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日本における重度自閉症者の自立支援―けやきの郷の実践を通してー

阿部叔子
社会福祉法人けやきの郷 常務理事

項目 内容
備考 Webマガジン ディスアビリティー・ワールド 2004年4月号掲載

けやきの郷とは
――自閉症の専門施設として

 社会福祉法人けやきの郷は、1985年、現理事長・須田初枝氏(現在、社団法人自閉症協会副会長でもある)を中心とし、自閉症の子どもを持つ親21名が発起人となって、埼玉県川越市に設立した、日本で2番目の自閉症専門施設である。当初の知的障害者更生施設「初雁の家」(50名)から、現在は、福祉工場、通所授産施設、グループホーム4、それに、埼玉県より委託を受けた埼玉県自閉症・発達障害支援センターまで8施設を有している。利用者は95名、その90%は、自閉症の人たちである。

 けやきの郷を設立したのは、当時、日本には、生活上多くの困難な障害を抱える自閉症の人たちを受け入れ、自立と発達をめざして適切な支援を行う専門性をもった施設がなかったためである。しかしながら、地域住民の反対によって設立までに7年かかった。反対の理由は、自閉症は分かりにくい、このような施設ができると地価が下がり財産価値が減るというものであった。この反対運動はマスコミに大きくとりあげられ、社会に障害者の人権を問う問題をするどく突きつけるきっかけともなった。

けやきの郷の理念、取り組み、展開

けやきの郷の理念は、以下のとおりである。

  • 喜びや苦しみを味わいながら、人間としての尊厳と責任をもって生きる
  • どんなに障害が重くても地域で自立することをめざす。自立をめざす働きかけが発達を促していくことになるからである。
  • 働くことを療育の中心に
  • 集団自立――障害の重い人も軽い人も、ともに助け合い、共同して自立する

作業風景

この理念のもと、開所当初より、職員2-3名に利用者6-7名がワゴン車にのり、市の施設・市場の清掃、清涼飲料水の工場などの荷積み、リサイクル会社での空き缶の分別・解体作業、鉄道模型組み立て、パレット(木製荷台)製作会社でのパレット製作等にとりくんでいった。いまでいうジョブコーチのはしりであるが(アメリカでのジョブコーチ制度発足の1年前)、当時の日本の福祉施設としては画期的な試みであった。このことによって、自閉症に対する地域の理解を得ると同時に、利用者自身、社会でのルールを身につけ、何よりも、人間としての誇りを持つにいたったことは大きい。また、働くことで情緒・生活のリズムも安定に向かい、利用者は大きく発達していった。

 この発達と、作業班の一つであったパレット製作の技術的蓄積が、福祉工場、グループホーム(当時は、福祉ホーム)の開所(1990年)につながり、地域で自立して働き、生活することの実践に踏み出した。さらに、通所授産施設、グループホームの増設、支援センター開設と、自閉症の人たちの地域支援、トータル・ケアを展開している。

太郎の成長――けやきの郷の理念「集団自立」の中で

 わが子太郎も、最重度ながら、この福祉工場・グループホームでの「集団自立」の一員となった。最重度、重度、中度の人たちが、働く場と生活の場をともにすることによって、ともに助けあう心(それは、自閉症の人には難しいといわれているのだが)が育ったばかりでなく、予想を超えた発達が見られた。わが子太郎もその一人である。

 太郎は、1962年生まれ、現在41歳。日本では、1979年まで障害児に対する義務教育がなかったため、正規の学校教育は8歳から10歳までの2年間しか受けていない。
幼児期・児童期には、がまんできなかったり、いらいらしたりすると、ぴょんぴょんとびはねながらほっぺたをたたく、他人に噛み付く、極端な睡眠障害、偏食、固執、うろうろ歩き、集団での行動や指示にしたがうことが難しいという、多くの問題行動を抱えていた。ほっぺたたたき、噛み付きなどの大きな問題行動は10歳にはなくなっており、また、家での必死といってもよい取り組みによって、食器洗い、簡単な調理の手伝い、雑巾がけなど、簡単な生活面の手伝いなどはできていたが、認知障害の重さや、自閉症特有の一般化が難しいといった問題から、家庭以外では、どんな簡単な行動でも指示がないと動けず、また、うろうろ歩きも目立つといった状態であった。

太郎さんは自分の仕事に誇りをもっている

 初雁の家の利用者になったのが20歳。担当職員の太郎の障害特徴を的確に捉えた熱心な指導で「すべて指示待ち」から、徐々に、生活場面・作業場面でも自分から動けるようになっていったと同時に、コミュニケーション、対人関係も大きく改善されていった。
さらに、集団自立のグループに入ったことが大きかった。働くこと、仲間たちの刺激、助け、そして、グループホームでの小集団での生活場面での理解のしやすさなどが、太郎にとって大きな変化、成長をもたらしたのではないだろうか。

 パレット製作を行っている福祉工場では、全員、2人1組で、その組み合わせも毎日変えているが、何のトラブルもなく、逆に、人間関係、助け合いの心をはぐくんでいる。
認知障害の重い太郎は、エアガンを使ってのパレット製作はできない。太郎の仕事は、廃材のくぎ抜き、2人組になってカッターに材木を運ぶ仕事、切った材木の運び出し、出来上がったパレットに社名などを刷り込む仕事の助手、といったところだが、「太郎が木を運ぶから、宏(理事長の子息)がパレットを打てるのだ」というスタッフの集団自立の理念の中で、ペアの相手と呼吸をあわせ、「これが自分の仕事だ」という誇りをもって生き生きと働いている。

 生活の面でも大きく変わった。うろうろ歩きも少なくなり、好きなCDをきき、好きなおもちゃで遊びながら、仲間の生活の中に自然にとけこんでいる。また、年に1回行われる慰安旅行や、レクリエーションの際も、カラオケなどを楽しむ仲間に積極的に参加して踊りを踊ったりと楽しむこともできるようになった。
けやきの郷の嘱託医で自閉症の権威でもある東京学芸大学の太田昌孝教授は、こうした太郎の成長に驚くとともに、けやきの郷、とりわけ福祉工場での利用者の成長は「一人ひとりの心にしっかり寄り添いながら、作業の手順を分析して分かりやすい形で提示し、繰り返し根気よく働きかけたからではないか」つまり、「心の構造化」による、と語っている。   

 また、理事長の言葉を紹介したい。「何よりも、両親の愛情が太郎さんを成長させたのだと思う。それに、自閉症の人は、人間関係の構築ができないと言われているが、福祉工場で、お互い、呼吸を合わせながら仕事をしている彼らを見るとそうは思わない。そのような働きかけや環境を作ってこなかったから、分からなかっただけのことではないか。自閉症の人は、コミュニケーション障害と言われているが、たとえ、ことばが十分ではなくても、彼らには、心と心とのコミュニケーションがある。自閉症の人は、よい働きかけと環境があれば、いつまでも発達していくと信じている。だから決してあきらめてはならない。」

社会からの評価、そしてこれからめざすもの

――けやきシステムの構築をめざして

 けやきの郷には、年間、数百名の見学者が訪れる。自閉症の療育関係者、専門家から、最近は、行政・自治体・議員、また、JICAをはじめとする海外からの見学者・研修生が増えている。その人たちからは、重い障害を抱えた自閉症の人たちが、ひとりの人間としての誇りをもって生き生きと働き、また、地域生活を成功させているという事実に感動した、ということばをいただくと同時に、けやきの郷が、自閉症の人たちに、働く場、生活の場、そして、いままで支援の得られなかった人たちを対象とした「支援センター」と、彼らの生涯を支える複合的支援を行っていることに対する大きな評価もいただいている。

 しかしながら、まだまだ不十分であるとわれわれは考えている。ここまできたのも、前述の理念のもと、スタッフの自閉症の人たちに対する心からの愛情・努力、利用者のがんばりのためであるが、さらに、支援のあり方に対する専門性の向上、地域での自立支援の拡大、利用者の高齢化に備えた支援のあり方、親亡き後の支援の構築等がある。そして何よりも、けやきの郷がこれまで築いてきた自閉症の人たちに対する支援のあり方を検証し、システムとして構築し発信していくことが、これから取り組まなければならない最大の課題であると考えている。 

ルイビル大学自閉症支援センターとのかかわりについて

 ’03年12月12日、ジュネーブのWSISのGlobal Forum on the Disabilitiesで、けやきの郷は、アメリカ・ケンタッキー州のルイビル大学自閉症支援センター(KATC)所長・ジョン・バーク博士と共同発表を行った。きっかけは、バーク博士が河村宏・国立リハビリテーションセンター研究所障害福祉部長とともに、同年10月、けやきの郷を見学した際、「自閉症の人たちが社会に何が貢献できるか」をテーマとして、自閉症の人たち、家族、関係者に対して、ICTを駆使してオンライン双方向教育・研修、就労支援等を行っているすぐれた専門家であるバーク博士が、けやきの郷の支援のあり方・理念に共感、サミットでの共同発表を提案したことによる。

 発表にさきだち、KATCを訪問したわたしたちは、重度の人たちも一般就労させている支援のあり方、コミュニケーションに力を入れた支援、近隣の教育機関との連携の様子を実際に見学、両者のめざすものが同じ視点に立つものであることを実感した。これから、河村部長を中心として、両者の共同研究構想が打ち出されようとしており、今年7月には、KATCを再訪する計画もある。その研究の中で、Global ForumのテーマでもあったSocial Inclusion をめざすことを考えている。

今後の展望・活動

 自閉症は、その行動特性から、教育においても、社会生活の中でも、障害の中で、もっとも対応の難しい障害の一つといわれている。そのため、世界的に、いまだ自閉症支援が確立されず、悲惨な状況におかれている自閉症の人たちが多い中で、個々の障害を正しく把握、理解し支援する環境を作ることで、豊かな心が育ち、重い障害を抱えた自閉症の人たちがすばらしい発達をし、地域で自立していけるのだということを、けやきの郷の実践を通して伝えたいと考えるものである。

 また、「支援センター」を中心に行っているICTによる相談事業、支援も、これからますます拡大していくことになろう。そのシステムの整備もこれからの課題の一つである。

 自閉症の人たちには、機械の操作が得意な人もいるので、ICT機器による余暇活動を楽しんでいる人も多い。また、コミュニケーションの手段として開発されているICT機器・教材の分野も広がってきている。これらを取りこんで、自閉症の人たちの生活の質の向上を考えていくことも必要となろう。

 そして、なによりも、けやきの郷がいま取り組んでいる、生涯を通しての複合的な支援を含む「けやきシステム」の情報を、ICTによって発信し共有化することによって、自閉症の人たちの幸せを築いていくことができることを強く願うものである。