外出先からリモートコントロールで聞き取り、その中に急ぎのものがあったので、その内容を携帯電話のメールで私に伝えてきたのである。そして、私がそのメールに返信して、妻がその内容を音声の電話で相手にリレーする、というプロセスを踏んだのだった。
 もちろん、この場合、留守番電話になど吹き込まずに、その相手が最初から私にメールを送っていれば、それで済むことだ。しかし、重要なことは、現に留守番電話に吹き込まれている音声情報という、私には一人では絶対聞けない情報を、遠く離れた場所にいる妻が「通訳」した、という事実である。こうした「離れ業」も、メールを応用すれば可能になってくる。
 第二に、社会の動きなどの即時的な情報を得るための、利用可能な唯一のマスメディアになる、という点である。すなわち、ネット上でのニュース配信サービスなどを利用することにより、テレビ・ラジオが視聴できない盲ろう者も、ニュース等の社会の動きに、即時的に、かつ独力で接することが可能となる。実際、ネット上でのニュース配信サービスを利用している盲ろう者、また文字放送をピンディスプレーで読んでいる盲ろう者もいる。
 第三に、たとえ身近にいる人であっても、「一対一」での直接的なコミュニケーションが困難な相手と、盲ろう者が独力でコミュニケーションを持つ可能性が開かれる点である。これは盲ろう者が用いる特別なコミュニケーション手段(触読手話や指点字など)を習得していない相手と盲ろう者がコミュニケーションをとる道が開かれた、という事である。前述のように、私の場合、職場での同僚との連絡の一部にメールを取り入れているのが、これに該当するだろう。

3.課題と展望

このように、盲ろう者にとってパソコンの利用は、さまざまな意味から計り知れない可能性を含んでおり、パソコンの活用を促進することは、盲ろう者の福祉の増進にとって極めて重要な取り組みだといえる。しかし、解決しなければならない課題も少なくない。以下、いくつかの点について述べたい。

(1)ハードウェアについて

 パソコンのハードウェアの重要な構成要素は、メモリーなどを内蔵するパソコンの本体部分、ディスプレー、キーボード、の三つに大別される。このうち、パソコン本体については、盲ろう者も含めたすべてのユーザーにとって、障害の有無や種別によるニーズの相違はさほどないと思われる。すなわち、高機能で大容量、小型、計量、安価なパソコンが一般的には求められるだろうと考えられるからである。
 しかし、ディスプレーについては、盲ろう者には固有のニーズがある。とりわけ、残存視力や聴力を全く活用できない盲ろう者の場合は、点字を表示するピンディスプレー以外に、現在のところ、事実上読みとり可能な端末が他に存在しないからである。
 確かに、単一の視覚障害者の中にも、ピンディスプレーを用いている人は多い。しかし、ここで重要なことは、「音声端末」(音声発声装置)とピンディスプレーとの「選択的利用」や「併用」の道が盲ろう者には閉ざされている、という事実である。これは後述のキーボードやソフトウェアの問題も含めて、パソコンの「使い勝手」において、決定的な相違だと言えるだろう。
 次にキーボードについて考える。現在までのところ、盲ろう者がパソコンを利用する場合、通常のキーボードを用いて「フルキー入力」を行うか、「6点入力」を行うか、あるいは、「6点入力」を行うにしても、キーボードに一定の加工を加えて(たとえば、そのユーザーにとって不要と思われるキーを取り外したり、ボンドで固めて動かなくしたり、特製のカバーをつけたりなど)用いる、等の方法が一般的である。これらのどの方式を用いるにしても、「キー入力」自体をめぐる問題は、単一の視覚障害者と大差はない。むしろ、問題なのは、「キー入力の結果」のフィードバックなのである。
 つまり、前述のように、盲ろう者は音声や画面でデータを確認できず、ピンディスプレーによって表示結果を確認するため、キーボードで入力後、いったん指をキーから離さなければならない、という致命的なハンディを伴うのである。  したがって、このような事情からうまれてくるキーボードに関する盲ろう者固有のニーズとしては、「ピンディスプレーと近接している」、「キーの数や種類が少ない」、「機能の異なるキーは、形状や配置を工夫する」、「片手でピンディスプレーを確認しながら入力できる可能性も考慮して、片手での入力の容易なキーにする」といった事があげられるだろう。なお、これらの特徴をすべて満たす、ということを考えれば、必然的に「6点入力」(点字入力)を基本とした特別なキーボードが求められると言えるだろう。
 ハードウェアに関して付言すれば、盲ろう者にとっての電子メールが電話・ファクスの代替手段であることを考えれば、「携帯電話」や「携帯文字電話」に相当する、いわば「携帯ピンディスプレー電話」の登場が将来的には期待されるだろう。

(2)ソフトウェアについて

 私を含め、コンピュータについての知識の乏しい盲ろう者ユーザーの立場から考えると、ソフトウェアに関する課題は、次の4点に集約されると思われる。

  1. 盲ろう者にとってパソコンを用いた通信は、電話・ファクスに代替できる物でなければならない。したがって、通常の電話・ファクス程度の簡単な操作で「たちあげ」、「起動」、「終了」ができるようなシステムが望ましい。
  2. 電話の代わり、という点に注目すれば、「チャット機能」を充実させ、より簡単に、よりわかりやすく「チャット」のできるシステムにすべきである。
  3. さらに、電話・ファクスの代替という観点からすれば、メールの「着信」を簡単に知らせるソフト(およびハード)の開発が期待される。
  4. 画像データの読みとり(説明)も含め、ピンディスプレーでのホームページの検索やデータの読みとりを容易にするためのソフトウェアの開発。

(3)インストラクションおよびアフタ・ケアシステムについて

ハードウェアおよびソフトウェアがかなりの程度改良されたとしても、一定のインストラクションがなければ一般のユーザーもパソコンの活用は困難である。まして盲ろう者の場合、「周囲の人にちょっと尋ねる」、「困ったときは詳しい人に電話で質問する」等ということができない。
 加えて、盲ろう者へのインストラクションには独自の困難が伴う。それは、キーボードの部分で述べたように、盲ろう者は、キーボードに触れながら同時にディスプレーを確認することができないだけでなく、他者によるインストラクションを受けることも(コミュニケーションには手を用いるため)同時にはできない、ということである。すなわち、たとえば、単一の視覚障害者であれば、キーボ-ド操作をしながら音声端末で入力結果を確認しつつ、同時に、インストラクターの説明を耳で聞くことができるのに対し、盲ろう者はこれらの事を「三つの段階に継時的に分解して」行わなければならない、ということである。
 このような事情からパソコン操作のインストラクションに関して盲ろう者が抱える独自のニーズとしては、次のようなことがあげられるだろう。「インストラクターは、当該盲ろう者とのコミュニケーションが円滑にとれなければならない」、「もしインストラクターが直接盲ろう者とコミュニケーションがとれない場合は、パソコンの操作や機能についても詳しく、同時にコミュニケーションにも長けた通訳者を同伴しなければならない」、「インストラクションは、あくまでもその盲ろう者のペースに合わせて行う」、「全体として、非常にゆっくり行う」。
 以上のようなニーズを勘案すると、盲ろう者に対するインストラクションは、原則として「個人指導」な態勢しか考えられないだろう。また、盲ろう者が外出にも困難を抱える、という点を考慮すれば、盲ろう者の居宅にインストラクター(あるいは、プラス通訳者)が赴いて、充分な時間をかけながら指導を行う、という方針が基本に据えられるべきではないかと考える。

(4)その他の課題

  1. ハードウェア、ソフトウェアの経費の問題
    1999年度より、「日常生活用具」の中に、盲ろう者が利用する場合に限って、ピンディスプレーがもり込まれたものの、地域によって、その給付状況にはばらつきが見られるようである。また、2000年度以降、「日常生活用具」の給付事務が自治体の裁量に移管される動きもあり、希少障害者である盲ろう者の存在やニーズが軽視される懸念がある。関係者のいっそうの働きかけが望まれる。
  2. 点字の触読の困難な中途盲ろう者について
    比較的高齢になってから視力を失った盲ろう者や「糖尿病性網膜炎」等で失明し、指先の神経にハンディを持っているため点字の触読が難しい盲ろう者も存在する。こうした盲ろう者に対する「触知システム」の開発が望まれる。たとえば、点の大きさや感覚を大きくした特製のピンディスプレー、指点字の原理を応用した「機械の指」による6点式タッピングディスプレー(いくつかの試行的研究はなされている)、点字ではなく、墨字表示によるピンディスプレー(複数行のピンを用いる)の開発等が考えられる。
  3. 「表音文字」としての点字の読解に困難をもつ盲ろう者について
    手話を「母語」として成長した「ろうベースの盲ろう者」等の中には、「表音文字」としての点字の読解にハンディを伴う人もいる。すなわち、たとえ点字の触読はできたとしても、もともと文章力にハンディがあるうえに、漢字もない点字を理解することが、非常に難しい盲ろう者もいる、ということである。こうした盲ろう者の場合、現時点での情報入手ツールは、事実上通訳者(話し相手)による「触読手話」しかなく、手話を触覚的に表示する機械的装置は開発されていないようである(指文字を表示する「機械の手」は、米国の大学で試作器が開発されている)。現在研究中の「触覚に訴えるヴァーチャル・リアリティー」技術の応用なども含め、手話、ないしそれに類似した立体的触知システムの開発が望まれる。
  4. デジタル放送への対応
    近い将来わが国の放送界にも「デジタル放送」が導入されるようである。こうした動きに盲ろう者の利用可能な技術をどのように対応させていくかは、21世紀に向けての大きな課題であろう。

(以上)