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高度情報化社会にむけて

障害者と技術(テクノロジー)

江田裕介

 グーテンベルクが金属活字を発明したのは、1450年、今から500年以上昔のことです。これにより印刷の技術が飛躍的に進歩し、新聞や雑誌など多量の印刷物の発行が可能になりました。大勢の人が同じ情報を素早く入手できるようになったのです。また、1895年には、マルコーニが無線の技術を発明し、遠く離れた場所へ即座に情報を送れるようになりました。その後も、ラジオにテレビ、電話やファクシミリと、新しい技術が次々に誕生し、世の中はどんどん便利になりました。今や身のまわりに世界中の情報が溢れています。このように社会の情報化は、技術の発達と密接に関連しています。そこで、「高度情報化社会」とは、「高度技術社会」であると言い換えることもできます。今日では、コンピュータなど電子情報の技術が、社会の情報化を加速する大きな要因になっています。

 障害を補う技術の発達

 さて、障害者は、生活の不便を補うため、昔から様々な技術を利用してきました。例えば、盲人の利用する点字や、難聴者の使う補聴器などがそうです。それぞれの技術に歴史があります。点字は、かつて鉄筆で打っていましたが、やがて点字タイプライタで打つようになり、最近ではコンピュータと点字プリンタを組み合わせて使う人が増えてきました。補聴器も、昔はラッパ式の耳当てや集音扇といったシンプルな集音器を用いていたものが、電子回路による補聴器が普及し、その改良は今も続いています。

 もっと多くの人々に身近な道具、例えば眼鏡なども、障害を補う技術の一つと言うことができます。近視や遠視、乱視といった目の状態は、眼鏡やコンタクトレンズで簡単に矯正できます。だから、日常生活の上で大きな問題になりません。もし、これらの技術が存在しない、あるいはもっと不十分なものであったなら、状況はずいぶん変わっていたでしょう。現代では、眼鏡をかけていても、その人を視覚障害者と呼ぶことはありません。同じように補聴器の性能が完全なものになれば、難聴者と呼ばれる人も減るでしょう。

 このように技術の発達は、ときとして障害者に恩恵をもたらします。新しい技術によって、それまで障害者が抱えていた問題が解消されることがあります。ファクシミリは、電話を使えない聴覚障害者に画期的な遠距離通信の手段となりました。紙面の文字をコンピュータが判読するOCRの技術は、盲人が墨字の文章を読むことを可能にしています。また、ワードプロセッサ(図1 点字ワープロ(Telesensory systems.Inc. 略)を使うことで、手の障害のため書字の困難だった人が、自分の力で文章を綴れるようになりました。発声や発音に不自由のある人は、音声合成装置を利用して、コミュニケーションの円滑化を図れるようになっています。

 技術の発明と促進の歴史が語るノーマライゼイション

 興味深い話があります。タイプライタの開発の歴史に関するものです。タイプライタの発明者は、一般にアメリカのショールーズであると知られています(1876年)。しかし、それは現行のタイプライタのパテントに関するもので、これに先だち同様の機器の長い開発の歴史がありました。記録に残る最も古い機器は、1714年にイギリスのミルが発明したものです。これが活字を打つタイプライタの元祖と考えられています。ミルは、この発明により当時のアン女王から特許を受けました。ところが、ミルの死後、彼の書いたメモが見つかり、もともとミルは盲人のためにこのタイプライタを作っていたことが明らかになりました。タイプライタは、後に盲人が墨字を書くための手段としても普及しました。しかし、もともと盲人の利用を意図して開発が試みられたものであり、障害者のための技術が広く一般へ浸透していった例の一つです。ミルのタイプライタの図面は、残念ながら今日に残されていません。図2(古い盲人用タイポグラフ 略)では、やはり古い時期に開発された盲人のタイポグラフを示しました。

 また、電話を発明したベルは、アメリカにおける聴覚障害者の教育の先駆者として有名です。彼の父親も教育者で、視話法という独自の方法によりろう者を指導していました。ベルの母親は耳が不自由で、彼の妻となったマーベルも聴覚障害者でした。ベルは、聴覚障害者のために音声を電気的に伝える方法を研究していました。この研究の副産物として生まれたものが電話であると言われています。

 現在、タイプライタはワードプロセッサへと発展し、電話は人々に最も多く利用される通信手段です。これら近代を代表する二つの情報技術の発明は、起源を辿ると、いずれも障害者のために研究されていたことが分かります。意外な偶然と驚く人もいるでしよう。

 しかし、単なる偶然ではありません。なぜなら、障害者には新しい技術への希求があるからです。「必要は発明の母」と言います。他の人が気づかないような問題でも、障害者にとって重要な意味を持つことがあります。そうした強い必然性に基づいて研究された技術が役に立たないはずはありません。先に、「技術の発達が障害者に恩恵をもたらす」と書きました。しかし、障害者とともに歩むことで、技術の発達が促進される面のあることを歴史が語っています。

 情報化社会の二面性

 ところが、新しい技術が、障害者を置き去りにして展開されると、障害者の問題はいっそう大きくなります。

 例えば、ベルの発明した電話が急速に普及したことで、皮肉なことに、聴覚障害者の社会的な不利益は拡大されました。電話が仕事や生活に欠かせないものとなり、音声の通信を利用できない人たちの問題が強調されたのです。そこで、アメリカでは、TDDという文字通信のシステムが早くから導入されました。これは、電話回線にタイプライタと似た端末機を接続し、打鍵した文字を相手の機器に送信するものです。日本には、このようなシステムはなかったので、近年ファクシミリが普及し始めて、ようやく聴覚障害者の遠距離通信の問題が軽減されました。今後は、さらに画像通信の発達が見込まれ、手話による遠距離間の対話なども可能になるでしょう。

 これとは逆に、視覚障害者は映像のメディアを利用できません。最近、銀行のキャッシュ・ディスペンサや駅の券売機が、従来のボタン式から、映像を表示するパネル式(図3 画像通信によるパネル式(日立:情報機器アスキー) 略)のものに変わってきました。しかし、すべての機械がこれに置き換わると、視覚障害者はたいへん不便な思いをします。また、今後、画像通信でしか享受できない公共のサービスなどが登場すると、盲人には新たな問題が生じます。

 このように、新しい技術は、障害者の可能性を広げる一方で、能力差を拡大する危険もはらんでいます。技術者も、障害を有する当事者も、情報化社会のこうした二面性を認識し、技術が偏った展開に陥らぬよう導いていく必要があります。

(えだゆうすけ・東京都立小平養護学校)

参考文献 略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年10月号(第15巻 通巻171号) 45頁~47頁