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列島縦断ネットワーキング

[神奈川]

海に行こう~視覚障害者のシーカヤック&キャンプ~

 打ち寄せる波の音を聞きながら空を見上げる。秋の夜空は高く、星は美しい。

 海のカヌー、シーカヤックを始めて3年、白然との付き合いが増え、新しい仲間もできた。へタの横好きでえらそうなことは言えないが春夏秋冬、海と戯れられる遊びはそうそうない。

 今年の夏、私と私のシーカヤック仲間たちは視覚障害を持つ人たちとその家族、合わせて七名を海辺に招くことにした。「視覚障害を持つ人と、シーカヤックかぶれによる三浦サマーキャンプ」この2日間にわたる企画を私はそう名付けた。

 それではその体験レポートとともに、最も海に親しい遊び、シーカヤッキングを紹介することにしよう。

岸本譲太

1 海へ

 南北に延びる神奈川県三浦半島の南端、城ケ島。歌謡曲でも歌われているその島の東に遠津という土地がある。首都圏では今や貴重となった天然の砂浜が、岩場に囲まれるようにして広がっていて、天候が良ければ対岸の房総半島を見ることができる。地図には載っていないちょっとした穴場だ。

 午前11時、京浜急行線の下りの終点である三崎口駅に今回招待された7名が集合、バン2台に分乗して、遠津へと向かう。

 今回の参加者を簡単に紹介しよう。

 立花さんは今回のキャンプを行うにあたって、視覚障害者仲間に声をかけ参加者を募った発起人。瀬戸内の海で育った彼は泳ぎの達人である。

 大橋さんは花火と差し入れの酒で膨らんだ大荷物を背中にしょって、奥さんと小学校に通う娘さん2人とともに登場。大橋家にとっては今回は貴重な家族旅行である。

 山口さんは料理を愛する女性で、その腕前はこの日の夕食で披露されることになっている。2歳年上のご主人と1人娘の瑠璃子ちゃんとともに登場。

 立花さん、山口さん、大橋さんの3人は全盲の判定を受けている。

 遠津に到着すると、まずは昼食をとる。

 シーカヤックに海辺のキャンプはつきものだ。私は仲間とともに前日から現地入りし、テントとタープを張って彼らを迎えた。ちなみに参加者各人には点訳した持ち物リストをあらかじめ郵送しておいた。

 昼食を終えると、全員水着に着替える。そして、カヤック用のライフジャケット(救命具)を身につけると海に飛び込んだ。

 この「ライジャケ海水浴」で、「金槌」である大橋さんの心配は一気に吹き飛んだ、たとえシーカヤックが沈(ちん)しても大丈夫。ライフジャケットさえ身につけていれば、体は浮く。しかも、シーカヤックは引っ繰り返っても沈まず海に浮かぶように造られている。

 ライフジャケットは、たちまち子どもたちの恰好の遊び道具となり、生まれて初めて泳ぎを経験した大橋さんは、念願であった海水浴を家族とともに出来たことを喜んでいた。

2 シーカヤックで遊ぶ

 シーカヤックの起源は狩猟にあるとされている。エスキモーを始めとする北方民族はアザラシなど、海に棲む生き物たちを日々の糧として獲るために、性態の良い船を造り出した。

 現在のシーカヤックはその用途を狩猟からレジャーに変え、彼らの知恵をベースに考案されたものだ。最も海に親しく、かつ安全な乗り物、それがシーカヤックと言っても決して過言ではないと思う。

「ライジャケ海水浴」で体が水に慣れると、砂浜に上がりパドルを漕ぐ練習をする。

 カヤックを漕ぐ櫓をパドルと言う。一人ひとり手をとりパドルの動かし方、すなわちカヤックの進め方を教える。視覚障害を持つ人にカヤックを教える場合は背後につき、一緒にパドルを握りながら、体の使い方を覚えてもらうことが重要である。

 まずは2人艇の前側に乗ってもらい、感触をつかんでもらった後に1人艇に乗ってもらう。当日は風が強かったため、レスキューロープを舳先につなぎ、流されないようにロープの先を手で持ちサポートすることにした。

 ちょうど鵜飼いをしているような状態である。しかし、海に浮く浮遊感は十分彼らの好奇心を満たしたようである。

 日が傾くと、夕食の準備の時間となる。いよいよ山口さんの登場だが、いたくシーカヤックが気に入ったようで、ご主人とともに2人艇で海上デートを楽しんでいたため、開始が若干遅れた。

 夕食メニューは「山口風海の幸カレー」とシシカバブである。玉葱をすりおろし、山口さんの指示でスパイスを加えていった。シシカバブも挽肉をこねるところから始める力の入れ様で、これにシーカヤック仲間の女性による特性サラダが加わった。

 ランタンの灯の下、手作り料理に舌鼓を打ち、大人たちは酒と波音に酔いしれ、子どもたちは頭に鍋をかぶり、ピアニカを吹くという、はしゃぎぶりだった。

 紙面の都合上、2日目のことは割愛する。

 今回のキャンプで私は2つの工夫をした。1つは障害を持つ人が家族、特に子どもを連れて来れるキャンプとしたこと。そして、企画段階から彼らに参加してもらったこと。

 同様の企画は他でもやられているが、以上の2つのことはなされていないことが多い。

 立花さんが言った。

「僕たちはやはり1人ではシーカヤックはできない。でも、見えなくても船は操れるし、あの海に浮いている浮遊感が楽しいんです」

 当日サポートしてくれたシーカヤック仲間たちは口々に言った。「ふだん、体験できないことができて新鮮だった」と。

 仲間は着実に増えていってるようだ。

(きしもとじょうた 新宿ライフ ケア センター)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年11月号(第15巻 通巻172号) 52頁~54頁