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基調報告

寺島 彰

障害者放送協議会 放送・通信バリアフリー委員長/浦和大学教授

権利条約からみた放送・通信の課題

障害者権利条約における放送・通信に関する記述

情報アクセスは、障害者にとって重要な意味をもつため、障害者権利条約(1)全体をとおして情報アクセスに関する記述がある。そのなかで、放送・通信に関するものを引用するとつぎのようになる。

第4条 一般的義務

1 締約国は、障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。

(a)~(f)略

(g)障害者に適した新たな技術(情報通信技術、移動補助具、装置及び支援技術を含む。)であって、妥当な費用であることを優先させたものについての研究及び開発を約束し、又は促進し、並びにその新たな技術の利用可能性及び使用を促進すること。

第9条 施設及びサービスの利用可能性

1 締約国は、障害者が自立して生活し、及び生活のあらゆる側面に完全に参加することを可能にすることを目的として、障害者が、他の者と平等に、都市及び農村の双方において、自然環境、輸送機関、情報通信(情報通信技術及び情報通信システムを含む。)並びに公衆に開放され、又は提供される他の施設及びサービスを利用することができることを確保するための適当な措置をとる。この措置は、施設及びサービスの利用可能性における障害及び障壁を特定し、及び撤廃することを含むものとし、特に次の事項について適用する。

(a)略

(b)情報、通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。)

(c)~(f)略

(g)障害者による新たな情報通信技術及び情報通信システム(インターネットを含む。)の利用を促進すること。

(h)情報通信技術及び情報通信システムを最小限の費用で利用可能とするため、早い段階で、利用可能な情報通信技術及び情報通信システムの設計、開発、生産及び分配を促進すること。

第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用

締約国は、障害者が、第2条に定めるあらゆる形態の意思疎通であって自ら選択するものにより、表現及び意見の自由(他の者と平等に情報及び考えを求め、受け、及び伝える自由を含む。)についての権利を行使することができることを確保するためのすべての適当な措置をとる。この措置には、次のことによるものを含む。

(a)障害者に対し、様々な種類の障害に相応した利用可能な様式及び技術により、適時に、かつ、追加の費用を伴わず、一般公衆向けの情報を提供すること。

(b)公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並びに障害者が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ、及び容易にすること。

(c)一般公衆に対してサービス(インターネットによるものを含む。)を提供する民間の団体が情報及びサービスを障害者にとって利用可能又は使用可能な様式で提供するよう要請すること。

(d)マスメディア(インターネットを通じて情報を提供する者を含む。)がそのサービスを障害者にとって利用可能なものとするよう奨励すること。(下線は筆者による。)

 

これらを要約しながらまとめると、放送・通信に関して障害者権利条約が主張することは次のようになるだろう。

障害者の自立と完全参加のために、次のことが加盟国に求められる。

(1)各国政府は障害者が利用できる情報通信技術及び情報通信システムの設計、開発、生産及び分配を促進する。

(2)公共サービスにおいて障害者自身が選択するあらゆる形態のコミュニケーション方法を提供する。

(3)追加の費用を伴わずに障害者に提供する。

*あらゆる形態のコミュニケーション方法とは、言語(手話を含む)、文字表記、点字、触覚、拡大文字、マルチメディア、筆記、音声、平易な言葉、朗読、利用しやすい情報通信機器、その他である。

我が国の放送・通信分野における情報保障の現状

(1)視覚障害者

放送分野においては、テレビ解説放送における課題がある。平成19年10月30日に総務省が示した「視聴覚障害者向け放送普及行政の指針(2)」では、権利処理上の理由等により解説を付すことができない放送番組を除くすべての放送番組の10%に、2017年度までに解説放送を付与することとしている。しかし、字幕は100%付与することとしているので、解説放送は、字幕よりも普及が遅れている。

また、2011年に始まる地上デジタル放送では、5.1チャンネルサラウンド方式の放送番組の解説放送の方式が明確ではなく、解説放送に対応できるのか不明である。さらに、デジタルテレビになって番組案内が利用できるなど機能が豊富になったが、リモコンなどの操作が複雑になり音声フィードバックが必要になったが、それに対応しているテレビ受像機が数少ないという問題も発生している(3)。

緊急時の対応も十分ではない。たとえば、テレビや携帯電話から緊急信号が発せられたとしても、その内容が読み上げられなければ意味がわからない。このような情報の提供が全く不十分である。

通信分野においては、スクリーンリーダーなどの画面読み上げソフトが普及したことにより、多く視覚障害者がインターネットを活用できるようになった。W3Cの規格に準拠するウェブページが普及することで視覚障害者のインターネットアクセスがさらに容易になりつつある。ただし、スクリーンリーダーで読めないウェブページもまだ多くあり、視覚障害者の情報アクセスを阻んでいる。また、ウェブページで点字ユーザーに対応しているものもほとんどない。

拡大文字の使用については、パソコンのオぺレーションシステム自体が画面を拡大したり、色やコントラストを変更する機能をもっていたり、そのような機能を強化した専用のアプリケーションソフトが販売されており、また、ウェブサイトも文字の大きさを可変できる機能をもっていたりできるので、ロービジョンの視覚障害者がさまざまな情報にアクセスできるようになっている。

(2)聴覚障害

上述の「視聴覚障害者向け放送普及行政の指針」には、地上波テレビの手話の付与に関する規準は示されていない。そのため、テレビ番組の手話の付与は少ない。ただし、衆議院比例代表選出議員選挙と参議院比例代表選出議員選挙の政見放送には手話通訳を付与し、衆議院小選挙区選出議員選挙の政見放送には政党が作成した手話つきビデオを放送することができることになっている。

また、クローズ手話という、手話出力のオン・オフが切り替え可能なシステムの導入が求められているが、現状では、全く議論されていない状態である(4)。

放送法(昭和25・5・2・法律132号)第2条2の5には「テレビジョン放送とは、静止し、又は移動する事物の瞬間的影像及びこれに伴う音声その他の音響を送る放送(文字、図形その他の影像(音声その他の音響を伴うものを含む。)又は信号を併せ送るものを含む。)をいう」とされており、言語としての手話の位置づけが明確でないということも関係があるだろう。

字幕については、上述の「視聴覚障害者向け放送普及行政の指針」により、地上波テレビの字幕は、2017年度までにすべての番組に付与される予定になっており、字幕付与に関しては、情報保障が充実している。しかし、これは、新たに放送される番組のみで、過去の番組にはほとんど字幕がつけられていない。また、近年、話題になっているインターネットテレビに至っては、字幕をつけること自体が検討がされていない。

(3)盲ろう

盲ろうは、視覚障害と聴覚障害の重複障害である。軽度の場合は、残存感覚が活用されるので、視覚、聴覚のどちらかの情報アクセスの方法を活用することになる。しかし、全盲全ろうの重度の盲ろう者の場合、視覚を介した情報受容と聴覚を介した情報受容共に不可能になる。そのため、指文字、指点字、あるいは手のひら書きなど触覚による情報アクセスに頼ることになる。しかし、外界からの情報の約80%は視覚経由で、約20%が聴覚経由であるといわれている。そのために、触覚経由では、情報量が非常に少なく、情報を効率よく伝える専門家が盲ろう通訳者である。国や地方自治体の支援を受けながら、当事者団体による盲ろう通訳者養成や盲ろう通訳派遣事業が実施されているが、盲ろう通訳者の数は不足している。

盲ろう者が情報にアクセスするための機器として、パソコンに接続する点字ディスプレイが、日常生活用具として地方自治体から給付されている。しかし、このような機器を使えるようになるには、長期の訓練が必要であるが、訓練システムが極端に不足している。

また、放送に関しては、テレビのような媒体の利用はむずかしいのが現状である。

(4)知的障害・発達障害・その他

知的に障害のある人がテレビを楽しむ機会も多いが、あまり番組づくりに反映されていないと思われる。また、通信機器の開発も少ない。

さらに、発達障害の中には、ディスレクシアなど文字による情報入手を苦手とする障害もある。このような場合は、文字を音声化するサービスなどが必要である。近年、マルチメディアDAISY規格による障害者用マルチメディア図書が普及しつつあり、通信回線を使って図書情報を利用することもできる。ただし、放送関係の対応はほとんどなされていないのが実情である。

情報保障のための取組み

我が国も障害者権利条約に批准すると考えられるが、今後の障害者の情報保障に関してどのような取り組みが必要かについてまとめるとつぎのようになる。

(1)権利としての情報保障についての啓蒙

障害のある人にとって情報にアクセスできるかどうかは生活全般において非常に重要な意味をもつ。視覚障害のある人にとって音声パソコンやインターネットにアクセスできなければ、教育をうけることや仕事に就くことなどが制限される。緊急放送がわからなければ生命の危険もある。また、聴覚に障害のある人や、その他情報障害のある人にとっても同様である。

我が国では、憲法第25条1項において「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められている。障害のある人の情報アクセスを保障することは、生存権を保障することでもある。このような理解を国民全体にもってもらうよう努力する必要がある。

(2)重要度の高いものからの取り組み

限られた資源を有効活用するために、重要度の高いものから取り組んでいく必要がある。そのためには、重要度を評価する基準が必要になる。たとえば、生死にかかわるものや基本的な生活ニーズを充足するものの方が一般的には、優先度が高いと考えられる。現在、そのような基準は存在しないが、今後、研究していく必要があるだろう。

(3)バランスのとれた取り組み

表からもわかるように、障害者の情報アクセスには、障害種別によるアンバランスがあると考えられる。障害全体を見渡して、遅れている分野は重要度を上げるような配慮が必要である。

(4)障害当事者の企画段階からの参加

すべての分野がそうであるが、特に情報アクセスに関しては、障害当事者の参加が重要である。しかも、企画段階からの参加が必要である。たとえば、地上デジタル放送への移行に際し、障害当事者を審議会などのメンバーに入れずに検討したために、番組に手話をつけることは全く考慮されなかった。技術的に可能であったにもかかわらず、規格が作られなかったため、クローズ手話の放送は実現しなかったのである。

 

(参考)障害者権利条約

第9条 施設及びサービスの利用可能性

1 締約国は、障害者が自立して生活し、及び生活のあらゆる側面に完全に参加することを可能にすることを目的として、障害者が、他の者と平等に、都市及び農村の双方において、自然環境、輸送機関、情報通信(情報通信技術及び情報通信システムを含む。)並びに公衆に開放され、又は提供される他の施設及びサービスを利用することができることを確保するための適当な措置をとる。この措置は、施設及びサービスの利用可能性における障害及び障壁を特定し、及び撤廃することを含むものとし、特に次の事項について適用する。

(a)建物、道路、輸送機関その他の屋内及び屋外の施設(学校、住居、医療施設及び職場を含む。)

(b)情報、通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。)

2 締約国は、また、次のことのための適当な措置をとる。

(a)公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスの利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること。

(b)公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスを提供する民間の団体が、障害者にとっての施設及びサービスの利用可能性のあらゆる側面を考慮することを確保すること。

(c)障害者が直面している施設及びサービスの利用可能性に係る問題についての研修を関係者に提供すること。

(d)公衆に開放された建物その他の施設において、点字の標識及び読みやすく、かつ、理解しやすい形式の標識を提供すること。

(e)公衆に開放された建物その他の施設の利用可能性を容易にするための生活支援及び仲介する者(案内者、朗読者及び専門の手話通訳を含む。)を提供すること。

(f)障害者による情報の利用を確保するため、障害者に対する他の適当な形態の援助及び支援を促進すること。

(g)障害者による新たな情報通信技術及び情報通信システム(インターネットを含む。)の利用を促進すること。

(h)情報通信技術及び情報通信システムを最小限の費用で利用可能とするため、早い段階で、利用可能な情報通信技術及び情報通信システムの設計、開発、生産及び分配を促進すること。

第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用

締約国は、障害者が、第2条に定めるあらゆる形態の意思疎通であって自ら選択するものにより、表現及び意見の自由(他の者と平等に情報及び考えを求め、受け、及び伝える自由を含む。)についての権利を行使することができることを確保するためのすべての適当な措置をとる。この措置には、次のことによるものを含む。

(a)障害者に対し、様々な種類の障害に相応した利用可能な様式及び技術により、適時に、かつ、追加の費用を伴わず、一般公衆向けの情報を提供すること。

(b)公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並びに障害者が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ、及び容易にすること。

(c)一般公衆に対してサービス(インターネットによるものを含む。)を提供する民間の団体が情報及びサービスを障害者にとって利用可能又は使用可能な様式で提供するよう要請すること。

(d)マスメディア(インターネットを通じて情報を提供する者を含む。)がそのサービスを障害者にとって利用可能なものとするよう奨励すること。

(e)手話の使用を認め、及び促進すること。

参考文献

(1)外務省「障害者の権利に関する条約(仮訳文)」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_32b.html, last visited  31 July 2009)

(2)総務省ホームページ(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/2007/pdf/071030_2_bs1.pdf,last visited 31 July 2009)

(3)田中徹二「一人で操作できないデジタルテレビ-視覚障害の立場から」ノーマライゼーション328号(2008)26-27頁

(4)西滝憲彦「放送をわれらのものに」日本障害者リハビリテーション協会編『障害者専用放送と情報アクセス支援のあり方に関する検討会報告書』(2001)12-13頁