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資料3

委員提出資料

補足意見

委員名 上野 秀樹

認知症を障害者施策にどう位置づけるか

認知症を従来の精神障害施策の中に取り入れてしまうことは不適切です。むしろ「認知症の人の脱精神科医療」を次期障害者基本計画に目標として位置づけるべきであると思います。以下、理由を説明します。

認知症は医学的な定義としては、
いったん正常に発達した知的機能が持続的に低下し、複数の認知障害があるために日常生活・社会生活に支障をきたすようになった状態
のことをいいます。
認知症になると二種類の症状、すなわち、もの忘れや判断力の低下などの認知機能障害と言われる症状と、不安、うつ状態、幻覚や妄想、興奮、不潔行為などの行動・心理症状といわれる症状が生じてきます。行動・心理症状のある認知症の人を、従来の精神科医療施策の中で扱おうとする考え方がありますが、間違いです。

まず、すべての認知症の人に行動・心理症状が認められるわけではありません。
また、認知症の人の行動・心理症状は、認知機能障害のための周囲の環境に対する反応という要因が大きいので、ケアや対応の工夫で改善する場合が多いのです。
たとえば、周囲の環境の変化にうまく適応できないと混乱してしまい、今までできていたこともできなくなったり、パニック状態になることがあります。また、なにか希望や伝えたいこと、困っていることがあっても言葉でうまく表現することができずに、いらいらしたり、叫び声を上げてしまったり、さらには暴力をふるってしまうこともあります。身体的異常があって、それを言葉で訴えることができずに行動・心理症状が出てくることもあります。例えば、便秘でおなかが張って苦しいことを言葉で言えず、いらいらしたり、周囲に対して暴力的となっていることがあります。
こうした認知症の人の行動・心理症状は、周囲の人からは困った「問題行動」として、そして「精神科医療で治療すべき対象」としてとらえられがちですが、認知症の人からの「言葉にならないメッセージ」である可能性が高いのです。
実際、認知症の人が混乱しないような良い環境と、その言葉にならないメッセージを読み取り、認知症の人の人間としての尊厳を満たし、その生きがいを満足させることができるような良いケアが提供されるとき、多くの行動・心理症状は改善していきます。

このようにケアや対応の工夫で改善する場合が多いため、同じような被害関係妄想などの精神症状があっても、精神科医療が必要な場合が少ないのです。
認知症の人に対する社会的な支援が充実すればするほど、精神科医療が必要なケースは減少していきます。
諸外国の認知症施策もキーワードは「脱精神科医療」です。例えば、フランスでは医療モデルの考え方が強いのですが、精神科医療を受ける認知症の人を減らすことが、認知症国家戦略の重要なアウトカムになっています。

以上から、むしろ「認知症の人の脱精神科医療」を次期障害者基本計画に目標として位置づけるべきであると思います。

もう一つ、認知症を従来の精神障害施策で扱うべきではない政策的な理由があります。
9割が民間病院の日本の精神科病床数は必要以上に多く、多くの社会的入院患者が長期間入院しています。そして、入院料が主な収入源の民間病院では、収入は入院患者数に比例して決まっています。統合失調症を中心とした長期入院の人が高齢化によって減少する中で、治療技術の進歩により新たに長期入院となる統合失調症の人は減少しています。民間病院では、保有する設備は利用しないわけにはいかないので、入院患者数を減らすわけにはいきません。民間病院では、空いた病床を埋めてくれる人として認知症の人を考えているのです。
現在の精神科病床数を維持したまま、認知症を精神障害施策の中に加えてしまうと、民間病院の経営を維持するための収入源として、認知症の人が取り込まれてしまう可能性が高いのです。

精神科入院治療は認知症の人に適切ではありません。徘徊などが問題になる認知症の人の入院は閉鎖病棟になります。その密室性と行動制限の可能性の中で「上から目線の管理的な環境」になりがちの精神科病棟は、認知症の人の行動・心理症状に深刻な悪影響があるのです。